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マイナ保険証の「ミス」は21年3月時点でわかっていた。今日に至る経緯をカード交付開始の16年から検証

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
あらかじめわかっていた失敗(写真:吉原秀樹/アフロ)

 燎原の火のごとく広がるマイナ保険証トラブル。世界に誇る国民皆保険制度を支えてきた「枯れた技術」である紙の健康保険証を廃止してまで「未熟な技術」へ一本化したら案の定。内閣支持率は低下し「総点検」への信頼も低いまま。

 こうなってみると何でまた愚策ともいえる方針に突っ走ったのか気になります。マイナンバーカードの交付が始まった2016年1月にさかのぼって時系列で点検してみました。

16~17年 異なる2つの目的を最初から内包

 マイナンバーカードは16年の交付スタート当初から健康保険証としても使えるようにしたいという構想がありました。厚生労働省が17年度予算に関係予算を計上して検討開始。目的は電子化による事務負担の軽減とともにカードの普及促進があったのです。つまり「医療サービスをより良くする」と「カード普及」という異なる2つの目的を最初から内包していました。ただ紙の保険証は併用するつもりだったのです。

 19年に成立した改正健康保険法でマイナ保険証が使えるようになりました。開始目標は21年3月。この時点でのカード普及率は約12%。政府は22年度中にほぼ100%になるのを想定していました。

21年の本格運用時の支障発生

 ところが期限の21年3月下旬になってもマイナ保険証の本格運用はできず、半年ほど先送りしたのです。理由は試行運用の際に患者の情報が確認できない、つまり紙の保険証と情報が一致しないといったトラブルが続出したから。主な理由は誤入力。カードから他人の情報が読み取り端末に表示されるケースもありました。

 つまり今まさに「総点検」などといっている支障はこの時点で生じていたのです。

 約半年後の21年10月、満を持してマイナ保険証の本格運用がスタート。でもご記憶の方は少ないのでは? それもそのはずで読み取り専用のカードリーダーといったシステムを備えた医療機関や薬局自体が、この時点で約8%しかなかったから。機器そのものは国がただで提供していたのも関わらず。

 医療機関が冷淡だった最大の理由はカードの交付率。この時点でもまだ40%程度。これはカード自体の数字でプラス保険証登録者は約1割。マイナ保険証が少ないと機器を備える利点がない。利点がないとカード保持者でも登録しない。この悪循環を断ち切るべく、以後政府は機器設置の義務化とカード普及の促進に一層まい進します。

20年以降の「アメ」マイナポイント事業

 19年10月に消費税が8%から10%に引き上げられた際の景気対策として同時期からクレジットカードなどを対象としたキャッシュレス・ポイント還元事業が始まりました。存外好評であったので事業終了後の20年から翌年までマイナカードが必要なマイナポイント事業に引き継がれたのです。

 21年10月のマイナ保険証「本格」運用が不発気味であった理由であるカード保有の少なさを解消すべく22年1月から事業第2弾を開始。カード取得で最大5000円、保険証にしたら7500円に当たるポイントを還元する「アメ」作戦。本当は今年2月で終わるはずの申請期限が何度も延長されて申し込み期限は9月までとなりました。予算総額は約2兆円。

「22年度中にほぼ100%」は怪しい見通しとなる

 それでもなお「22年度中にほぼ100%」は怪しい見通しとなったのです。22年末でもカード交付率は約5割。何しろカード本来の直接的な魅力がないに等しくポイント(=カネ)誘いの一本足打法なので。ましてマイナ保険証に至っては全人口の約2割と遅々として進みません。

 医療機関に対しては「ムチ」で臨みました。厚労省は22年5月、医療機関に対して翌23年4月から2割程度に止まるシステムの導入を義務化。ところが折からのコロナ禍への対応に加えて申し込んでも半導体不足や機器の品薄さらには設置業者の人手不足が相まって期限までに準備できない医療機関が約4分の1は確実となります。ごり押ししての矛盾が露呈した格好で期限は結局今年9月末まで延長されました。

23年にカード申請率76%

 かくして22年10月、厚生労働省が同年6月の「骨太の方針」で示唆されていた紙の保険証廃止を24年秋にも実施する方針を立てたのです。河野太郎デジタル相が発表する形となりました。事実上の義務化です。残り約5割の未交付状態を健康保険証を「人質」に取って一気に片を付けようとしたのは明白。

 「脅し」の効果は絶大で「ほぼ全国民」の期限としていた今年3月末までのマイナカード申請率は一挙に76%まで伸びました。今年6月、国会は「マイナ保険証」に一本化する法案を可決成立させたのです。

 こうした「人質」作戦を自民党は20年には温めていました。党の提言として「(紙の)保険証の将来的廃止」を求めていたから。

これが通常運転と揶揄されても仕方ない醜態

 国会審議中から噴出したマイナ保険証に別人の情報が搭載されていたり、誤登録が70000件以上見つかり、マイナカードの機能である住民票の写しが別人であったりとのトラブルで岸田文雄首相が国会で謝罪。しかしながら信じられないミスが後に続々と報告されて今日の失態に至ったのは記憶に新しいところです。

 いや、本当はマイナ保険証のトラブルは前述の通り21年3月時点で既に発生していて何も改善されていなかったとみなした方が正しいかも。同年10月以降の「本格運用」後も別人の個人番号が登録されていたと厚労省は明らかにしています。

 つまり現状は「ミス」でも何でもなく、これが通常運転と揶揄されても仕方ない醜態です。

 かつて、とある警察本部で警察官の不祥事が続出して、その都度「緊急記者会見」が開かれました。あまりに頻繁なので、ある時に某社の記者が「『定例記者会見』に改名したらどうか」とヤジったものです。元々の想定であった紙の保険証併用に戻せという意見は多くの国民が支持するところでしょう。何しろ命がかかっていますから。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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