河野外相が「合意なき離脱」回避求め、英国のハーメルンの笛吹き男ジョンソン氏を戒める
「合意なき離脱だけは絶対に避けて」
[ロンドン発]大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議を前に、河野太郎外相は27日、英BBC放送のラジオ番組トゥデイのインタビューに対して「いくつかの日系企業が他の欧州に事業を移し始めている」と述べ、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」を回避するよう強く求めました。
英国では現在、与党・保守党の党首選が行われており、当選が確実視されているボリス・ジョンソン前外相が「合意のあるなしにかかわらず期限の10月31日には必ず離脱する」と宣言していることから「合意なき離脱」の可能性がこれまで以上に膨らんでいます。
河野氏は流暢な英語で「英国では日系の自動車メーカーが操業しており、部品のいくつかは欧州大陸から来ている。在庫は2~3時間分しかない。合意なき離脱になれば物理的な通関業務が発生し、これまで通りスムーズな操業ができなくなる。多くの日系企業は法的に、物理的に何が起きるのか心配している」と警鐘を鳴らしました。
河野氏は党首選を争っているジョンソン氏と対抗馬のジェレミー・ハント外相の2人に「合意なき離脱だけは絶対に避けてほしい」と訴えているそうです。ほんの少し前まで英国は日本の議会制民主主義のお手本でしたが、河野氏のインタビューを見ていると日本の方が随分しっかりしてきたなと感心しました。
同じ外相と言っても大違いです。公私ともにナンセンス垂れ流しのジョンソン氏に比べて、河野氏も安倍晋三首相も一分の隙もない英国流の「ノーナンセンス(無意味なことを許さない現実主義)」に徹しています。
急落する英国への海外直接投資
英国際貿易省によると、英国への海外直接投資(FDI)新規案件は昨年度、14%も減少して過去6年で最低の1782件。投資によって新しく生み出された雇用も24%減りました。2017年度の新規雇用は7万5968件だったのに昨年度は7年間で最低の5万7625件まで落ち込みました。
上のグラフを見れば分かるように2016年の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を選択してから英国への海外直接投資は急落しており、それに合わせて新規雇用の創出も激減しています。EU離脱の先行きが全く見通せず、投資を見合わせざるを得ないからです。
これまで
(1)英語が通じる
(2)世界標準時を採用している
(3)世界一の金融センターを有している
(4)通貨ポンドが安定している
(5)世界トップクラスの大学を卒業した優秀な人材を採用しやすい
(6)EUだけでなく米国や中東、アフリカへのアクセスがしやすい
(7)労働時間や解雇が他のEU加盟国に比べると柔軟
(8)ビジネス環境が整っている――
ことから英国には投資が集まってきました。
しかしEU離脱交渉が暗礁に乗り上げたため、不確実性が増して英国への海外直接投資が落ち込み、ソフトウェアとコンピューターサービス、採掘産業を除いて大半のセクターで投資による新規雇用は軒並み落ち込んでいます。ポンドの為替相場は2015年6月の1ポンド=195円から136円まで急落しています。
崩壊し始めた英国の自動車産業
英国の自動車生産台数はこの1年間で137万台まで落ち込んでいます。その約半分を日産自動車、トヨタ自動車、ホンダが占めています。しかしホンダは英国工場の閉鎖を決め、日産もスポーツ多目的車(SUV)エクストレイルの次期モデルの生産計画を取りやめました。
米自動車メーカー、フォードも2020年9月までに英ウェールズ・ブリジェンドにあるエンジン工場を閉鎖する方針を明らかにしています。
英国自動車製造販売者協会(SMMT)の最高経営責任者マイケル・ホーズ氏は25日、「合意なき離脱になれば英国の自動車産業は1分間に5万ポンド(約683万円)のコストが新たに発生する」「合意なき離脱は明白で現実の危険として残っている」と警告しました。
英国の自動車は財(モノ)の中で最大の輸出品で全体の14.4%を占めています。ジャスト・イン・タイムのサプライチェーンが「合意なき離脱」で寸断されると1日に7000万ポンド(約95億5900万円)の損害が発生します。
「合意なき離脱」になって世界貿易機関(WTO)ルールが適用されると乗用車だけで年に45億ポンド(約6145億円)の関税が発生し、英国で生産された自動車は価格競争力を失ってしまいます。
ハーメルンの笛吹き男を止めよ
EU離脱交渉の難航で英国自動車産業がここまで打撃を受けているのに「合意なき離脱」を主導する「政界のピエロ」ジョンソン氏は全く耳を貸そうとしません。ポピュリズムに徹して自分が英国の首相になりさえすれば良いのです。
英ドラッグストアチェーンのブーツは2021年までに英国で最大200の不採算店を閉めることを検討しています。コーヒーチェーンのスターバックスは昨年、英国で1720万ポンドを失い、不採算店を閉めています。
にもかかわらず、とにかくEUから離脱さえすれば英国経済は見違えるように良くなると離脱派の英国人は信じ込んでいるのです。得体の知れない新興宗教に取り憑かれたように高齢者や失業者、低所得者からトレーダー、投資家、知識層、一部の外交官まで離脱を唱えています。
離脱するなら英下院で3回も否決されたテリーザ・メイ英首相とEUの離脱協定書をのまなければいけないのに、それが気に入らないから「合意なき離脱」を強行するとジョンソン氏は息巻いています。
こうなるとハーメルンの笛吹き男と同じです。国民投票の結果を裏切ったことに怒った離脱派の有権者に乗っかったジョンソン氏は英国を破滅的な「合意なき離脱」に導こうとしているのです。
ハーメルンの笛吹き男を止めようと、ジョンソン氏の選挙対策事務所前では27日、EU残留派の若者グループ「私たちの未来 私たちの選択」がオモチャのアヒル2000匹をばらまいて「私たちから逃げるな」と訴えました。英語では同じ「duck」の「アヒル」と「逃げる」をかけた皮肉です。
保守党支持者の残留キャンペーナー、エド・シャックル氏(24)は筆者の取材に「ジョンソン氏もハント氏も、2人ともできもしないEU離脱ファンタジーをまき散らしています。非常に残念。『合意なき離脱』は下院でストップされるでしょう。その時はもう一度、国民に離脱の是非を問うべきです」と語気を強めました。
シャックル氏によると、保守党を中から変えようと若者たちが入党し、党員数は昨年8月の12万4000人から18万0000人に増えているそうです。「合意なき離脱」を主張しているのは、最初の離脱期限の3月29日に離脱できなかったことに怒っている白い高齢者が中心です。未来を担う若者たちに白い高齢者の怒りに乗っかるジョンソン氏を止めることができるのでしょうか。
(おわり)