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『ユニコーン・ウォーズ』 あの『バンビ』好きだった巨匠が観たらどんな顔するだろう?(作品紹介)

前田久アニメライター

海外の尖ったアニメ作品が、映画祭などの限られた場ではなく、通常の興行形態で日本に紹介される機会が増えている印象だ。直近の例でも、フレンチ・コメディの『リンダはチキンが食べたい』があったし、その前にはチリ発のかなりアーティスティックな作品である『オオカミの家』があった。

『オオカミの家』は2023年8月の公開当初の上映館数はわずか3館だったが、口コミ人気で連日満席状態が続き、最終的には全国約70館にまで公開規模が拡大。興行収入は7500万円を越えたそうだ。日本の映画興行において異例のスマッシュヒットで、識者によれば、どうやら制作されたチリを含め、こんなに多くの観客を集めた国は他にないようである(U-NEXTの『オオカミの家』有料配信に付属したミニ解説番組におけるラテンアメリカ映画研究者・新谷和輝氏の発言による)。

日本のアニメファンは懐が深い……といえるかどうかは定かではないが(『オオカミの家』は『ミッドサマー』のアリ・アスター監督の推薦コメントで、普段アニメにそこまで強い関心のない映画ファンにもリーチした側面があるので)、特殊な海外アニメに追い風が吹いているような気はしなくもない。していてほしい。そんな状況がある中で、また注目を集めそうな作品が劇場公開されている。

アルベルト・バスケス監督によるスペイン発のアニメ映画『ユニコーン・ウォーズ』だ。

昨年開催された「新潟国際アニメーション映画祭2023」でコンペティションに出品され、そのエキセントリックな内容で海外アニメ好きの有識者からの話題を集めていたのだが、私は映画祭には参加していたものの、残念ながら観ることが叶わず。今回、通常配給されるということで、ようやく接することができた。

我ながらいささか安易な連想だが、試写で観終えた瞬間、真っ先に思い浮かべたのは『ちいかわ』の長編エピソードだった。ファンシーな見た目のキャラクターたちが味わう、地獄めぐりのような状況(監督は『地獄の黙示録』をイメージ・リファレンスのひとつとして挙げている)。ただし、こちらの方が表現はもっと、はるかにストレート。グロい。かなりキツい。正直なところ、あまりスプラッタ耐性がないこともあって、初見ではドン引きしてしまった。

他にも、サイケデリックな映像美が展開されるパートなど、刺激はてんこ盛り。だが、ドギツさの中にも、ただの悪趣味では片付けられないような、妙に心に引っかかるものがあったので再見してみた。すると、多少刺激に慣れたからか、今度はドン引きどころか、ニヤニヤ笑いが込み上げてきてしまったのである。自分でも意外。好きか嫌いか、おもしろいかおもしろくないか。なんともすっぱりとは割り切れないところがあるのだが、なんだかクセになる。

物語の舞台となるのは、得体のしれないディストピアだ。魔法の森に住むふたつの種族、テディベアとユニコーンのあいだでは、どうやら永きに渡って戦いが繰り広げられている……らしい。今作の語り口は、昨今広く支持されるタイプのエンターテインメント作品のように親切設計にはなっていない。映像とセリフを読み解き、じっくりと頭に染み込ませる必要がある。

テディベアたちが所属する軍の訓練所では、新兵たちが厳しい特訓を受けている。教官に肉体をいじめ抜かれ、罵倒も飛び交う状況で、新兵同士の関係も自然とギスギスしている。そんな新兵の中にいる双子のテディベア、アスリンとゴルディが、錯綜する物語のひとつの軸となる(こうしたコンビで動くところも、思わず『ちいかわ』を連想してしまう理由……って、しつこいか)。

ある日、魔法の森から帰還しない部隊を捜すため、テディベアたちは捜索部隊を派遣することに。アスリンとゴルディもそこに参加するが、向かった先には恐ろしいものが待ち構えていた。危険な生物、無残な死体との接触で、肉体的、精神的にどんどん追い詰められていく捜索部隊。やがて異常な環境が、テディベアたちの最大の敵に仕立て上げたのは……。こうした事態の奇妙な通奏低音として置かれているのが、謎めいた信仰の存在だ。テディベアとユニコーンの戦いを描いた神話。中でも「最後のユニコーンの血を飲む者は、美しく永遠の存在になる」という言葉が、物語の構図をさらなる混迷へと誘う。

上記のような内容を、私なりにひとことで要約してみよう。「〈かわいい〉と〈カルト〉が世界を溶かす」。ストーリーもそうだし、ふわふわ、モコモコしたキャラクターたちのアニメートは、どこか動きながら、とろけていくような印象がある。

それはアニメという映像表現の、ある意味で本質をえぐり出しているともいえる。メタモルフォーゼの魅力。何かが変形していく様に宿る、得も言われぬ魅力をフィルムに焼き付けられるのが、アニメーションの強みのひとつ。その強みが存分に発揮されている作品だ。

ふたたび監督の言を参照すれば、『地獄の黙示録』と並ぶ今作の重要なレファレンスは、アニメーション映画の『バンビ』だったそう。アニメーションの魅力に取り憑かれた巨匠であり、『バンビ』を漫画化したこともある手塚治虫氏に、これを見せたら……想像してみると、それだけで背筋が冷える。そんないろいろな意味で不謹慎な妄想を思わずしてしまうくらい、不思議な力のある作品だ。

この味わい、食わず嫌いはとにかく、もったいない。カオスな展開の先に待つものは何か。ぜひその目で確認してみてほしい。

……お叱りは、覚悟しております。

公式サイト:https://unicornwars.jp/

5月25日(土)より先行ロードショー@シアター・イメージ・フォーラム

5月31日(金)よりTジョイPRCNCE品川ほか 全国順次公開

アニメライター

1982年生まれ。ライター。通称"前Q"。アニメーション関連のインタビュー、作品紹介、コラム等を各種媒体で手掛ける。主な寄稿先は「月刊ニュータイプ」(KADOKAWA)。作品の公式サイト、パッケージ付属ブックレット、劇場パンフレットなどの仕事も多数。著作に『オトナアニメCOLLECTIONあかほりさとる全書~“外道"が歩んだメディアミックスの25年~』(洋泉社、オトナアニメ編集部との共編著)、原稿構成を担当した本に『声優をプロデュース。』(納谷僚介著、星海社新書)がある。https://twitter.com/maeQ

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