平成最後!三世代、おひとりさま、趣味特化、インバウンド。 ホテルの「お正月プラン」から世相が見えた
この時期になると仕事がら筆者のもとに送られてくるのがホテルのお正月プランのリリースだ。シングルの身として実はこの数年、お正月プランが気になっていた。人や車が少なく静かな都心でホテルにこもってのんびりするのは悪くないと思うようになったからだ。
東京都の世帯の約半数は単独世帯、つまり一人暮らしだ(東京都政策企画局「2060年までの東京の人口推計」による)。もちろん単身赴任や地方に実家があるなど背景はさまざまだろう。それでも未婚、高齢による伴侶との死別などお正月をひとりで過ごす人たちは少なくない。家にいるより非日常を演出するホテルに1、2泊するのは一年の幕開けとしても気分を揚げてくれてふさわしい。また、筆者の知人は毎年、三世代で海外旅行に行っていたが両親が高齢になったため負荷の大きい海外はやめてここ数年、近隣のホテルでのんびり過ごすようになったと話してくれた。
毎年「お正月プラン」が登場するのは需要があるからだ。各ホテルとも趣向を凝らして魅力的なプランをそろえている。そこにはゆるやかに変化する宿泊客側の家庭事情や世相と、それに対応するホテル側の取り組みが見え隠れする。
「お正月プラン」の元祖といわれるのがホテルニューオータニだ。2019年で54回目となる。きっかけは1964年の東京オリンピック。ご存知の方も多いと思うが千代田区にあるホテルニューオータニは当時の東京オリンピック需要にあてて開業した背景を持つ。オリンピック後、冬の閑散期に集客できないかと考えられたのが「お正月プラン」だったのだ。地方から東京へ初詣に訪れる親せきや家族が集い、おいしいものを食べる。千代田区という場所柄、皇居、明治神宮などにも近い。50数年前、ホテルという最先端の空間に泊まって正月を迎える、というハレな体験が一躍、話題になった。
ホテルニューオータニの場合、「お正月プラン」のリピーター率は約8割ときわめて高く、全国から毎年楽しみに通うファンも多い。主流はシニア世代、そして三世代だ。ただ、最近は「客層の若返りがある」と広報の湯本健太郎さんは教えてくれた。理由は、「幼少時、ご両親や、ご祖父母さまたちと一緒に泊まった経験を持った世代がご自分のお子様やご家族を連れてお泊りになる」ということが最近、増えているという。それにあわせイベントの内容もより世代にあわせたものへと変えているという。
「お正月プラン」の特徴のひとつがホテル内で催される各種イベントだろう。年越しそば、餅つき、獅子舞など伝統的な正月行事から、寄席、コンサート、マジックなどバラエティに富んだ内容は充実すぎるほど。プラン予約のゲストは基本、無料で参加できる(一部有料あり)。ホテルニューオータニでは東京と幕張にあるホテルニューオータニあわせ2019年は100を超えるイベントを用意している。基本的に「家族で楽しめるイベント」が主流ではあるが、ゲストの若返りを考慮して新しい試みも行っている。そのひとつが池上彰氏による世界情勢を解説する経済トーク。若返った現役世代にあてた企画で昨年も好評だったという。また、2万坪という広大な敷地や大小の宴会場を活かした「能楽鑑賞」や「ビンゴ大会」に加え、加藤一二三九段との「多面差し」や「オリジナルLINEスタンプ作り」、ロボットのプログラミング講座など、新感覚のアクティビティもゲストのニーズを考えてのものだ。
また、ニューオータニの真骨頂はホテル内にあるレストランの数の多さだ。東京、幕張あわせて48の和洋中ダイニング、さらにブッフェと多彩。プラン宿泊者には「かわら版」と名付けたイベント一覧の新聞を渡している。リピーターの多くがチェックアウト時に来年の予約をするという。その年のゲスト層が早めに見えてくるため、そこにあわせてイベント内容も微調整するという。「ご家族みなさんでどこに行こう、何を食べようとあれこれ楽しみながら選んでもらえるように毎年、工夫を凝らしています」と湯本さん。54回を重ねた「お正月プラン」元祖ならではの細かいこだわりがゲストを飽きさせない。
ユニークなところでは東京・九段ホテルグランドパレスの「お正月囲碁三昧プラン」がある。ホテルグランドパレスは1972年開業、東京の老舗シティホテルのひとつ。昭和世代の中にはプロ野球ドラフト会議の舞台として記憶する人もいることだろう。
「お正月囲碁三昧プラン」はその名前のとおり、囲碁をたしなむ人に向けたプランとなっている。2泊3日と3泊4日のプランがあり、滞在中は日本棋院に属する白江治彦八段をはじめプロ棋士、インストラクターによる指導碁、参加者同士のリーグ戦などまさに囲碁三昧の時間を過ごすことができる。
同ホテルも「お正月プラン」への取り組みは1970年代からと早く、当初プログラムのひとつとして囲碁と将棋のサロンを設けていた。それとは別に1981年からは夏場に「囲碁セミナー」と称した宿泊プランを設けていたが、「もっと本格的な囲碁の指導を」といったようなファンからの要望などを受け、毎回ブラッシュアップを重ねていく中で囲碁に特化したお正月プランも、というアイデアが生まれたという。「お客様のご興味、ニーズにそうように改善することで順調にご予約も増え、それを活かした形でお正月囲碁三昧プランが誕生しました」と営業企画課の沼尻薫さんは話す。
「お正月囲碁三昧プラン」の場合もリピーター率は高く、毎回参加を楽しみにするゲストも多いという。東京近郊だけでなく九州、北海道など全国から予約があり、60~70代の男性ひとり参加が多いが女性の参加も近年増えている。
この囲碁プランの魅力は趣味を通じて、参加ゲスト同士が知り合い交流を深める点にある。ひとりで参加してもリーグ戦などで腕を磨きあい、囲碁談義を楽しむ。リピーターも多いので再会する喜びもあるだろう。近隣の囲碁サロンの仲間同士で参加する人もいるという。また、2日目の夜はプロ棋士、インストラクターを交えての新春連碁ディナーパーティが行われ、一人参加の場合もこの頃にはすっかり打ち解けてなごやかな宴になるという。
「囲碁三昧プラン」でもタレントのバラエティショー、ミニコンサート、ビンゴゲームなど通常の正月プランの催しものも楽しめる。5ヵ所あるレストランで日本料理、フランス料理、鉄板焼など味わう楽しみもある。「囲碁三昧プランを選ばれるお客様はできるだけ囲碁を打ちたいので、手早く食べられるブッフェがいい、という方もいらっしゃるんです」と沼尻さん。
家族揃って過ごす中で、囲碁が好きな方は囲碁三昧プランで囲碁に興じ、家族は多彩な催しものを楽しむ。「それぞれが自分に合った楽しみ方をして過ごすことをご提案しております」。
子供や孫たちを海外旅行に送り出し、自分はホテルで囲碁の腕を磨き、趣味の同士とつながる。あるいは一緒に過ごしながらも、より自分好みの滞在も追求する。新しい需要を喚起させるヒントがここにあると筆者は考える。
各ホテルがお正月プランを展開する一方、プランをやめたホテルもある。JR水道橋駅から徒歩3分ほど。美しい木々に囲まれた空間が美しい庭のホテル 東京。昭和10年、旅館「森田館」が前身。ビジネスホテルを経て平成21年、和のイメージを持った現在のデザインホテルにリブランド、来年で開業10年目を迎える隠れ家的なホテルだ。
「開業当時からお正月プランはやっていました。でも、そろそろこのホテルらしいお正月の過ごし方をご提案したいと思い、次回から見合わせることにしました」と広報の赤羽恵美子さん。このホテルの年末年始の利用客は近隣からの方が多いという。ファミリー層は少なく熟年のご夫婦や女性ひとり客などだ。
高齢のゲストが多いためアットホームな雰囲気の中、のんびり滞在したいというニーズがあることもあえて「お正月プラン」を販売しなくても、という判断につながっている。
もうひとつ大きな要因がインバウンド(外国からの訪日客)の存在だ。庭のホテルではインバウンドという言葉が認知される以前から外国人ゲストの比率が高かった。トリップアドバイザーの口コミランキングで上位、ミシュランガイド東京で開業から9年連続2パビリオンの評価を獲得するなど高評価が海外でも広がり、現在では半数以上が外国人ゲストだという。日本人マーケットに特化した「お正月プラン」は同ホテルにとって欠かせない販売スキームではないことがわかる。
「お正月プランはご用意しませんが今まで同様に大晦日のカウントダウンや餅つき、津軽三味線コンサートなどは行います。これは海外のお客様にもとても喜んでいただいております。初詣にお勧めの神田明神や東京大神宮も徒歩圏内ですし、また、プランになるとお食事の内容や時間帯が決まってしまいますが、それもなくなるので日本人のお客様にはより気ままにゆったりと滞在していただけると思っています」
家族で過ごすか、ひとりで楽しむか。平成最後の年末年始、まずは各ホテルのお正月プランのチェックをしてみてはいかがだろうか。