【平昌五輪現地ルポ】”五輪イヤー”の幕開け。現地は開幕1ヶ月前も「まだ実感が沸かない」
「平昌方面行きは、17時1分に終わりました」
えっ? そんなに早いの? 年末の12月26日の18時すぎ、日が暮れたソウル駅。高速鉄道KTXの切符売り場で一瞬、驚いた。4日前(12月22日)に五輪に向けた新路線「KTX京江(キョンガン)線」が営業を始めたばかりだ。
「五輪の際にも、この時間帯に終わるんですか?」
受付の女性に聞いてみる。いくらなんでも早いだろう、と。KTXは五輪用につくられた、メイン交通機関のひとつなのだ。
「はい。でも、清涼里(チョンニャンニ)駅からはまだ電車がありますから」
ソウルから平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック開催地・江原道(カンウォンド)への移動は、KTXか、バスか。外国からの観戦客の多くはどちらかを選択することになる。KTXの終着駅で室内競技の行われる江陵(カンヌン)まではおよそ2時間。バスは2時40分かかる。料金は前者が27600ウォン(約2914円)、後者が14600ウォン(約1541円)だ。
平昌のある江原道への道のりは、ソウル駅から東に30分ほど電車で移動した清涼里(チョンニャンニ)駅から始まった。日本からの観戦者にとって、夜のソウルから現地への移動は清涼里から、ということになるだろう。
”五輪”に向けて示したい「一般の人がどう思っているのか」
2018年”オリンピックイヤー”の幕が開けた。2月9日から2月25日まで行われる平昌冬季オリンピック。3月9日から18日まではパラリンピックが行われる。
二つほど、示したい点がある。
開催地に暮らす韓国の人たちにとって五輪とは何なのか。
そして日本からの観戦者にとってどんな旅程になるのか。
もっとも市民目線に近づくレポートだ。韓国語で直接取材ができるからこそ、この切り口から大会を掘り下げたい。
2018年のスタートは、2020年への一つの区切りでもある。近代オリンピックが2大会続けて東アジアの地で行われる。ここから何を感じ取るべきなのか。参考にすべきこと、反面教師とすべきことは何なのか。
平昌五輪の公式サイトには、大会の開催効果として次の点が記されている。
経済活性化寄与
国家ブランド向上
地域の均衡発展
国家の発展エネルギー結集
先端産業の発展促進
(韓国の)先進国入りへの象徴的な機会
南北和解協力ならびに平和促進
アジアの冬季スポーツのハブ地へ
これらがいったい、開催地に暮らす人たちにどんな効果があるのか。2020年に迫った東京オリンピックにとっても知るべきポイントだ。もちろん、東京と平昌では開催の目的もバックグランドも違う。これらも紹介しながら、数回に渡り掲載する。
もうひとつは、せっかく日本の近くで行われるのだから「ふらっと大会を観に行く」ことは可能なのか、という点を。
筆者自身もあれこれ情報を詰め込みすぎず、3年ぶりに開催地へ向かった。そして韓国語で現地の人たちの言葉を聞いた。突撃レポートだったゆえ、当事者の顔写真撮影の許可がなかなか得られなかった点はご了承を。
外国人客も多数利用か 清涼里駅 生まれ変わったターミナル
ソウルから、清涼里を経由してひとまずは開催地の中での最大の人口規模の都市(21万人)の江陵市に向かった。もう夜だったし、ひとまずは開催地で一番大きな街に行こうと。
ソウル駅から地下鉄1号線で30分ほど移動し、経由地の清涼里駅に着く。
かつては風俗街として知られたこの街も、洒落たターミナル駅へと変貌している。2014年に東大門区の合同再開発計画が議会を通過し、2015年から風俗街の撤去が始まった。2016年にはほぼ終了したのだ。
駅舎に隣接するロッテデパート1階にレストラン街がある。ここでワンブレイクが可能だ。食事を採った後、19時22分発の電車を待った。
電車を待つ間、試しにSNSにて「五輪の開催地に行く」と書いてみたところ、韓国の友人からこんな返事がきた。
「今日から かなり寒いと思うんだけど…27日のソウルの最低気温はマイナス11度、(一番寒い)鉄原(チョルウォン)はマイナス17度だったらしい。平昌もだいたいマイナス13度から14度になるんじゃないかな。そして平昌五輪の行われる競技場は珍富(チンブ)駅から近いので気をつけて。平昌駅ではなく……」
”平昌五輪は『平昌』ではあまりやらない”
これはソウル駅での五輪の案内表記でも分かったし、3年前の現地取材でもおおよそ分かっていた。スキージャンプ、ノルディック複合、クロスカントリー、バイアスロン、リュージュ、ボブスレー、スケルトン、アルペン大回転が(平昌郡)珍富で。フィギュアスケート、アイススケートなどの室内競技の競技場は江陵市で。スキーとスノーボードが平昌で行われる。それも”平昌”の元々の中心街、高速バスターミナル付近から30~40キロも離れた街で大会が進行するのだ。開催地が現在、どうなっているのか。先に進んだ。
スマホ充電も可能なKTX。移動中に聞いた平昌五輪とは?
KTXの車両の乗り心地自体は、これまでのメイン区間のソウルー釜山間と大きな変わりはない。
全席指定の横2列の座席に座ると、前方中央に一つだけ、コンセントがあった。スマホ充電が主たる使用目的になるだろう。これを「使ってもいいですか?」と断ってきた、横の席の女性と言葉を交わした。26歳で、地元で料理の専門学校を出て、パンを作る仕事をしている。この日KTXに乗り合わせたのは「江陵からソウルの病院に通っているから」だという。ずばり、五輪についてどう思うのかと聞いた。
「まだ、よく分からないんですよ。全然実感が沸かないというか。大会をやるために、江原道がものすごい負債を抱えたという話を聞くに、果たしてやることが正しいのだろうか……そんなことも考えますよね」
--大会もあと1ヶ月と少しで始まるのに!
「うーん、テレビで連日、五輪のことが取り上げられるわけでもないし、周りが盛り上がっているわけでもない。私自身、特にスポーツに興味があるわけじゃないから、そんなに強い関心がないんですよね」
--冬季五輪の開催地になるくらいだから、子供の頃にスキーやスケートを身近にやったのでは? そうすると競技への関心度も少し高いのではと思うのですが。
「確かに子供の頃はやりましたよ。私は特にスキーを小学生の頃にやった記憶がある。でも自分にとってこれらが身近だったかというと……もうちょっと山間の地域になればたくさんスキーをやったんでしょうけど、私はちょっとやったかなという程度の記憶しかありませんね。スキー場に行くまでも時間がかかりますし。周りも同じだと思いますよ。決してスキーやスケートが身近なわけではない」
--じゃあ江原道、とはどんな場所なんでしょう?
「食べ物は、じゃがいもや純豆腐(スンドゥブ)、とうもろこしが有名ですよ。じゃがいもは切って、麺に入れて食べたりもします。純豆腐はチゲだけじゃなく、醤油などにつけて食べたりも。私もソウルで暮らしたことがありますが、江原道というとこれら食べ物のイメージで見られることも多いですね」
--五輪に期待することはあるでしょう?
「もちろん。人生でもうこういう機会はないでしょうから」
--じゃあ、大会後、いったい何が残るでしょう?
そう聞いた時、彼女の表情が一気に嬉しそうになった。
「これ、ですよ。KTX。ソウルまでの時間が、いままでよりも40分近く時間短縮されて。バスに揺られる必要もなくなった。ソウルに着いた後もこれまでのバスターミナルより動きやすいですし。今日、初めて乗ってみて、もうハマりそうです」
大会に向けて新整備されたKTX京江線では、見たところすべて新型の車両「KTX 山川(サンチョン)」が導入されていた(大会時は定かではないが)。フランスのTGVの技術が基になっているのだという。日本の新幹線ほどに車両はゆったりとはしていない。しかし両者を比べた時、料金が安いことは確かだ。2時間を移動して約2910円。新幹線だと東京-京都が約2時間20分で13080円。現在は平日一日18本、週末22本ペースでの運行だが、大会中の外国人入国のピークとみなされる2月1日から9日までは一日51本の運行体制にして大会に備える。
このKTXが大会開催のリアリティを想起させるだろうか。
やはり、大会まで1か月あまりとなっているにもかかわらず、「無関心」と言い切っていた点が気になった。江陵までの移動中、数人と簡単に言葉を交わしたが、同様に関心がない、という。
この点は、ソウルのメディアも危惧しているところだ。「朝鮮日報」は昨年11月12日に「平昌五輪、まずは国民の雰囲気を盛り上げるようにしなければ」という見出しの社説を掲載した。「9月の政府系の世論調査では『関心がある』と答えた人は39.9%」といったデータを紹介しつつ、こういった内容を訴えた。
「オリンピックを成功裏に開催するため、競技施設、運営・安全システム、宿泊・交通インフラのなど点検しなければならないものが多い。しかし一番重要なことは開催国国民の情熱と雰囲気だ。これが不足した国で成功した事例はない。施設が不足していようと、運営に未熟な点があれど、開催国が雰囲気を作り出してオリンピックを行えば世界は感動する。平昌五輪は競技インフラ自体は過度と言っていいほど素晴らしい。韓国はすでに大型スポーツイベントの開催経験も多く、深刻な運営の未熟さを晒すこともないだろう。しかし、重要なことは国民の雰囲気だ」
「こういった雰囲気が続く理由には、朴槿恵大統領の罷免など予想しえなかった政治的、社会的事件が大いなる悪影響を及ぼしているに違いない。今回の冬季オリンピックでは2度も組織員会が変わり、政府と江原道・組織員会が対立と混乱を続けたことも国民の関心を下げた。しかしいまや誰のせいでもない。オリンピックの幕は明けた。この大会はほかの誰でもない、我々が自ら3度の立候補を通じて誘致した、我々のオリンピックなのだ」
ちなみに2020年の東京オリンピックの現状についてはこう言及している。
「大会1000日前となった2020東京オリンピック記念行事が、先週末に日本の至る所で熱気をもって行われたことと(韓国の現状は)あまりに対照的だ。オリンピックを契機に『20年の長期不況を抜け出そう』という日本政府と企業、国民がひとつとなり祝祭を成功させようとしている。日本の景気が復活しつつあるなか、企業の後援金はあふれかえり、聖火リレーを誘致するために熾烈な競争が繰り広げられている」
電車で2時間ほど揺られ、江陵駅に着いた。
21時過ぎにして、もう暗い。とても小さな街だった。
そこで感じた点は「キャパシティ不足」、そしてやはり「大会への実感のなさ」だった。
<つづく>
*追記(2月19日)