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日本版偽情報対策と「ファクトチェック」ーーそもそもファクトチェック団体は何をしようとしているのか?

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授
(写真:イメージマート)

2022年9月末に、GoogleとYahoo!が資金を提供して、日本における本格的な民間のファクトチェック団体としての日本ファクトチェックセンターの設立が発表された。

大規模なファクトチェック機関設置 誤情報の疑い内容を専門的に検証(毎日新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/e946a5d7e4f9cb84bd643b689ee94e8623a18d40

日本ファクトチェックセンター(JFC)

https://factcheckcenter.jp/

これまで日本には、恒常的にオンライン上のファクトチェックを行う本格的な機関が乏しかっただけに基本的には歓迎すべきと考える。他方で、出だしから、「ファクトチェックセンター」に対する言論統制の懸念や、Twitterでの訂正、ファクトチェックの対象からマスメディアを除外しているという「誤解」が流通したことからSNS上では炎上気味に受け止められた。

ファクトチェック機関設立も「テレビ・新聞は対象外」に総ツッコミ「テレ朝・玉川をチェックしろ!」(SmartFLASH)

https://news.yahoo.co.jp/articles/d477e10ef086bf564b929648635c554afb865fc5

そこで、以下において、日本における偽情報対策の経緯とファクトチェックについて簡潔に概観する。なお筆者は偽情報対策を検討するセーファーインターネット協会の「Disinformation対策フォーラム」を構成したが、JFCの設立と運営に関しては、本稿執筆時点において関係していない。

もっぱら、2010年代後半になって、偽情報対策の必要性に世界的な関心が向けられるようになった。米トランプ前大統領の誕生やイギリスのEU離脱国民投票可決などが直接的な契機だが、EUにおいては2010年代前半からすでにオンラインにおけるロシアの介入工作への対策の必要性が認識されていたことも背景にある。

こうした流れや、沖縄選挙戦における偽情報流通、Dappi問題、政治家におけるオンライン上の介入工作依頼疑惑等を経て、日本においても対策の必要性が認識されるようになり、総務省のプラットフォームサービスに関する研究会などが中心になって対策の検討が行われてきた。

総務省プラットフォームサービスに関する研究会

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/platform_service/index.html

同研究会の当時のとりまとめ(最終報告書)では、ロシアによるウクライナ侵攻以前に行われたこともあり、多くの自由民主主義国同様に、対策の必要性と、まずは民間の自主的規律(≒個社や業界団体による対策等)、事業者の透明性改善、リテラシー向上策の重要性などが指摘された。

政府による直接的な偽情報対策は表現の自由の萎縮に対する懸念などから慎重な立場がとられているので、まずは民間での対策が必要ということだ。世界的にみても、ファクトチェック団体とIFCNなどの国際承認を経たプラットフォーム事業者が協力する取り組みが民間における対策の標準になっているが、日本にはそもそもファクトチェック団体の多様性、多元性に乏しく、また規模も限定的で、IFCN承認を有する団体が存在しないことから具体化の筋道が懸念されるところであった。

同報告書を受けるかたちで、インターネット事業者の業界団体セーファーインターネット協会に「Disinformation対策フォーラム」が設置され、急ピッチで議論が進められ、ほぼ同報告書の結論が踏襲されるかたちで最終報告書が公開された。

【プレスリリース】Disinformation対策フォーラム報告書の公表

https://www.saferinternet.or.jp/info/24742/

内容は概ね総務省研究会報告書と重複するが、ハイブリッド戦争やロシア大使館、ロシア系メディアが「ロシアの立場」を日本語でも発信するような状況を生み出したロシアによるウクライナ侵攻後であったことから、対策の前倒しの必要性が言及されている。マスメディアの苦情対応や誤報訂正、業界団体による規律は課題はあれども一応は存在する一方で、インターネットやSNS上のそれらは広告関係などを除くとこれまで限定的だった。

日本ファクトチェックセンターはこうした経緯のもとで、セーファーインターネット協会に設立された民間によるオンライン上の偽情報機関である。

現状のメディア環境において、偽情報対策の必要性に異論を持つ人は少ないのではないか。長くなったので、経緯と課題の所在をまとめてみたい。

  1. 表現の自由の萎縮の観点から政府ではなく、極力、対策は民間で実施されることが好ましい。
  2. 民間で実施する場合には、非営利団体等のファクトチェック団体とプラットフォーム事業者の連携による対策が国際スタンダード。(少なくとも形式的にはプラットフォーム事業者から独立した)ファクトチェック団体が判定した正確性判定等を踏まえて、プラットフォーム事業者がアラート表示等を行うなどの注意喚起などがありえる。
  3. なぜ外部団体等と連携するかというと、各プラットフォーム事業者の独自対策のみだと恣意的運用になる懸念が残るため。
  4. しかしながら、日本ではそもそも大規模な非営利組織設立の機運に乏しく、国際承認を取った団体もなく事業者は未承認団体との連携をよしとしないなか、資金調達と人材の制約がある。これをさしあたり米GoogleとYahoo!の出資でクリア。
  5. ただし規模は極めて小さいなかで、一定の品質管理の取り組みをすでに行っている既存報道機関≒マスメディアのファクトチェックは優先順位が低くなった。

このような経緯を踏まえると、多くの日本ファクトチェックセンターをめぐる「懸念」がこうした認識を踏まえていないことに気づくことができる。もちろん同センターのアウトリーチ不足にも責任端緒はあるだろう(例えば経緯を説明した設立記者会見の模様は同センターのウェブサイトのわかりやすい位置には現状見当たらない)。

また設置経緯やガイドラインを見ると、センターとしての政治的、政策的中立性と実務者や運営委員のそれらの在り方に関する記述がやや曖昧か、経緯を把握せずに読むとやや甘いように見受けられるなどの課題もある。

しかしながら、ここまで見てきたように、通信(インターネット、SNS)を中心にしながらメディアの激変期を迎えるなかで、まずオンライン中心の本格的な偽情報対策がようやく日本でも始まったことは歓迎したい。ただし、IFCNの国際承認やプラットフォーム事業者との連携を通じた対策の速やかな実効化など課題は山積である。

また現在でも記者や支局網を有し、一定の検証、訂正含む品質管理の仕組みを有する報道コンテンツ制作の主役を担っているのはマスメディアという現実もある。そして、マスメディア発のコンテンツはオンラインにも多く流通している。そのなかで、どのように連携、切磋琢磨の道筋があるのかということも気になるところである。

付言すれば、最近、安全保障関係でのハイブリッド戦争対策への関心が急浮上していることも懸念される。ともすれば急進的な対策(NSCにおける対策機関の設置等)が提案されがちだが、あくまで平時の対策と両輪か、平時の対策が先行し、それでも対処できない点の対策が検討されるべきだ。いずれにせよ日本版偽情報対策の経緯を把握したうえで注視したい。

なお同センター設立以前の日本における対策と課題の経緯等については、下記拙論文なども参照されたい。

「近年の日本における偽情報(フェイクニュース)対策と実務上の論点」『情報通信学会誌』39(1)13-8.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicr/39/1/39_13/_article/-char/ja/

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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