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日ロ交渉:日本の対ロ対中外交敗北(1992)はもう取り返せない

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
安倍首相とプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ソ連が崩壊した直後の1992年に、北方領土問題を解決する絶好のチャンスがあったが、日本はそれを逃しただけでなく、同年、中国にエールを送って日本経済崩壊の道を選んだ。その失策から日本は這い上がれるのか。

◆ソ連崩壊時のチャンスを逃してしまった日本

 中国共産党が派遣した中共工作員に籠絡されて、アメリカのルーズベルト大統領は盛んにソ連のスターリンに太平洋戦争(対日戦)への参戦を促し、結果、ソ連は日本敗戦の数日前になって参戦して北方4島を占拠した。

 1945年8月9日、日ソ不可侵条約を破って、ソ連が「満州国」への攻撃を始めると、「満州国新京特別市」にあった関東軍司令部からは黒煙が立ち昇った。関東軍が日本人居留民を遺棄して、自らの安全のみを重んじて南へ逃げてしまったからだ。

 あの黒煙を目の前で見てから70数年の月日が流れたが、アメリカの愚かさやソ連の狡猾さもさることながら、日本外交の稚拙さは今も変わらない。

 1991年12月25日にソ連が崩壊すると、中国は直ちに中央アジア5カ国を目まぐるしく回り、92年1月7日までに「ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギス、トルクメニスタン」を訪問して、その日の内に国交を結び、署名をして公布した。1月30日までには旧ソ連が崩壊した後に独立あるいは誕生した全ての国との国交を結び終えた。

 これが現在の習近平政権による「一帯一路」経済圏構想の基礎を成している。

 片や日本はどうだったのか。

 経済的にどん底にあったロシアのエリツィン大統領は経済的支援を得ようと日本に急接近し、そのためなら北方4島を日本に返還しても構わないほどの勢いだった。ロシア国民も長きにわたるソ連共産党の一党独裁政治に激しい嫌悪感を抱き、明日のパンの保証もない飢餓状態にあったので、北方4島などに関心を持っていなかった。そもそもあれはスターリンの独裁による旧ソ連が行なった蛮行だ。あの忌まわしい共産主義体制が崩壊した今、北方4島を占領した「ソ連という国家」が焼失したのだから、この時点でご破算になっても構わないという「ロシア国民」の感情もあった。

 事実、それに後押しされて、エリツィン政権は日本に4島返還を交換条件に日本の対ロ支援を求めている(参照:本田良一著『証言 北方領土交渉』)。ところが日本はその要求を無視し、選挙制度改革方案などに明け暮れ、自分が当選できるか否かということにしか関心がなかった。

 1945年8月、4歳のころに、まだ「新京」と呼ばれていた現在の長春で目撃した関東軍司令部のあの黒煙と何が変わろうか。あのとき関東軍はソ連の参戦などあり得ないし、あったとしてもまだだいぶ先のことだと高を括っていたのである。

 同様にエリツィンが日本に対ロ支援を懇願しているのに、「まだまだ機会がある」と、日本は疲弊しきっていたロシアを侮っていた。

 昨年12月24日付けのコラム「日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?」にも書いたように80年代の日本経済の勢いは凄かった。GDPでは世界第2位にのし上がり、半導体などの技術力においてもアメリカを凌いで世界一を誇っていた。それが気に入らないアメリカが日本の技術力を潰そうと1986年に「日米半導体協定」を結ばせて日本を叩いたが、それでもへこたれなかったので、アメリカは1991年8月に第二次「日米半導体協定」を日本に強要したほどだ。その5年後には日本の半導体はさすがに力尽きて沈没し日本経済はいきなり衰退していくのだが、92年の時点でさえ、日本政府にはまだその自覚がなかった。

 エリツィン政権の懇願を無視しただけでなく、なんと、中国にエールを送り始めたのである。

◆1992年の天皇訪中がもたらした悲劇

 昨年10月16日付のコラム「日本は中国との闘い方を知らない」に書いたように、1989年6月4日の天安門事件で西側諸国による経済封鎖を受けていたが、それを真っ先に破ったのは日本だ。

 当時の宇野首相は経済界のニーズに押されて「中国を孤立させるべきではない」と主張し、1991年には海部首相が円借款を再開し、西側諸国から背信行為として非難された。さらに1992年10月には天皇訪中まで実現させてしまう。すると中国の目論み通り、アメリカも直ちに対中経済封鎖を解除して、西側諸国はわれ先にと中国への投資を競うようになるのである。

 以下に示すのは2016年に中国の中央行政省庁の一つである商務部が発表した資料である。

 1984年以降に中国が獲得した(中国語で吸収した)外資の年平均増加率と投資規模が示してある。

画像

 このグラフの1992年~93の赤色のカーブを見てほしい。

 外資の対中投資増加率が急増しているのが歴然としている。日本が天皇訪中を断行して低迷した中国経済に弾みをつけ、アメリカをはじめとした西側諸国が先を争って対中投資に雪崩れ込んでいった証拠が、このグラフに表れている。

 日本は、このグラフを目に焼き付けてほしい。

 こうして世界第2位の経済大国だった日本は凋落の一途を辿り、今や見る影もない。

 安倍首相は習近平国家主席に「一帯一路に協力するから、どうか私を国賓として中国に招いて欲しい」と懇願し、そして「どうか私のメンツを立てて、習近平国家主席殿下には訪日していただきたい」とひれ伏して頼んでいる。

 これがどれほど日本の国益を損ねるかは『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるか』で詳述した。

◆最悪のタイミングでのロシアとの北方領土問題交渉

 日本経済が力を失い、ロシア経済もソ連崩壊以降それなりの回復を遂げ、ロシア国民の「領土」に対するナショナリズムは現在のロシア誕生以降、最高潮に達している。アメリカから経済制裁を受けて困窮しているとはいえ、プーチンと習近平は蜜月を演じており、ソ連時代のような中ソ対立の要素は消滅している。そして何よりも2010年以降は中国が世界第2位の経済大国となってしまい、日本の発言力など見る影もない。

 プーチンは、それでも日本の経済支援が欲しいだけで、領土問題など、ロシアの国民感情を考えればゼロ歩も進まないだろう。

 現にプーチンはあたかも領土問題を解決しそうな素振りだけをして安倍首相の要望に応えて首脳会談だけは重ねながら、1月23日(昨日)の日ロ共同記者発表では、領土に関しては一言も触れなかった。

 プーチンの背後には習近平がいる。

 昨年11月12日、プーチンは中国の企業代表団を北方4島に招聘して、大きな商談を進めている。安倍首相に対する当てつけで、「安倍に領土問題を諦めさせて、経済協力に誘い込むためだ」と中国のメディアは高笑い。

 なぜなら、中国は「一帯一路」経済構想を北極圏にまで延ばそうとしており、そのために北海道の土地を買いまくっている。日本の北方領土に対して、日本が権利を主張するようなことがあってはならないと、陰でプーチンを操ってもいる。

 中国の経済支援をしっかり取り付けておきたいプーチンは、安倍首相とは経済協力はしても、決して領土問題解決の方向には動かないであろうことは明確だ。

 クリミア問題で欧米諸国による経済制裁を受けているからプーチンは日本に秋波を送り、習近平もまた米中対立で半導体のアメリカからの輸入が規制されているので日本に秋波を送るというファクターは否めない。しかし、そのようなことばかりに目を向けて「日本は前進した!」という存在しない希望的観測を日本国民に広げていくのは適切だとは思えない。

 これまでの日本外交の敗北を直視し、それをどう生かすのか。至難の業だ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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