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皮膚と心の密接な関係 - アトピー性皮膚炎が精神的健康に与える影響と対処法

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【睡眠とアトピー性皮膚炎の関係 - 炎症が神経認知機能に及ぼす影響】

アトピー性皮膚炎は、慢性的な炎症性皮膚疾患であり、激しい痒みを伴います。多くの患者さんが睡眠障害に悩まされており、皮膚の炎症が激しいほど、夜間の痒みが強くなり、睡眠の質が低下する傾向にあります。睡眠不足は炎症性サイトカインの増加を引き起こし、皮膚の炎症をさらに悪化させる悪循環に陥ります。また、睡眠障害は神経認知機能にも影響を与えることが知られています。

特に幼少期は神経認知機能の発達に重要な時期であり、この時期のアトピー性皮膚炎による睡眠障害は、発達に悪影響を及ぼす可能性があります。

記憶力、言語能力、注意力、処理速度などの発達には、十分な睡眠時間と質が必要不可欠です。

睡眠障害は、学習能力や学業成績の低下、注意欠如・多動性障害(ADHD)などの問題につながる可能性が指摘されています。

健康な児童を対象とした研究では、就学前の3年間の睡眠時間が短いほど、6歳時点での多動性と認知機能の低下が見られたと報告されています。

睡眠と炎症の関係は双方向性であり、睡眠の変化が免疫細胞の分布や炎症性サイトカインに影響を与えることも明らかになっています。

正常な睡眠中は交感神経系の活動が低下しますが、睡眠不足はノルアドレナリンやアドレナリンのレベルを上昇させ、炎症性バイオマーカーの産生を促進します。また、慢性的な睡眠不足は視床下部-下垂体-副腎軸の調節を乱し、グルココルチコイド抵抗性につながる可能性があります。

【アトピー性皮膚炎と精神的健康の関係性】

アトピー性皮膚炎患者さんは、うつ病、不安障害、自殺念慮などの精神疾患のリスクが高いことが知られています。

これらの精神的な問題は、睡眠障害や神経炎症とも関連していると考えられます。アトピー性皮膚炎による慢性的な炎症が中枢神経系の炎症につながり、精神疾患の発症に関与している可能性があります。

実際、アトピー性皮膚炎患者さんの約30%がうつ病や不安障害を併発しているというデータもあります。

また、アトピー性皮膚炎患者さんは、症状コントロールの難しさや生活の質の低下により、常に精神的ストレスにさらされています。

このストレスは炎症性サイトカインのレベルを上昇させ、皮膚の炎症をさらに悪化させる悪循環を生み出します。

ストレスは多くの精神疾患や非精神疾患の増悪因子としても知られており、その機序の一部には炎症過程が関与していると考えられています。

さらに、幼少期のトラウマ体験も、成人期の炎症マーカーの上昇と関連することが示唆されており、アトピー性皮膚炎患者さんの精神的健康を考える上で重要な視点と言えます。

【アトピー性皮膚炎患者の睡眠の質を改善するためのアプローチ】

アトピー性皮膚炎患者さんの睡眠の質を改善するためには、まず皮膚の炎症をコントロールすることが重要です。

保湿剤や抗炎症作用のある外用薬を適切に使用し、皮膚バリア機能を維持することが基本となります。

症状が重い場合には、全身療法の使用が考慮されます。IL-4とIL-13を阻害するデュピルマブなどの生物学的製剤は、成人アトピー性皮膚炎患者さんの睡眠の質を有意に改善することが示されています。

また、就寝前の抗ヒスタミン薬の使用が一時的な睡眠改善に有効な場合もあります。

睡眠衛生指導も重要なアプローチの一つです。規則正しい就寝時間、バランスの取れた食事、就寝前のカフェイン摂取制限、寝室の環境調整(適切な温度、遮光、低刺激)などが推奨されます。

習慣逆転法は、掻破行動を減らすことで睡眠の質を改善し、アトピー性皮膚炎の症状も軽減させる可能性があります。

海外では、重症の不眠症に対してメラトニンの使用を検討する場合もあります。メラトニンは、睡眠の質を改善し、アトピー性皮膚炎の重症度を軽減する効果が示唆されています。ただし、適切な用量や安全性についてはさらなる研究が必要とされています。

【アトピー性皮膚炎の治療における多角的アプローチの重要性】

アトピー性皮膚炎は、単なる皮膚の問題ではなく、全身性の炎症性疾患と捉えるべきでしょう。皮膚バリア機能の異常に加え、免疫系の異常が病態の中心的な役割を担っています。したがって、治療には皮膚科的なアプローチだけでなく、免疫学的、精神医学的、睡眠医学的な視点が不可欠です。適切な外用療法や全身療法を行い、皮膚の炎症をコントロールすることで、睡眠の質や精神的健康の改善が期待されます。

皮膚の炎症が睡眠や精神的健康、神経認知機能に及ぼす影響は多岐にわたり、アトピー性皮膚炎患者さんの生活の質向上のためには、睡眠の質の改善が重要な鍵となります。皮膚科専門医を中心とした多職種連携と患者さん自身の積極的な取り組みにより、アトピー性皮膚炎のトータルマネジメントを進めていくことが強く求められています。

参考文献:

Allergy. 2024 Jan;79(1):26-36. doi: 10.1111/all.15818.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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