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「イスラム国」による日本人人質事件と英メディア ―安倍政権は「テロの戦争」に参加するか?

小林恭子ジャーナリスト

月刊「新聞研究」3月号掲載の筆者原稿に補足しました。)

イスラム教スンニ派過激主義組織「イスラム国」(イスラミック・ステート:IS、通常の意味の「国」ではない)による2人の日本人(湯川遥菜さんと後藤健二さん)の拘束事件と最悪の結末は筆者にとって大きな衝撃だった。

1月20日、「イスラム国」グループは最初の動画をユーチューブに投稿し、身代金2億ドルの支払いを要求した。この動画を初めて英国のテレビで見たときのことを良く覚えている。オレンジ色のつなぎ服に身を包んだ後藤さんと湯川さんが砂漠に並んでいた。私は胃をぎゅっと誰かにつかまれた思いがした。

英国の体験

英国はこれまでにもイスラム教過激主義グループが中東諸国にいる英国人を拘束し、身代金や政治目的での交換条件を要求する事件に何度も遭遇してきた。政府は身代金を支払わない方針を崩さず、「テロリストとは交渉しない」姿勢を(少なくとも建前上は)維持してきた。

筆者が特に忘れられないのは2004年、イラクでジハード・グループに拘束された英国人ケン・ビグリー氏や、2005年、慈善団体で働いていたマーガレット・ハッサンさんのケースである。

仕事でイラクにいたビグリー氏はオレンジ色のつなぎ姿で動画に登場し、「助けて欲しい」と訴えた。ハッサン氏も動画を撮影され、イラクにいる英軍の撤退を求めた。両者ともに拘束グループに命令された言葉を発しているのは明らかだった。

家族や知人、友人、著名人を使った解放への訴えにもかかわらず、ビグリー氏は拘束から1ヶ月で、ハッサン氏も約1ヶ月後に拘束グループに殺害された。

昨年夏、「イスラム国」のメンバーによって米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の斬首動画が公開された。夏から現在までに欧米人では5-6人、非欧米人(レバノン軍兵士、シリア軍兵士、クルド人兵士など)では数十人が残酷な手法で殺害され、動画がネット公開された。英国では国民2人がフォーリー氏と同様の手法で殺害されている。

2月3日には、日本側が後藤さんとともに解放されることを望んでいたヨルダン軍の戦闘機パイロット、ムアーズ・カサーベス氏が殺害されたと見られる映像がネット上に投稿された。

今回の日本人拘束・殺害事件は、その時々によって名前を変えてきたイスラム武装グループ(現在最も著名なのは「イスラム国」)による人質殺害事件の一つだった。

英国メディアの報道振り

こうした経緯もあって、今回の日本人の人質事件を英メディアは連日、詳細に報じた。2人の経歴、家族の会見の様子、日本政府の動き、ヨルダン政府との交渉の行方などを特派員報告を中心に掲載した。

ネット界でトレンドとなっていることを取りあげる「BBCトレンディング」(1月26日付)は、「アイ・アム・ケンジ」というハッシュタグが広がっていることや、いわゆる「クソコラ・グランプリ」について紹介した。後者は「イスラム国」の動画に出ていた人物をアニメや漫画を使った加工した画像の数々だ。

ロンドン大学の講師グリセディス・カーチ氏は「ソーシャル・メディア上では2人がそもそもシリアに行くべきだったのかどうかについて、議論がある」と指摘した。

BBCはウェブサイトで後藤さんについて充実したプロフィールを掲載した。NHKやテレビ朝日でのリポートにリンクが貼ってあり、ジャーナリストとしての後藤さんへの敬意がにじみ出た。

日本の安保政策の変更に注視

英メディアが熱く注視するのは、今回のテロ事件をきっかけに日本の安保政策に変更があるかどうか、だ。

英フィナンシャル・タイムズの知日派デービッド・ピリング記者(著書『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11』)は電子版1月28日付の記事で「平和憲法に基づいた日本の外交政策は今、転換期にある」と書いた。防衛専門家岡本行夫氏のコメントとして、「誘拐は日本国民に世界の不愉快な現実を顕在化させた。見せ掛けの中立性にもはや隠れているわけには行かない」を紹介している。

「安倍首相にとって憲法の再解釈を行うための法改正は簡単ではなさそうだ」が、「後退は一時的だろう」とピリング氏は予想する。「世界は変わっている。中国は日本に対し領土権主張を求めてくる」、また米国は「いざとなったら、日本を守るために米国人の血を流すことはしないだろう」-。日本政府が「傍観する日々は終わりつつある」。

FTの電子版2月2日付の社説「日本のテロへの反応は孤立であるべきではない」は軍事力の施行を待望する論調だ。

記事は人質事件によって、日本国内で「受動的な国際上の役割を維持する声」が大きくなる可能性を懸念する。人質拘束後に、安倍首相が2億ドルに上る人道支援を中東諸国に提供すると確約したことで、首相の批判者たちが「タイミングが悪かった」「人質の状況を悪化させた」「日本はグローバルなプロフィールを大きくしようとしないほうがいい」と言いだした。「しかし」、とFTは続ける。この事件が「安倍首相が計画している憲法上の変化の土台を壊してはならない」。

最後の段落はこのように終わる。2人の殺害は「例え平和主義の国であっても、イスラム戦闘勢力の心無い暴力から逃れられないことを示した。日本の反応は国際的なエンゲージメントに根ざすものであるべきで、新たな孤立であるべきではない」。「国際的なエンゲージメント」は、戦闘も含めてのテロ戦参加を望んでいることを意味するだろう。

筆者は、ここまでFTが日本に軍事的な対応を求めていることを知って、いささか驚いた。

ガーディアン紙のジャスティン・マッカリー記者も、電子版2月1日付記事で安保政策の行方を案じた。

物事がいったん落ち着いた後で、安倍首相は「日本は地域内の安全保障の分野で、より大きな役割を果たす必要があると主張するようになるだろう」。

テンプル大学のアジア研究部門のディレクター、ジェフ・キングストン氏は記事の中で、後藤さん殺害のニュースに「日本の国民は恐怖感を感じ、事態を理解する段階にいる。どのように世論が動くのかは不透明だ」。

記事は同氏のコメントで終わる。「国民は安倍首相の安保政策や、反ISIS(「イスラム国」)勢力に参加することへの深い懸念を持っている」―。首相が望むようには物事が進まないのではないかと示唆して終わっている。

さて、どちらの方向に進むのだろう?

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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