女優は売れるために年上の恋人と別れるか? 『かくも長き道のり』主演の北村優衣が語る“人生のけじめ”
連続ドラマの出演が決まった女優には25歳年上の恋人がいた。売り出しのために別れることを事務所から迫られた彼女は……。伊参スタジオ映画祭のシナリオ大賞作を映画化した『かくも長き道のり』が、撮影から2年半を経て公開される。主人公の女優を演じるのは北村優衣。自身が映画初主演で、役柄と同じく、今作からの躍進を期待される21歳だ。
無意識で演じられるくらい準備して現場へ
――5年前に取材させていただいたとき、「今は明るいキャラクターを活かしてますけど、自分のイヤな部分も受け入れていかないと、女優として続けていけない気がします」と、16歳にして大人な発言がありました。
北村 そんなことを言っていた気がします(笑)。懐かしい……。
――当時と演技に対する考えが変わった部分はありますか?
北村 現場で生まれるものをより大切にしたいと、思うようになりました。私は結構考えすぎちゃうので、あまり作り込んでいくと現場で対応できないタイプなんです。事前にいろいろ準備はするけど、現場に行ったら、すべて忘れることを意識しています。
――念入りに準備しつつ、本番では空っぽにするわけですか?
北村 はい。逆に言えば、空っぽにしても無意識で取り組めるくらい準備しておかないと、現場で忘れることもできません。
――初主演映画『かくも長き道のり』が公開されますが、撮影は2年半前ということで、感覚的にはだいぶ昔ですか?
北村 結構昔に感じますね。撮った頃は19歳で今は21歳。自分の中で20歳を越えた区切りがすごく大きくて。だから「懐かしいな」って目で、この映画を観ちゃいました。
――公開は待ち遠しかったでしょうね。
北村 もちろん。初めて主演させていただいた作品ですし、友だちやお父さん、お母さんも「観たい」と言ってくれていたので、公開が決まって、すごくうれしかったです。でも、皆さんに観てもらうということで、撮影する前と同じドキドキがまたやって来てます(笑)。
――今観ると、スクリーンの中の自分はどう映ります?
北村 今はちょっと大人っぽくなったと思いますけど、どうなんだろう? 変わっていませんか(笑)? 映画自体は中之条の自然の美しさの中での2人の純愛物語で、私が演じた遼子が女優として人として成長していくのも感じられて、すごく見応えがありました。
25歳年上でも好きになる気持ちはわかりました
四万川ダムなどの光景が美しい群馬県中之条町が舞台の『かくも長き道のり』。駆け出しの女優・椎名遼子(北村)は4ヵ月ぶりに故郷に帰る。そこには25歳年上の恋人で、元プロ賭博師の村木順次(デビット伊東)がいた。連続ドラマの出演が決まった遼子だが、売り出すために彼と別れることを、事務所から迫られていた。
――連続ドラマに抜擢された女優の役でしたが、当時の北村さんと重なるところはありました?
北村 女優を目指している身として、遼子と通じるところはすごくありました。この映画の主演をやらせていただいたのは、以前出ていた舞台を監督とプロデューサーさんが観に来てくださって繋がったんです。自分のやってきたことは間違いでなかったと実感できたタイミングで、遼子も女優としてステップアップするところで、そこはシンクロしていると感じました。
――では、演じやすい役だったと?
北村 でも、遼子は自分の弱さを隠すために口調が強かったり、殴ったり蹴ったりしていて、私はそんなに強気に出られないので(笑)。遼子は不器用で真っすぐで、順ちゃんへの愛の伝え方がヘタで暴力的になるのはかわいらしいと思いましたけど、愛ある暴力をどう表現するかはちょっと悩みました。
――登場シーンからバス停を蹴ってました(笑)。
北村 私はそういうことはしません。モノは大切にします(笑)。ストレス発散には歌ったり、映画を観たり、たくさん笑ったりしています。
――遼子のバックグラウンドについて、「親の顔も知らない」といった台詞が断片的にありましたが、自分の中で具体的な設定はあったんですか?
北村 いちおう考えました。でも、それを「こうです」と共演の方たちに言うものではないので、自分の中に留めました。私はありがたいことに両親に育ててもらったので、ネットで遼子のような境遇の方のブログを読み漁ったり、映画を観たりして、何とか感覚を自分の中に取り入れる準備はしました。
――役作りのために観た映画もあったと。
北村 ちょこちょこ観ました。遼子の育ちの部分の他に、年の差のある恋愛を理解するために観たのが『恋は雨上がりのように』や『私の男』です。全然違うタイプの作品ですけど、ずっと年上の男性と恋愛をする女性の心境を参考にさせていただきました。
――25歳年上の恋人というのは、イメージしにくかったですか?
北村 私自身も人とお付き合いするうえで年齢は重視しないので、抵抗はなかったです。遼子はたぶん親がいないから、同年代より順ちゃんみたいに大人で、まっすぐ愛をぶつけられる人、自分を理解して受け止めてくれる存在が必要だったと思うんです。だから、遼子が順ちゃんを好きになるのは、すごくわかりました。
一人暮らしを始めて女優への覚悟が変わりました
――「俺たちはこのままではいられない」という順次に、遼子は「私一人じゃ無理だよ」と言っていましたが、北村さんが同じ立場だったらどうします?
北村 私はあんな大恋愛をしたことはありませんけど、遼子にとって順ちゃんは恋人であり、支えにしているところは親に近いものがあったり、グレーゾーンだと思うんです。だからこそしんどくて、順ちゃんが言うことを理解していても離れられなくて。でも、私ならたぶん「仕事のためなら何でもする」という感じになりますね。
――北村さんも自分の人生の中で、何かにけじめをつけないといけない局面はありました?
北村 去年がそうでした。私の目標は死ぬまで女優をやること。それを叶えるには、自分の中の保守的になっていた部分を、どうにか解放しないといけない。それで、一人暮らしを始めました。実家は横浜で東京に通えますけど、自分を変えるためには環境を変えなきゃと思ったんです。
――実際、一人暮らしを始めてから、自分が変わったところはありました?
北村 今までどれだけ親に頼ってきたかを痛感しました。実家では「Yシャツの袖を折ったまま洗濯機に入れないで」と言われると、「洗えば一緒でしょう?」とかブツクサ言ってましたけど(笑)、自分では料理も作ってなくて。一人暮らしになって「ごみ出しは何曜日だっけ?」とか、そういうことから考えて、自立できたかなと思います。
――女優業への影響もあったんですか?
北村 私は親に頑張っている姿を見せたくなかったんです。照れくささもあったかもしれませんけど、過程を知られたくなくて。台本を読んで、こんな準備をして……というところは見られたくない。結果だけ見てほしい。実家では部屋は妹と共用で、自分だけの空間がなかったから、家族が寝静まってからコソッと起きて、寝室から一番遠いところで練習していたんです(笑)。それが一人暮らしだと自分の好き放題で、準備がしやすくなりました。あと、覚悟が変わりました。
――と言うと?
北村 毎月の家賃や光熱費を自分で払わないといけないから、「この仕事を獲らなきゃ!」という気持ちがより強くなったんです。それで覚悟というのは安直としても、「好きだからやりたい」だけでない想いが出てきたところはありますね。
ラストシーンはカットがかかっても号泣でした
――他に、遼子を演じるうえで気を配ったことはありましたか?
北村 当時の私が19歳で、遼子が26歳とかの設定だったから、どうしたら自分より上の年齢に見えるかは考えました。私も大人びていると言われることは多いですけど、所作だったり歩き方だったり、ところどころで子どもっぽいと監督に言われて、撮影に入る前に立ち方から改善するようにしました。
――お祭りのシーンや焼きまんじゅうを食べるシーンは、普通に楽しかったり?
北村 楽しかったですね。焼きまんじゅうは私が食べていたら崩れて、めちゃこぼしてしまって。カットで撮り直すのかと思ったら、そのまま続けて、しかもそれが使われていたから、遼子のお茶目なところが見えました(笑)。
――コテージで古いレコードをかけて順次と踊るシーンは、ダンスがキレキレでした(笑)。
北村 あれも本当に楽しかったです。2人は昔よく踊っていたことになっていたので、「懐かしい感じが出たらいいね」という話をしていました。
――ダンスは得意なんでしたっけ?
北村 ああいうジャズの曲で踊ったことはありません。ダンスが得意なスタッフさんがいて、ステップは教わりましたけど、あとは音に合わせてフィーリングで、自由に楽しんで踊りました。
――なかなかOKが出なかったようなシーンはありませんでした?
北村 ラストシーンが一番大変でした。撮ったのも最後で、気負ってしまって。監督に「もうちょっとあるかもね」と言われるテイクが続いたんですけど、映るシーンがなかったデビットさんが来てくれて、私を送り出すような言葉をいただいたんです。そこで遼子としてのスイッチが入って、何とか撮り終えたのはすごく印象に残っています。
――涙も自然に?
北村 そうですね。台本に泣くと書いてあって「ちゃんと泣かなきゃ」というのがあったんですけど、そんなことは考えず順ちゃんのことを想ったら、涙が止まらなくなってしまって。カットがかかっても、ずっと号泣してました。「この役とサヨナラする」という意味でも、いろいろな感情が混ざったラストシーンになったと思います。
焦るよりもやるべきことがあるので
――北村さんにも「新しい人生が始まる」と思ったような日はありますか?
北村 さっき言った一人暮らしを始めたときの、引っ越した初日ですね。まだベッドが届いてなくて、床に毛布を敷いて、「私はこれからここで一人で暮らしていくんだ」と思ったのを、すごく覚えています。あと、近くのスーパーで卵やビールを買って冷蔵庫に入れる瞬間に「全部自分で食べるんだ」と思ったり、洗剤とか化粧品とか日用品を買っているとき、新しいスタートを感じました。でも、気合いが入った2日後に、扁桃炎で寝込んでしまいました(笑)。
――初めての一人暮らしに疲れが出たんですかね?
北村 たぶんストレスもあったし、部屋のお掃除もしたので、疲れちゃったんでしょうね。実家を出たときは全然元気で、「しばらく来なくていいから」ってカッコつけていたんですけど、2日後には熱もすごくあって何もできなかったので、親に「ごめん。来てください」と頼みました(笑)。
――北村さんが「死ぬまでやる」という女優の道も、まさに『かくも長き道のり』ですよね。
北村 まだまだやりたい役があったり、共演させていただきたいキャストさん、ご一緒したい監督さんもたくさんいらっしゃるので、ちょっとずつ叶えていけたらいいなと思います。去年環境が変わって、今年はまた一歩、前に踏み出せるように、オーディションや人とのご縁を大事にしていきたいです。
――現状では思い通りに行かない部分も?
北村 まだまだだなと、すごく感じています。映画を観ていても「この役いいな。こういう作品に私も出たいな」という想いが、山ほど湧いてくるんです。でも、きっとこの感情は、自分がどれだけ売れたとしても変わらない気がします。それがなくなったら、たぶん私は終わりだと思います。
――5年前は「同世代の女優さんを『いいな』と思うけど、今の私は焦るレベルにも達してないので、もっと自分を磨きたい」とも話していました。今は競い合えるレベルにはなりましたよね?
北村 今もめちゃ焦ってますけど、焦ってる場合でないとも思います。そんなことを考えるなら映画やドラマの1本でも観るべきで、チャンスが来たらモノにしたいです。
刑事役をやりたくてアクションもできるはずです
――映画やドラマはよく観ているんですか?
北村 はい。特に映画はNetflixとAmazonプライムを駆使して、週に何本かは観ています。
――好きな作品の傾向はありますか?
北村 最近は洋画が多くて、グザヴィエ・ドラン監督の映画が大好きです。家族愛でも自分がもらった愛とはまた違うような描かれ方がされていたり、トランスジェンダーについて考える機会を与えてくれたのもドランの作品でした。出合えてすごくうれしいです。
――ドラン作品では、個人的には『たかが世界の終わり』がジワッと染みました。
北村 私は『Mommy/マミー』や『トム・アット・ザ・ファーム』がめっちゃ好きです。
――「こういう役をやりたい」というのもありますか?
北村 刑事役をやりたいです。もともと『髑髏城の七人』が好きで、沙霧みたいな強くて天真爛漫な女性を演じてみたいと思っていて、芯の強い刑事もカッコイイかなと。あと、お母さんが刑事モノを好きなんです(笑)。『科捜研の女』とか『相棒』とか。だから、私も事件を解決したいです(笑)。
――女優さんで目標にしている人も?
北村 ずっと松岡茉優さんが好きです。松岡さんにしかできないお芝居や、松岡さんがその役をやる理由が常にある感じがして、私も自分が演じる必要性がある存在になれたらと思っています。刑事モノのイメージだと、北川景子さんがめちゃカッコイイなと思いました。スーツも似合いますよね。
――刑事モノだとアクションも付きものです。
北村 私は得意だと思います。キックボクシングをやっていたし、運動神経もいいほうだったので。『かくも長き道のり』でデビットさんが私の蹴りが「痛かった」とコメントしてますけど(笑)、キックボクシングで「女優でなかったら、この道に進めたよ」と言われたので。私のパンチやキックは強くて、デビットさんは絶対痛かったと思います(笑)。でも、撮影では最初、ちょっとやさしく殴ったら、デビットさんに「ちゃんとやれ」と怒られたんです。それで本気で行ったら、痛かったみたいです(笑)。
家では廃墟の写真を見て妄想してます(笑)
――家にいる時間は、映画を観ていることが多いんですか?
北村 そうですね。あとは廃墟が好きなんですけど、コロナで行けないので、廃墟の写真集を見ながら妄想しています(笑)。
――どんな廃墟が好きなんですか?
北村 海外の朽ちた感じの遊園地とか、すごいんですよ。美しい自然の景色と融合して、人が作ったものの時間の経過が感じられるのが好きです。廃墟というと幽霊が出そうとか思われがちですけど、そういうことではなくて、そこに人がいた気配や物語を写真からも感じられるのが、いいなと思います。
――かつてはにぎわっていたであろう遊園地の名残りとか?
北村 学校だったら、「ここでみんな給食を食べていたんだな」とか「この人体模型で遊んでいたんだな」とか、そういうのを見るのが面白いです。コロナが収まったら、実際に行ってみたいと思っています。
――一人暮らしを始めた話の中で「保守的な部分を解放しないといけない」とのことでしたが、保守的な部分はどんなときに出るんですか?
北村 何かネガティブなんです。オーディションに落ちるたびに「もう私はダメだ……」と落ち込んでしまうので、そこをプラスの方向に持っていけるようになれたら。
過去の自分に胸を張れるようになりたい
――落ち込んだときはどうしているんですか?
北村 最近は寝るようにしています(笑)。起きていると考え込んでしまって、寝たら元気になれるタイプなので。自分が落ちた作品を観て「この人が選ばれたのか。私じゃダメだったな……」みたいなことは日々ありますけど、「何くそ!」と思うこともあるんです。負けず嫌いなところもすごくあるので。
――そこをバネにしていこうと。
北村 なかなか行動に移せなかったり、思っていることを言えなかったりもするし、自分には個性もあまりないと思うんです。でも、だからこそ何にでもなれるはずだし、感受性の豊かさも女優として発揮できるんじゃないかと。そのためにも、ネガティブはやめたいんです。
――初主演映画の公開に続いて、2021年にはどんな展望を持っていますか?
北村 去年、環境と意識を変えたのをお仕事に繋げて、結果を残していきたいです。映画やドラマだけでなく、去年は『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターやバラエティもやらせていただいたので、自分ができることなら何でもやりたいです。それこそ遼子のように連ドラが決まって、デビットさんにも報告できたらいいなと思います。
――“長き道のり”はまだまだこれからですね。
北村 映画を撮った2年半前の自分に会ったとしたら、「あれからちゃんと成長したよ」と胸を張って言えます。過去の自分に見せられない自分でいたら後悔するので、これからもステップアップしていきたいと思います。
Profile
北村優衣(きたむら・ゆい)
1999年9月10日生まれ、神奈川県出身。
2013年に女優デビュー。主な出演作はドラマ『水族館ガール』、『女子グルメバーガー部』、映画『シグナル100』、『13月の女の子』など。2月13日より公開の映画『かくも長き道のり』で初主演。
『かくも長き道のり』
監督・脚本/屋良朝建
2月13日~19日に池袋シネマ・ロサでレイトショー公開。ほか全国順次公開。