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橋から飛び込むと、なぜ命を落とすのか 「たまたま一回の失敗」という落とし穴がある

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
(写真:アフロ)

 水の季節本番です。橋から川に飛び込むとスリルがありそうです。飛び込み動画も散見されます。そこには楽しそうに繰り返して飛び込む様子が映っていたりしますが、その一方で死亡事故のニュースも聞きます。なぜ橋から飛び込んで命を落とすことになったのでしょうか。

死亡事故の例

友人らと橋上から川に飛び込み遊んでいた外国人男性 3時間後川の中で発見も死亡 厚木市座間市間を流れる相模川 神奈川
7日午後4時ごろ、厚木市と座間市の間を流れる相模川で、外国人男性の行方が分からなくなった。男性は約3時間後に川の中で見つかり、死亡が確認された。当時男性は、友人らと橋の上から川に飛び込んで遊んでいたという。
FNNプライムオンライン 2024/7/8(月) 8:32配信

 この事故を扱った他の記事では「飛び込んで1人上がってこない」「橋から水面までは約18メートルほどあった」(いずれも神奈川新聞)と、より詳細な情報が公開されています。

 ほかにも痛ましい事故が発生しています。高知県の四万十川では2019年9月に大学生2人が死亡しています。橋から川に飛び込んだ女子大生が溺れ、助けようと飛び込んだ男子学生が溺れました。2人とも深い川底に沈んでいたのを発見されています。

 毎年繰り返される、川への飛び込みで命を落とす事故。これまでの調査により、一連の事故には、ある共通項がみられることがわかってきました。ひとつは友人らと飛び込んで遊んでいたこと、もうひとつは潜ったきり水面上に顔を出さなかったことです。その共通項を詳細に調べていくと、隠された落とし穴に行きつくことができました。それは「たまたま一回の失敗」が重大な事故につながったという落とし穴です。どういうことでしょうか。

友人らと飛び込んでいた

 川での水難事故では、かなり慣れている、つまり成功体験を積んでいる人がまず何かしらのチャレンジをする傾向にあります。例えば、今回の題材となっている橋からの飛び込みがそれにあたります。友人同士で遊びに来ていれば、最初に飛び込んだ人のしぐさをマネしてチャレンジする人も出てくるわけです。目の前で友人数人が川に飛び込み、そして何事もなかったように岸に泳いで戻ってくれば、それを眺めていた人の心の中に、なんとなく疑似的な成功体験が発生することになります。それで恐る恐る、自分も飛び込んでみたら「できた」となり、それがリアルな成功体験を形成していくことになります。

 そうやって何回か成功体験を積んでいったとします。ところが命を落とすことになった人には、とうとう最期の時が訪れるのです。どういう時かというと、「叫んで周囲にアピールした時」です。「いくぞ」「愛しているよ」「きもちいい」など、最初のうちは恐る恐る無言で飛び込んでいたはずなのに、慣れてくると何かしら声に出して飛び込んでしまうのです。

 そうすると何が起こるのか、こちらの記事に掲載されている動画「検証(2)」をご覧ください。

「飛び込み」に潜む危険 沈み込んだ先の“魔の時間”に何が・・・

 動画では、叫びながら高いところから水に飛び込むと、水の中で潜る深さが深くなっていることがわかります。この現象は物理で簡単に説明することができます。人間のかさ比重は空気を肺にいっぱい吸っていると0.98程度で、これなら真水に対して浮きます。一方、声を出して空気を肺から出してしまうとかさ比重が1.03程度まで増えてしまいます。これでは真水に沈むことになります。だから、声を出さなければ飛び込み後にすぐに浮き上がってくるのに、声を出したら沈む一方になるのです。

 本当に怖いのが、根拠のない成功体験なのです。友人が成功したから、自分も成功したから、「次の飛び込みも大丈夫」ではないのです。ここに隠れた落とし穴があるのです。

水面上に顔を出さなかった

 前述した検証(2)の動画では、飛び込み後に深さ3.8 mのプールの水底にまで潜り着底したから、それ以上潜ることはありません。もしこれが5 mの深さであったら、当然そこまで潜ることになるでしょう。

 飛び込んで命を落とす人は、浮き上がってきて水面上に再び顔を出すことがほぼありません。それはなぜかというと、途中で気絶していて、自力で浮上することが困難だったということです。ではなぜ気絶してしまうのでしょうか。

 それは、当然深くまで潜ったことが第一原因なのですが、要するに水面に顔を出すまで呼吸が持たなかったからです。飛び込む時に叫べば、肺の中の空気は少なくなります。その状態で水底から上がるのに例えば30秒かかってしまったら、普通の人では呼吸は持たないことでしょう。ましてや川の底の方では濁りによってどの方向に水面があるのか判別つきにくいですし、川の底より水面に向かうと、上に行くほど流れが速くなり、垂直に浮上することができなくなります。一言でいえば浮上に時間がかかるようになります。

 このようにして息こらえが持たなくなり、最期の呼吸を水中で試みればそのまま窒息し気絶することになります。空気は肺の中にほぼ残らないので自然と浮上することがなく、残念ながら川底に沈んでいるところを発見されることになるのです。

ではどうすればよいのか

 川には飛び込まないこと。泳がないこと。でもどうしても勢いで飛び込んでしまって、「しまった」という時には次の動画のようにクリオネのように羽ばたいて水面にでてください。水面に出たら背浮きになって呼吸を確保します。最低限、脱げにくい運動靴やかかとでしっかり固定できるサンダルを履いているようにします。

動画 海洋生物クリオネのようにして浮き上がり背浮きになる(筆者撮影)

 なお、救命胴衣を着装して飛び込むと高さによっては大けがにつながりかねません。救命胴衣はあくまでも緊急の時の救命具です。泳ぐために設計された工業製品ではありません。そのあたりについては、次のヤフーニュースにてお知らせしたいと思います。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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