ドイツ 黒い森とフライブルクで受け継がれる匠の技に触れる旅
バーデン・ヴュルテンベルク州の南西に広がる黒い森地方と、その玄関口の街フライブルクで何世紀にもわたり技を受け継いでいる伝統職人を訪ねました。(画像はすべて筆者撮影。トップは黒い森地方にある世界初の最大カッコウ時計)
ひと口に伝統職人と言っても、その職種は多岐にわたります。工房や工場、農場で時を経て愛されて続けているメイドインジャーマニー製品や芸術品がどのように生まれるのかを目にし、職人たちの作品にかける情熱と愛情にときめきました。
フライブルクでは、地ビール醸造所、黒い森ディアンドル製作者、バーデンワイン文化の発祥地、黒い森ではカッコウ時計や木彫り工房、この地方で最後となったガラス工房を巡りました。
黒い森地方のメトロポリス・フライブルクの魅力とは
黒い森を「シルヴァ・ニグラ」(黒い森)と名づけたのはローマ人だったとか。80%がモミとトウヒという暗い針葉樹林で覆われていて、森林全体が黒っぽく見えることから「黒い森」と呼ばれるようになったそうです。
標高約1500mの黒い森地方は、ドイツの最南西部に位置するフランス、ドイツ、スイスの三角地帯から160km以上にわたって南北に伸びています。その入り口となる街フライブルクは、この地方で最大規模です。
国内最南端の温暖な街で活気ある大学都市、そしてグリーンシテイとして世界から注目されています。市内はバーやカフェ、レストランも数え切れないほどある上、劇場や興味深い博物館、歴史建造物なども一見の価値があります。
早速、街の中心マルクト広場でひときわ目立つ赤い砂岩で雄大にそびえるゴシック様式のミンスター大聖堂へ。ドイツで唯一、中世に尖塔まで完成したゴシック様式の教会です。内部は、ステンドグラスや彫刻など中世美術の宝庫。時間があれば塔に登り、第二次世界大戦後に再建された街を見下ろすのはいかがでしょうか。
大聖堂の周辺には、月曜から土曜まで(7時30分から13時30分)青空市場が開催されます。野菜や生花、パンにチーズなど約130のマーケット屋台が並び賑わっています。
ここで是非味わってほしいのが、街の名物「ランゲローテ」。これは長さ35cmのロール状の焼きソーセージで、フライブルクの観光名所の中でも大聖堂やのちに紹介するベッヒレ(清流)、そしてアウグスティナー博物館と肩を並べる人気ぶりです。
第二次世界大戦後間もない1949年、パン職人ヨセフ・フェーレンバッハが焼き菓子と一緒にソーセージを釜で焼いたのが始まりだとか。2年後、ランゲローテは鉄板で焼くようになり、市場で飛ぶように売れたそうです。
次は大聖堂のすぐ隣にあるバーデンワイン文化の発信地「アルテワッヘ」(画像上)で、ワインの試飲です。
最初に冷たい飲み物「カルテソフィー」をいただきました。見た目はシャーベントのようですが、凍らせたワインです。暑い夏の日に最適の飲み物で、エキゾチックなフルーツの香り、ジューシーな果実味とクリーミーでさわやかな口当たりです。
1階ではワイン販売、2階は大聖堂を望むテラスがあり、ワインを飲みながら楽しい時間を共有できます。
1865年に設立されたビール醸造所「ガンター」は、今日まで数世代にわたってファミリービスネスとして運営されています。
黒い森から直接醸造所内の井戸に流れ込む清らかな水と、地域で栽培された大麦、小麦、ホップが、同醸造所のビールの基礎となっています。
「黒い森に伝わる伝統的、歴史的なイメージは、私にとって大きなインスピレーションとなりました」と語るのは女性民族衣装ディアンドルを製作するキム・シンプフレさん(画像上)。
2010年に自分のレーベル「Schwarzwald Couture」を設立し、ショップのアトリエでディアンドルを縫製するほか、身近な人や黒い森愛好家のためにカスタムメイドの衣装も製作しています。
旧市街の清流・ベッヒレに足を踏み入れたら・・・
フライブルクの旧市街を流れる清流「ベッヒレ」もこの街ならではの景観です。路地に敷かれた水路は黒い森から流れるドライザム川の水を引いており、もともとは家畜に水をやったり火を消したりするために使われていました。暑い夏の日には工夫を凝らした天然の冷却装置にもなっています。
なんとこの水路に足を踏み入れた人は、フライブルク出身の人と結婚しなければならないという言い伝えがあるそうです。いずれにせよ、あちこちでベッヒレを生活の一部としてとらえたユニークな使い方やアイデアを目にすることができます。
街のオアシス・ヴォーバン地区
フライブルクは環境都市としても知られます。是非訪問したいのは市の南に広がるオアシス・ヴォーバン地区。4ヘクタールに及ぶここの敷地は、1930年代に建てられたヴォーバン兵舎があり、第二次世界大戦後、ドイツに駐留していたフランス軍が使用していたそうです。
フライブルク市の緑の党多数派は1992年以後、このスペースをポジティブ・エネルギー住宅地区にすることにしました。太陽熱を最大限に活用、建設用のエコロジー材料の使用など、多くの環境原則を尊重し、ドイツならではの省エネ住宅・パッシブハウスが建てられたのです。
ヴォーバン地区は、ヨーロッパでも有数のカーフリー地区で、市街地とは路面電車で結ばれています。どうしても車を走行する場合、時速5kmを超えないよう定め、子どもたちが自由に遊べる道に変えることができたのです。フライブルクの中心部まではわずか6、自転車で約15分です。
黒い森地方の伝統職人を訪ねて
ドイツで最初のカッコウ時計は1737年、黒い森の中心地シェーンヴァルトでフランツ・ケタラー氏によって作られたそうです。彼は今日まで最も有名なメイドインジャーマニー製品のひとつとなるものを完成させました。
カッコウ時計の生まれ故郷シェーンヴァルトで、1885年創業以来、家族で経営する「アウグスト・シュヴェァー時計店」を訪ねました。高級カッコウ時計メーカーとして、2004年、2007年と2度のクロック・オブ・ザ・イヤーをはじめ多くの受賞歴があるこの地方で最も人気ある時計工場のひとつです。
現オーナーのアンドレアス・ウィンターさん(画像上)は、幅広いラインナップの時計を作り、店内で展示、販売しています。また、クリスマスピラミッドや煙出し人形、くるみ割り人形などドイツの伝統的なギフトアイテムも多数制作しています。
さらにシェーンヴァルトから北ヘ車で10分程の村ショーナッハには、「世界初の最大カッコウ時計」があります。時計職人ヨーゼフ・ドルト氏とその家族が2年の歳月をかけて製作したもので時計の長さ3.60メートル、高さ3.10メートル、奥行き1メートル。
家の前に広告標識がないと外見はごく普通の家です。時計に取り付けられたカッコウは、毎正時と30分に姿を現し、その鳴き声を聞くことができます。
次は黒い森地方の「ガラス工房ドロテエンヒュッテ」へ。オーナーのラルフ・ミュラー氏(画像上)が出迎えてくれました。
地元産の鉱物資源と原料、ブナ材や石英砂、溶かす火に使うモミやトウヒの木が豊富にある黒い森地方は、かつて多くのガラス工房の定住につながりました。
何世紀にもわたって、ガラス吹きギルド(同業者団体)は黒い森で最も重要な商売のひとつでした。現在、この地方で口吹きガラスを製造している工房は、ドロテエンヒュッテだけとなりました。何百年も何千年も前のように、伝統の技を受け継いで作り続けられています。変わった点と言えば、その間、最先端のエネルギーと炉の技術になったことです。
作品コーナーではクリスタルグラスやデコレーションが販売されています。
見学後は、敷地内にあるレストランでランチ。バーデン・ヴュルテンベルク州の名産マウルタッシェ(ラビオリのようなパスタ)をいただいた後、お待ちかねの黒い森のさくらんぼケーキの登場です。チェリーリキュール(キルシュワッサー)をたっぷり使った香り高い味わいで、生クリームたっぷり。ボリューム感がありますが、見た目とは違い軽い食感がたまらず、食べきりました。
その後ハスラッハ村の伝説の木彫り職人「木彫り工芸品店シュルティス」へ。1975年の創業以来、フベルト・シュルティス氏(画像上)が精魂込めて芸術品を作り上げています。木は地元産のリンデンバウムを主に使っているそうです。
厳選された美しく高品質な木彫りのマドンナ、成人、天使、世俗的な人物像、レリーフ、生誕祭など500点以上の作品を手がけたそうです。フベルトさんは、なかでもカーニバル用のお面づくりで知られる伝統技を持つ貴重な存在です。お面は主に黒い森地方のカーニバル団体メンバーのみに制作しています。
.............
緑豊かな自然を愛するドイツ人にとって、20,000kmを超えるハイキングコースを歩きながら日常の喧騒から離れ、癒しの時を楽しむとっておきの場所、それが黒い森地方です。
ちなみにフライブルクは、「ロンリープラネット」が選んだ2022年に行きたい旅行先都市で3位にランクインしました。ロンリープラネット審査員はその理由をこう明かしています。
「コミュニティ、持続可能性、多様性を重視し、石畳の道、整然とした家の外観、古い大学、大聖堂教会の塔のシルエットなど。さらにドイツで最も若々しく、リラックスした都市の顔を持ち、カリスマ性がある」
環境意識の高い黒い森のメトロポリス・フライブルクは、責任ある生き方をするためのいくつかのコツを、まだ多くの人に教えてくれるはずです。
黒い森とフライブルクを結びつけたこの地方ならではの持続可能性な旅の体験をしてみませんか。