2012年の極私的ジャズ重大ニュース解説 怒涛の連続3アップ その3
2012年のジャズ的なニュースを振り返って解説を加えるというコラムの第3弾です。
今日はその前に、この3回分で触れられなかった2012年前半のジャズ・シーンについて、1つだけピックアップしてご紹介したいものがあります。
それは、横浜の野毛というところにあった老舗のジャズ喫茶「ちぐさ」が、関係者の尽力によって場所を移して再オープンしたというニュース。
ジャズ喫茶というのは、レコードやオーディオが贅沢品で一般家庭では揃えられなかった20世紀の高度成長期に、喫茶店形式で「ジャズ・レコードを聴かせる」というサービスを提供した営業形態のことを言います。現在に置き換えれば、メイドさんを雇えない平民が「おかえりなさい、ご主人様ぁ~」と言ってもらうために秋葉原などに出向く、メイド喫茶と趣旨は同じでしょう(本当か?)。
JR横浜駅の隣の桜木町駅で降りて、すっかりトレンディ・スポットと変身したみなとみらい地区に背を向けて少し歩いたところにあるのが「野毛」と呼ばれる地域。そこで昭和8年(1933年)に開店したのが「ちぐさ」でした。横浜大空襲で消失したものの1947年に再建されてからは、戦後のジャズ・ブームを見つめながら多くのミュージシャンたちが情報を求めて集まる「ジャズの前衛基地」的な役割も果たしました。日本ジャズ界を陰で支え続けたマスターの吉田衛氏が1994年に亡くなった後は、有志が経営を引き継いでいたのですが、2007年に惜しまれながら閉店。ところが、関係者が所蔵品の保存のために記念館設立を計画していたところ、その努力が実った、というものです。再建計画中に東日本大震災が起きると、いちはやく「一日ジャズ喫茶ちぐさ」を開いてバザーを催すなど復興支援にも協力していたことから、再オープンの日も3月11日に決められたようです。ジャズで被災地にも元気を取り戻してもらうための発信拠点として、また「復活」の象徴としてエールを贈ることのできる場として、「ちぐさ」とジャズの新たな歩みが始まったことを記しておきたいと思います。
ジャズ喫茶ちぐさ⇒http://noge-chigusa.org/
では、年末にかけてのニュースを見ていきましょう。
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●【山下洋輔や佐渡裕などジャンルを超えた巨匠達がその才能を絶賛】ジャズ作曲家=挾間美帆(はざまみほ)メジャー・デビュー|リッスンジャパン 11月14日(水)19時59分配信
国立音楽大学在学中はニュータイド・オーケストラの一員として出場した山野ビッグバンドコンテストで優秀ソリスト賞を受賞したり、2008年に東京オペラシティコンサートホールで初演された山下洋輔作曲「ピアノ・コンチェルト第3番<エクスプローラー>」でオーケストレーションを担当したりと、すでにその才能の端緒をジャズ・ファンには「チラ見せ」していた挾間美帆が、マンハッタン音楽院大学院ジャズ作曲科への留学を終えて本格的にデビューすることになった。前回で取り上げた八代亜紀や大江千里は「ジャズに行き着いた」という”生き様”だが、彼女の場合は「ジャズから生まれてジャズで生きる」というスタンスなのだ。一見”潔さ”が漂っているように思うかもしれないが、名前を挙げた2人の例を引くまでもなく「ジャズで生きる」というのは半端な決心ではできない。その意味でも、ボクは個人的にこのニュースが2012年のイチオシ、だと思っているのだが……。
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●加古 隆、デビュー40周年記念コンサートを開催!|CDジャーナル 11月9日(金)16時7分配信
東京芸術大学大学院作曲研究室を修了後、フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ国立高等音楽院で作曲を学んでいた加古隆が、フリー・ジャズのピアニストとしてフランスにおいてデビューしたのが1973年。すでに芸大在学中からジャズ・プレイヤーとしても抜きん出ていたようだが、パリで現代音楽を学んでもなお、ジャズのフィールドに彼を惹きつける魅力があったことが、その進路を決めさせたきっかけだったのではないだろうか。1960年代後半から70年代にかけてのジャズ・シーンは、フリーの嵐が急速に沈静化し、圧倒的な大衆の支持を得て発展を続けるロックを前にしてどのようにアイデンティティを保てばいいのかを迷う時期にさしかかっていた。偶発性を第一に考えるインプロヴィゼーション主義、エレクトリックなサウンドを取り入れるフュージョン主義、そしてスタイルにこだわらず”ナチュラルに演奏すること”を主眼とする自然主義といった方向性に分かれていくのだが、そのなかで彼は自然主義的なアプローチをとりながら歩みを進めていく。世界からも「ピアノの画家」と賞賛されるほど美しい音色を保ち続けることは並大抵の努力ではできないことであると想像するが、その40年の蓄積を享受できる幸せを噛み締めながら彼のピアノに浸りたい。
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●「テイク・ファイブ」のD・ブルーベック氏死去、米ジャズピアニスト|ロイター 12月6日(木)8時28分配信
ジャズと言われて思い出す曲のベスト10を選べば、必ず入ると思われるのが「テイク・ファイブ」。とくに日本では、繰り返しTV-CMに使われるなど、その曲調と演奏がジャズというイメージに強く結び付いている代表選手なのだ。カヴァー曲がイメージを塗り替えることを当たり前とするジャズ界において、この曲が保ち続けるオリジナリティのイメージの強さは特異とも言える。
1959年に制作されたデイヴ・ブルーベック・クァルテットのアルバム『タイム・アウト』に収録されたものが初出で、サックスのポール・デスモンドが作曲した4分の3拍子と4分の2拍子を合わせた5拍子のリズムが特徴的だが、実は同じフレーズを延々と演奏するブルーベックのピアノが耳に残っているということに気づく人も多いだろう。彼はダリウス・ミヨーに師事していたこともあるので、いわゆるミニマル・ミュージックの先駆けと言ってもおかしくないアプローチをこの曲で披露してみたのかもしれない。
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●村上ポンタ40周年盤に八代亜紀、一青窈、ジャンクフジヤマ|ナタリー 12月19日(水)23時33分配信
日本を代表するドラマーの1人、村上“ポンタ”秀一の40周年記念アルバムのリリース記事。切れ味鋭いドラミングも彼の魅力のひとつだが、忘れてならないのが音楽的なアイデアの豊富さ。日本のコンテンポラリー・ジャズ界において彼が果たした”ピアノ・トリオ”に関する功績はまだまだ語られていない部分が多いし、ほかにもドラムの概念を破ったユニットでの活動など枚挙に暇がない。そうした活動の一端を伝えてくれるのが彼のソロ名義のアルバムで、今回の周年記念盤もその期待に違わない内容になっているというわけだ。
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由紀さおり、紅白でピンク・マルティーニと共演 米ポートランドから生中継|オリコン 12月22日(土)5時0分配信
締め括りがNHK紅白歌合戦ネタというのはややバツが悪いのだが、由紀さおりが2011年に発表したアルバム『1969』が音楽シーンに与えたインパクトは大きく、大トリに据えるだけの価値があるものだと思っている。
ピンク・マルティーニは1994年にアメリカで結成したジャズ・アンサンブル。ジャズ・オーケストラと表現しないのは、グレン・ミラー楽団やデューク・エリントン楽団とは編成が異なることによるもの。よって、彼らのレパートリーもジャズからラテン、ラウンジ・ミュージックと幅広いものになっている。
1990年代は、それまで名門と呼ばれていたような伝説的なジャズ・オーケストラさえも運営が厳しくなり、どんどん活動が縮小あるいは消滅していった時期。ミュージシャン同士が情報交流と技術研鑽を目的としてリハーサル・オーケストラと呼ばれる集まりを作り、仕事がなくても持ち出しでスタジオを借りて練習を続けていたような「冬の時代」だった。そのなかを生き抜いてきたのだから、ピンク・マルティーニはしたたかだろうということは想像に難くない。もちろん、その”したたかさ”は由紀さおりにも通じるわけなのだが……。
さてみなさんは、この1年をどんな”ジャズ”で締め括ろうと思ってますか?
ではまた来年!