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マクロン大統領も対中ダブルスタンダード

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席のフランス訪問(写真:ロイター/アフロ)

 習近平国家主席と会う前には「欧州が中国に能天気でいる時代は終わった」と豪語していたマクロン大統領だったが、首脳会談で「中国製造2025」への協力を切り出しただけでなく、中国との巨大経済協力に合意した。

◆マクロン大統領「欧州が中国に脳天気でいられるときは終わった」

 習近平国家主席がローマに着いた日に合わせるかのように、その翌日の3月22日、EU(欧州連合)の首脳は中国に対して「生ぬるい対応は警戒すべきだ」という趣旨の見解を発表した。4月9日から開催されるEU・中国サミットでの協議内容を準備したものとされるが、それ以上に習近平訪中を控えたフランスのマクロン大統領が対中姿勢を固めたかったため、このような日程を選んだのだろう。

 その証拠に、マクロン大統領はEU首脳会談のあとに記者会見を開き、「欧州が中国に脳天気でいられる時代は終わった」と宣誓するかのように毅然と表明したのだ。

 この言葉を聞いた人の多くは、その直後に開催される中仏首脳会談に期待しただろう。筆者もその一人だ。どれだけ対中強硬的な勇ましい言葉を習近平国家主席に直接言ってくれるのだろうかと、実に楽しみに待っていた。

◆中仏首脳会談で中国を絶賛したマクロン大統領

 ところがその期待はみごとに外れてしまった。なんとマクロン大統領は習近平国家主席を目の前にして、中国との友好を讃え、惜しみない協力を申し出て、巨額の経済協定にも調印したのである。

 中国の中央テレビ局CCTVは巨大特集番組を組んで 、習近平の欧州歴訪を1時間ごとに報道しまくった。ほぼ同じ内容でも、ずっとCCTVに喰らいついて分析を試みた。先ずは習近平国家主席とマクロン大統領の会話の主要点を取り上げてみよう。

 

習近平国家主席:

 ●中仏は国交樹立55周年、留学生派遣100周年を迎える(これに関しては次項の「1」&「2」で説明する)。

 ●中仏はウィン-ウィンの関係にあり、お互いの利益を尊重し、国連における協力を強化し、G20を重んじ、多国間主義を貫いて保護主義を受け入れず、気候変動などパリ協定を重んじる。

 ●中仏両国は、原子力・航空宇宙・農業・金融・高齢者問題などで協力する。

 ●(マクロン)大統領は何度も「一帯一路」では中国と協力したいと言っているが、是非とも「第三国における協力モデル」を進めたい(これに関しては次項の「3」で説明する)。

 ●中国は欧州との対話を優先的に強化していきたい。

マクロン大統領:

 ●今年は仏中国交樹立55周年で、仏中はこれまで大きな成果を上げてきた。

 ●仏中の戦略パートナーシップを基軸として、今後も協力を強化したい。

 ●中国はフランスにとって信頼できるパートナーで、フランスはそのことに自信を持っている。

 ●フランスは中国とともに多国間主義を貫き、保護主義を受け入れず、気候変動などにおいても協力していく。

 ●仏中は、航空宇宙・原子力・金融・農業・高齢者問題などで協力する。

 ●フランスの「未来工業計画」と中国の「中国製造2025」をマッチングさせながら協力を進めていく。

 ●中国の「一帯一路」イニシアチブともマッチングさせた発展を考えている。

 ●EUの連携性と「一帯一路」を結び付けたい。

 ●特に習近平国家主席が推進している「一帯一路の第三国モデル」を進めるべく、このあと協力文書にサインしたい(次項「3」で説明する)。

 マクロン大統領の発言に習近平国家主席は満足げな笑みを浮かべながら、一つ一つうなずいた。

◆中仏首脳発言の分析

 おおむね以上のような発言が注目されるが、その中で、いくつかの発言に関して以下に説明を加えたい。

1.中仏は1964年に国交を結んでいる。ヨーロッパの先進諸国ではフランスが最も早い。イギリスは1950年に代理大使を北京に派遣はしたものの、正式の国交樹立は1972年3月13日。ドイツは同年10月11日で、いずれもキッシンジャーの忍者外交による北京入り(1971年7月9日)があった後だ。イタリアだけはそれより少し早い1970年11月に中国と国交を結んでいる。ちなみに中国は1972年10月25日に国連に加盟している。

 フランスだけが早かったのは、中国の原爆実験成功と深く関係している。毛沢東は朝鮮戦争の時にアメリカから中国に原爆を落とす可能性を示唆されて以来、どんなことがあっても原爆を持とうとした。そこでフランス・パリにあるキューリー研究所に留学していた銭三強博士に帰国を命じ、原爆実験に着手させた。このとき多くの中国人研究者がキューリー研究所から戻っているが、2回もノーベル物理学賞を受賞したマリー・キューリーの娘であるイレーヌ・ジョリオ・キュリーは毛沢東にエクサイティングな言葉をプレゼントしている。すなわち「もし原爆に反対するのなら、自分自身の原爆を持ちなさい」という名言だ。そして彼女は「中国が原爆実験に成功したら、そのときフランスは中国と国交を結ぶでしょう」と約束した。それくらいキューリー研究所はフランス国家に力を持っていたということにもなろう。

 こうして、中国が原爆実験に成功した1964年にフランスは中国と国交を樹立した(この詳細は『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』のp.126~p.133に書いた)。

 したがってフランスは中国のハイテク産業発展に関して否定的でなく、マクロン大統領自らが、「中国製造2025」イニシアチブと積極的に発言している。何とかして「中国製造2025」を阻止したいトランプ大統領とは鮮明なるコントラストを呈している。

2.五四運動があった1919年前後に、働きながらフランスに留学する「勤工倹学」というプログラムが始まっている。周恩来もトウ小平も若い頃に、この「勤工倹学」制度を利用してフランスに留学した経験を持つ。その黎明期に奔走した毛沢東は、学歴が足りなかったが故にフランス留学の夢を捨てることになった。友人のために奔走しながら自らは諦めて故郷の湖南省に戻ったなどしたこともあり、毛沢東が知識人を嫌い迫害した原因の一つにもなっている。習近平国家主席がマクロン大統領に言った「留学生派遣100周年記念」とは、この「勤工倹学」制度100周年記念を指す。

 ちなみに「勤工倹学運動100周年記念式典」が今年3月23日にパリで催され、ジャン=ピエール・ラファラン元首相も主席した。3月29日には北京で、欧米(中国語で米は美)同学会が「勤工倹学運動100周年記念座談会」を開催している。

 なお、毛沢東と「勤工倹学」との闘いに関しては、『毛沢東 日本軍と共謀した男』で詳述した。

3.「一帯一路の第三国協力モデル」とは、3月11日付のコラム<全人代「日本の一帯一路協力」で欧州への5G 効果も狙う>で述べたように、中国が「一帯一路協力の日本モデル」と位置付けた「第三国での協力」を指す。中国では「一帯一路に関する第三国での協力」は「日本モデル」として定着し、ヨーロッパ先進国へと広げていくつもりだと、全人代会期中における中国政府関係者による説明などで大々的に宣伝されていた。イタリアへの勧誘およびフランスへの勧誘に関して、実行されたということだ。

◆中仏巨大経済協力と米・欧のバランスを操る習近平

 3月25日、中仏間に巨大な経済協力が締結された。

 まず、フランスを中心とするEU4ヵ国が運営するエアバスのA320機などを合計300機中国が購入することが決定された。それ以外にもエネルギー分野や造船分野などでフランス単独で中国と約5兆円に上る経済協力が調印された。

 ほぼ同時進行で、中国の中央テレビ局CCTVは「米ボーイングの737MAXに関して、中国の航空管理当局が飛行に必要な耐空証明(技術的に安全に飛行できるという証明書)の申請を受け付けるのを一時停止した」というニュース速報を流した。その情報はネットにも溢れて、「エアバス300機購入」と「ボーイング航空機飛行停止」の文字が交差する形でシンボリックな対照を成していた。

 アメリカの飛行機があまりに頻繁に墜落事故を起こすため、使用禁止になると同時に、EUのエアバスを大量購入する。これほど米中と欧中との関係を鮮明に映し出した現象も珍しいと言わねばなるまい。

 ボーイングとエアバスは最大市場中国で激しく競争しており、2017年11月のトランプ大統領訪中時には習近平国家主席は28兆円に上る巨額商談とボーイングから300機の航空機を購入する大盤振る舞いをしたものだ。しかしこの度の「エアバス300機購入」と 「ボーイング航空機飛行停止」は、まさに中国がアメリカより欧州を選んだ瞬間であったことを印象付けた。

 まるでそれを象徴するかのように、26日にパリで開催されたEU首脳会談は、次世代移動通信システム規格5Gに関して、「EUが一律に一つの特定の企業(=Huawei)の製品を排除することはせず、その選択はEU加盟国が各自決定する」と結論付けた。

 安倍首相は3月25日の参院予算委員会で、「一帯一路の第三国での協力」に関し、対象国への適正融資など4条件を満たすことが条件であり、「全面的に賛成ではない」と今ごろになって国内向けには言っているが、昨年10月26日に習近平国家主席に対しては「(一帯一路への)協力を強化します」と述べて習近平を喜ばせている。だからこそ、全人代期間における「日本モデル推奨」発言があったわけだ。ダブルスタンダードと言わねばなるまい。

 もっともダブルスタンダードは日本のお家芸というわけでもなく、あの若きマクロン大統領もうまく使い分けているようだ。

 3月27日、EU加盟国であるルクセンブルクもまた「一帯一路」に関する協力の覚書に調印した。

 本日、新元号が発表されるが、平成時代の1992年に天皇訪中が中国の爆発的な経済発展に貢献した役割以上に、安倍首相のインド太平洋戦略から「一帯一路」協力表明への切り替えは、中国の更なる発展の後押しをする役割を果たしていることに気が付いてほしいものである。(なお、1992年の外交敗北に関しては今年1月24日付のコラム<日ロ交渉:日本の対ロ対中外交敗北(1992)はもう取り返せない>、特にそこに貼り付けてあるグラフの赤線をご参照いただきたい。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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