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イスラエル首相とサウジ皇太子の極秘会談:バイデン次期大統領へ、牽制のメッセージ

川上泰徳中東ジャーナリスト
極秘会談が報じられたネタニヤフ首相(右)とムハンマド皇太子(左)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 イスラエルとアラブ諸国の国交正常化の流れが、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダンと続いて、ついにサウジアラビアまで伸びてきた。イスラエルのネタニヤフ首相が11月22日にサウジを極秘訪問し、同国のムハンマド皇太子と国交正常化について協議したことが明らかになった。今回の極秘会談のニュースでは、両国とも匿名の政府筋が確認し、半ば公然の事実となったことは異例の展開だった。両者の会談は、米国のバイデン次期大統領をけん制するメッセージの意味合いがある。

「3人のサウジ政府アドバイザーによると」とWSJ

 ネタニヤフ首相は22日夜、サウジの紅海岸のリゾート都市ネオムに小型ジェット機で飛んで、ムハンマド皇太子と会談した。英ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が翌23日に、「3人のサウジ政府アドバイザーによると」として、会談について報じた。

 WSJによれば、会談には、サウジを訪問していたポンペオ米国務長官も同席したという。会談は2時間ほど続き、「両国の国交正常化やイランの問題を含むいくつかの問題について協議したが、実質的な合意はなかった」と、サウジのアドバイザーは語ったという。さらに「イランと関与しようとしているバイデン政権になった後、両国がいかにイランを封じ込めるために協力するかが、一つの焦点となった」とかなり踏み込んで会談内容について明らかにしている。

「国交正常化となれば中東の地殻変動」

 WSJは会談の位置づけについて「米国が長い間、敵対していた両国の国交正常化を求めている中で、初めて判明した会談」とする。さらに、両国が今後、国交正常化に向かえば、「イスラエルがパレスチナの国家樹立について、いかなる合意もないのに国交正常化を行えば、中東にとっては地殻変動となる」と意味づける。

 同じ日にイスラエル有力紙ハアレツはWSJの報道を引用する形で秘密の首脳会談について報じたが、会談については、「イスラエル筋からの情報」として、独自に確認している。

サウジ外相は会談を否定したが…

 首相と皇太子の会談については、2018年6月にはイスラエルの新聞が、がヨルダンの首都アンマンで秘密裏に会談したというニュースが出た。しかし、イスラエルもサウジも、会談の報道については何も語らなかったとされて、真偽は分からなかった。

 今回の報道についても、サウジのファイサル外相はツイッターを通じて「そのような会談はなかった。会談の席にいたのはサウジと米国の関係者だけだ」と否定した。イスラエルは否定も肯定もしていない。それぞれこれまで型通りの反応であるが、今回は、WSJに対してサウジのアドバイザーが内容を語ったり、イスラエル政府関係者が匿名で事実だと確認している。

イスラエルでは報道を匿名で認め、政権幹部がコメント

 ロイター通信によると、極秘会談のニュースが流れた後、イスラエルのギャラント教育相はイスラエル軍ラジオに対して「会談の報道があるが、実際に行われた。今は(情報は)外に出て広く知れ渡ったので、半ば公式と言えるかもしれないが、重要な意味を持つ問題である」と答えたという。

 イスラエルの「タイムズ・オブ・イスラエル」には、「それほど秘密でもないサウジとの会合:大きな一歩だが、まだ国交正常化とはいえない」というタイトルの記事が出た。記事の中で、「意義深い事実は、イスラエルのジャーナリストが訪問についてかなり書き込み、今後、どうなるかについて語ることが許されたことである」と書いていた。

 記事によると、ネタニヤフ首相はアラブの指導者との会合について自慢げに話すことはあっても、細部を語ることはなく、メディアで湾岸諸国の主要な王族との会合が報道されても、首相の側近が確認することはなかったという。

 今回は「匿名のイスラエル政府の高官」がサウジでネタニヤフ首相がサウジの王族と会合したことを確認し、さらにイスラエルのギャラント教育相が「驚くべき成果」と持ち上げた。さらに「サウジの方でもイスラエルとの秘密の関係が公表されることを歓迎している」と書いている。

イスラエルメディアが「重要な進展」

 タイムズ・オブ・イスラエルの記事では、イスラエルとサウジの国交正常化について「全面的な外交関係の樹立はバイデン大統領がきて、まとめなければならないが、ネタニヤフ首相がサウジの皇太子と会談したことは、重要な進展である」としている。この意味づけ自体が、イスラエル首相府の指示に沿った見通しだろうと私は考えている。

 欧米メディアの中でもサウジ王族に食い込んだ報道をするWSJが、「3人のアドバイザー」の情報として会談についてかなり踏み込んだ内容を出しているのは、皇太子が国際メディアに意識的に情報を流したと考えるべきだろう。

国交正常化期待したトランプ大統領

 8月のイスラエルとUAEとの国交正常化合意以来、トランプ大統領は繰り返し、サウジがイスラエルと国交正常化するのは遠くない時期だと繰り返してきた。10月23日にイスラエル・スーダンの国交正常化を発表した後、大統領は「スーダンに続いて、サウジもすぐにイスラエルと同様の関係正常化に進むだろう」と語った。

 2日後の10月25日にイスラエルのテレビ局「N12」は、同国の情報機関モサドのコーヘン長官が、「サウジとイスラエルの国交正常化の発表が近い時期にある。米国の大統領選の後、発表される」と語ったと報じた。コーヘン長官はネタニヤフ首相の最側近で、UAE以降のすべての国交正常化合意をまとめた人物である。

この時期に極秘会談をした狙いは?

 サウジのムハンマド皇太子は高齢で病気がちの実父サルマン国王に代わって、国の実権を握っている。対イラン強硬派で、イランとの関与策をとったオバマ前大統領とは反りが合わなかったが、トランプ大統領とはこの4年間、良好な関係を維持した。

 トランプ大統領が去り、バイデン氏が次期大統領に就任することが明らかになったいま、ネタニヤフ首相とムハンマド皇太子が極秘会談を行い、それを半ば公然化する狙いはどこにあるのだろうか。

国交正常化に動いていることの既成事実化

 一つは、両国とも、国交正常化の動きが進んでいることを既成事実として、米国と世界に示す必要があったということであろう。サウジがイスラエルとの国交正常化に踏み切る可能性については、イスラエルがパレスチナとの交渉で合意しない限り、サウジが決断するのは難しいというのが、大方の見方だった。トランプ大統領が強く求めたにもかかわらず、選挙前に実現できなかったことで、その見方は補強されることになる。

2002年のアラブ和平案の提案国

 サウジがイスラエルと国交正常化するのは簡単ではないとみる理由はいくつかある。その一つは、2002年にベイルートで開かれたアラブ連盟首脳会議で採択された「イスラエルが軍事占領している地域から撤退すれば、アラブ諸国はイスラエルと平和条約を結び、関係正常化する」というアラブ和平案の提案国がサウジだったことだ。サウジがパレスチナ国家のめどがたたないまま、イスラエルと国交正常化すれば、自ら、アラブ和平案を裏切ることになる。

サルマン国王は国交正常化に難色?

 さらに、サウジ王家はメッカ、メディナというイスラムの二大聖地を抱え、「二聖地の守護者」を名乗る。イスラムの第3の聖地は、イスラエルが占領しているエルサレム旧市街にあり、聖地エルサレムの解放は、サウジの権力の正当性に関わる問題である。2017年12月にトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、米国大使館のエルサレムへの移転を決めると、サルマン国王はサウジ国内でアラブ連盟のエルサレム問題首脳会議を開き、「パレスチナ問題は我々の第1の問題であり、今後もあり続ける」と演説した。

 サウジがイスラエルとの国交正常化に動くことができないのは、ムハンマド皇太子は正常化に前向きだが、サルマン国王が難色を示しているためだという報道が出ている。その意味では、サウジが公式の国交正常化にはすぐには動くことができないという明らかになったために、その代わりに、極秘の首脳会談を国際メディアに流して半ば公然化するという選択肢になったのではないかとも考えらえれる。

国交正常化の本丸はサウジ

 ネタニヤフ首相としては、国交正常化の本丸がサウジであることは明らかである。UAEやバーレーンが国交正常化で動いても、サウジが国交正常化に動くことができなければ、結局、パレスチナ問題に縛られていることになる。ネタニヤフ首相としては、サウジの実質的な支配者のムハンマド皇太子と会談できる関係だということを示すために、今回の秘密の首脳会談を仕組んだのだろう。特に、自治政府に対して、サウジはパレスチナ問題に縛られてイスラエルを避けているのではないというメッセージを送ることになる。

ムハンマド皇太子にとっての二つの懸念

 一方のサウジのムハンマド皇太子にとってネタニヤフ首相との関係がニュースになることは、バイデン次期大統領へのメッセージであろう。ムハンマド皇太子にはトランプ大統領からバイデン氏になることについて、イスラエルと共に対イラン政策を転換することをけん制すること以外に、二つの重要な懸念があるだろう。

イエメン内戦で無差別空爆への非難

 懸念の一つは、サウジがUAEとともに介入して、人道危機状態になっているイエメン内戦である。これまでに1万2000人の民間人が死亡し、そのうちサウジやUAEの無差別空爆による死者が8000人以上とされる。両国の空爆を非難する声は世界の人権組織に強い。

 米国議会は米国が両国に売却した戦闘機が空爆に使われていることを重大視し、2019年6月には米上院が武器売却を阻止する決議案を可決し、7月には米下院も同様の決議案を可決した。トランプ大統領は決議に拒否権を発動し、サウジとUAEへの武器売却は実施された。

 バイデン次期大統領は議会から同様の決議案がくれば、無条件で拒否権を使うことはないだろう。さらにイランとの核合意に復帰し、イランとの関係正常化の道を探る過程で、イエメン内戦の終結も進めるとすれば、ムハンマド皇太子が主導するイエメン内戦への軍事介入は、その障害となる。

イスラエルとの親密化を米国向けに演出

 UAEはすでにイエメン内戦から地上軍を撤退させ、空爆も停止し、イランとの間でも関与政策に移っている。イスラエルとの国交正常化で合意したことで、バイデン政権になっても、UAEとは密接に協調することになるだろう。

 そうなると、イエメン内戦の問題ではサウジだけが矢面に立つことになる。ムハンマド皇太子はイスラエルと国交正常化しないまでも、ネタニヤフ首相との親密な関係を米国に示すことで、米議会からの武器禁輸圧力を緩和しようとしたと考えられる。米議会は民主党も共和党もイスラエル重視では同じである。

ジャーナリスト殺害の批判再燃の懸念

 もう一つの懸念は、2018年にトルコのイスタンブールで起きたサウジ人ジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏の殺害事件である。ワシントンポストなど主要米国メディアは「米中央情報局(CIA)はムハンマド皇太子が殺害を指令したと結論付けた」と報じた。しかし、トランプ大統領は「彼はサウジの指導者であり、サウジは我々にとってよい同盟者だ」と、支援する姿勢を語った。イスラエル有力紙ハアレツの外交問題記者は「『事件は恐るべきだが、サウジアラビアはより重要だ』としてサウジ皇太子の重要性をトランプ大統領に働きかけたネタニヤフ首相である」を書いている。

 トランプ大統領は不問に付したカショギ事件を、バイデン次期大統領が持ち出す可能性はある。ムハンマド皇太子にとって最悪のシナリオは、バイデン大統領との関係が悪化することが、85歳の高齢のサルマン国王の後継者問題で、自分が何らかの不利益を被ることであろう。米国務長官の立ち会いのもとで、ネタニヤフ首相を迎えて会談したことを世界の欧米メディアに出して、自身の存在感を示すことで、バイデン次期大統領へのメッセージとしたと考えられる。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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