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仲道郁代 深い探究心、研ぎ澄まされた感性で、ショパンが曲に込めた思いを手繰り寄せ、音と言葉で“熱奏”

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
(c)N.Ikegami(2023年サントリーホール公演より(全て))

オールショパンプログラムで臨む『ロマンティックなピアノ2024』

人気、実力共に日本を代表するピアニスト仲道郁代が、オールショパンプログラムで臨むコンサート『ロマンティックなピアノ2024』を、3月2日東京・紀尾井ホールで開催した。

現在は終了しているが仲道が出演していたレギュラー番組『ロマンティックなピアノ』(BSフジ)は「クラシック音楽の奥深さ、豊かさをもっと感じていただけるように、お聴きくださる方の想像力のスイッチを入れるお手伝いをしている」と語る仲道が、クラシック音楽の魅力を素晴らしい演奏と、軽妙な語りで丁寧に伝えていくというコンセプトだった。その番組のコンセプトを、コンサートとして昇華させたものが『BSフジ presents仲道郁代 ロマンティックなピアノ2024』シリーズだ。

昨年の続編、ショパンの円熟期から晩年までを、音とトークで描く

この日のプログラムは前回の『ロマンティックなピアノ2023 ショパン~若き日の想いを彩って』の続編、ショパンの円熟期から晩年までを描いた構成になっていた。楽曲について、作曲家の人間性や人生の背景なども交えつつ、作曲家の想いを丁寧に掬い、言葉と演奏で伝える仲道。この日はポロネーズ「軍隊」からスタートした。

ロシアの占領によって20歳で祖国ポーランドを離れたショパン。その後独立と自由を求めるポーランドの人々の反乱をロシアが鎮圧し、ワルシャワに侵攻した「11月蜂起」(1830年)が勃発。以後ショパンは生涯祖国に戻ることはなかった。半生の大半をフランスで過ごしたショパンの作品の多くには、祖国を思う痛みが通底している。「軍隊」は第二次大戦中も、ナチスの攻撃を受けたワルシャワでラジオ局が繰り返し流し、市民を勇気づけたという。2022年からのロシアのウクライナ侵攻もありリアリティも深まる。「一音一音、音の上下左右に思いが層になって絡んでいる。それが心の中あや、模様となっている」とショパンの音楽を説明し、弾き始めると、力強く繊細、粒立った音が一瞬にして客席をその世界に引き込む。

ショパンが曲に託した感情、思いを手繰りよせ、音にする

この日は「ショパンの心の在り様がわかる」(仲道)というボロネーズを「軍隊」の他に「幻想」「英雄」の3曲披露。「幻想」は物語性を感じさせてくれる音で、ショパンが曲に託した感情を手繰り寄せ、音にし、客席は想像を紡いでいく。「英雄」は、「勇気を与えてくれるけれど、その後ろには悲しみが存在する」と語り、力強く情熱的なメロディ、強烈なリズムを卓越したテクニックで披露。パワフルであり、繊細で、聴く者に様々な感情や情景を思い起こさせる。

洗練された技術と、曲とその背景にあるものへの凄まじいまでの探究心

ショパン円熟期の最高傑作のひとつ「バラード第4番ヘ短調Op.52」は、まさに“熱奏”だった。哀愁に満ちた旋律を丁寧に表現しながらも、クライマックスに向かって一歩ずつ、少しずつ盛りあげていき、聴き手は感情が揺れる。そしてクライマックスは両手での凄まじいアルペジオと凄まじい和音の連打で、その後一瞬静寂が訪れる。最後は獰猛という表現が当てはまるようなコーダで締めくくると、客席から割れんばかりの拍手が贈られる。高度な技術の先、洗練された技術と、曲とその背景にあるものへの凄まじいまでの探究心、研ぎ澄まされた感覚が、詩的で説得力のある音になって感動を生むのではないだろうか。

「別れのワルツ」も、その背景にあるストーリーを丁寧に説明し演奏すると、言葉と物語性を感じる音によって、華麗な曲調の陰に隠された陰影の深さが浮き彫りになっていくようだ。仲道は丁寧に説明するが、決して言葉で伝えすぎないようにしている。そうして聴き手の想像力をどこまでも掻き立て、一人ひとりの頭と心の中に、音が豊かに広がっていく。

ショパンの円熟期から晩年までを辿る音の旅は、聴く者の感情を揺さぶり大きな感動を与えてくれ、その余韻がいつまでも残る

ラストは「マズルカ へ短調Op.68-4(絶筆)」。シンプルなメロディとリズムだが、仲道のピアノはどの曲もそうだったように、この曲もまるでショパンが憑依したかのような圧巻の表現力だった。人生の最後の瞬間が迫ってくる中で、ショパンは何を思い音に込めたのか。全ての感情から解き放たれ、自由になったのではないだろうか――そんなショパンの姿を想像してしまう音だった。そしてハッとするエンディングが待っていた――。公演はまだ続くので全貌は明かさないが、39歳という若さで亡くなった、ショパンの円熟期から晩年の思いと音を辿る旅は、聴く者の感情を揺さぶり大きな感動を与えてくれ、余韻がいつまでも残る“熱奏”だった。

公演を終えた仲道にインタビューすることができた。

演奏が終わった後は「空っぽ」

「空っぽですね」――開口一番そう語ってくれた。ショパンという音楽家の人生とその音と真正面から向き合うことで生まれたあの“熱奏”だった。

「やっぱり演奏家は孤独ですね。舞台の上で一人その作曲家の思いに思いを巡らせて、それを一生懸命音にして、その音が生まれる瞬間は真実の瞬間なんです。でも弾き終わると本当に弾いていたのかなという感覚もあるし、本当に空っぽになる感覚があります」。

わかりやすい言葉と音で、客席は想像力を駆使してその曲に潜むショパンの感情に触れようとしていた。

「自分の人生は一体何だったのだろうとか、真剣な問いを音にしているので、お客様も真剣に、それに向き合って聴いていただくと見えてくる世界というのがあると思っています。音を楽しむのが音楽といわれますが、クラシックの作品の中には心の奥底へと直球で向かってくるようなものもあります。“楽しい”とはまた違う種類の音楽といえるかもしれません」。

「他の作曲家の音楽の在り方との比較で、ショパンとは何者ぞ、ということが見えてくることもある」

キャリアを重ねてきて、仲道にとってショパンの感じ方というのは変わってきているのだろうか。

「変わってきています。もちろん自分の年齢とか経験を経て捉え方に変化が出てくることもあります。またそれ以上に、ベートーヴェンやシューマン、シューベルトの音楽と向き合ってきたことで、他の作曲家の音楽の在り方との比較によって、ショパンとは何者ぞ、ということが見えてくることもあります。点だった知識が線になって、生きた時代や周りの環境、人間関係などをもっと深く理解していくうちにそれが面になって、どんどん立体的になっている感覚はあります」。

「コンサートはお客様と何をシェアするのか、ということがますます大切になってくる」

「それと、コンサートの意味というのが私の中でどんどん明確になってきています。コンサートというのは、素晴らしい作品を素晴らしく弾くことはもちろん大切ですが、それだけではなく、お客様と一体何をシェアするのか、ということが大切なんです。その作曲家がどのようなことに美を見い出したかったのか。その『美』とは、単に美しいことだけではなく、苦しみも悲しみも、例えばグロテスクなことも全てが含まれるうる『美』です。それを私なりに見出して音を通してシェアできたらと願って弾いています。そのような共有が叶うのなら、私が弾いた意味がそこに生まれると思っています」。

それがこの『ロマンティックなピアノ』コンサートの醍醐味だ。「お話しする言葉は私なりにお客さまに向けて毎回考えている」という仲道の言葉と音に魅せられる。

「こういう時に書かれたこういう曲ですという事実を知識として得るのではなく、五感を研ぎ澄ませてその音の世界に入っていただきたいのです。耳と心のチャンネルを合わせて、扉を開けて聴いていただけたらと思って、少しお話をしています。それによってその音の世界にご自身で深く入って、探索していただければ嬉しいですし、それはきっと、みなさんの心に残る時間になるのではと思います」。

(C)Tomoko Hidaki
(C)Tomoko Hidaki

このコンサートは4月6日広島・東広島芸術文化ホール・くらら、4月7日山口・スターピアくだまつ・大ホールでも行われる。

「東広島芸術文化ホール・くららは、2016年の開館の時に私が“ピアノ開き”リサイタルを行った会場なんです。ピアノ選びにも携わらせていただいた、思い入れが強い会場なので、そこでまた演奏ができるのは本当に楽しみです。山口・下松も本当に久しぶりなので嬉しいです。コロナ禍から少し抜けだすことができた今、心ゆくまで、自由にショパンを楽しんで欲しいです」。

心の養分になる音、そして音楽――仲道のピアノを聴くたびに素直にそう思う。実感できる。

仲道は現在、ベートーヴェン没後200周年と、自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向けて企画した10年にわたるコンサートシリーズ 『The Road to 2027 リサイタル・シリーズ』を開催中で、6月2日にはベートーヴェンとシューベルトの作品を披露する「ピアノ・リサイタル 夢は何処へ」をサントリーホールで行う。

『BSフジ presents仲道郁代 ロマンティックなピアノ2024』特設サイト

仲道郁代オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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