グランアレグリアでコントレイルに挑戦する藤沢和雄が「夢は持たない」理由とは?
ルメールが「さすがフジサワ先生」と語る理由
今週末、阪神競馬場で大阪杯(GⅠ、芝2000メートル)が行われる。昨年、無敗で3冠を制したコントレイル(牡4歳、栗東・矢作芳人厩舎)が今シーズンの始動戦にこの舞台を選び、注目を浴びている。おそらく1番人気に支持されるだろうが、GⅠレースだけあってライバル陣も錚々たるメンバー。クラシック戦線でライバル視されたサリオス(牡4歳、美浦・堀宣行厩舎)の巻き返しや無敗の同期レイパパレ(牝4歳、栗東・高野友和厩舎)らも注目だが、何と言っても楽しみなのはグランアレグリア(牝5歳、美浦・藤沢和雄厩舎)だろう。
3月31日、美浦で同馬の最終追い切りに跨ったのは主戦のクリストフ・ルメール騎手。
「昨秋、勝った時と同じ感じでいつも通りの良い動きでした」
“昨秋、勝った時”とはすなわちスプリンターズSとマイルチャンピオンシップ。いずれもルメールを背にGⅠを制したわけだが、改めてその2戦については次のように述懐する。
「スプリンターズSは序盤から流れの速い1200メートル戦という事で、3~4コーナーでもまだ後方。先頭との差が随分と開いてしまったので、正直、勝つのは難しいと思いました。でも直線に向いたらビックリするくらいの脚で伸びて、最後は突き抜けました。マイルチャンピオンシップは最後の直線で外から被されて苦しい態勢になったけど、1番人気でマークされる立場だったのであれくらい厳しい競馬になる事は覚悟していました。だから慌てず、外へ出したらまた素晴らしい脚を使ってくれました」
高いポテンシャルが表出したといえる競馬ぶり。今回も状態が良いとなれば、心配材料は初めてとなる2000メートルという点だけか? このあたりを問うと「そこは全く心配ない」と言い、更に続けた。
「それよりも馬場が悪くなったらちょっとだけ心配です。持ち味はスピードと切れ味ですのでそれを殺される馬場にはなってほしくないです」
つまり2000メートルでも折り合いには心配がないという事か?と改めて聞くと次のように答えた。
「はい。調教では緩い流れでもちゃんと我慢して走っていました。若い時は一所懸命に走り過ぎる面があったけど、今はそんなところが全くありません。さすがフジサワ先生です」
無理をさせずに成長を促す
そう言われた藤沢は「とくに変わった調教はしていない」と言うが、この中間は距離を意識したのか、あえて後方で控えさせて走らせるなど工夫を凝らしている。それでも「失敗は自分の責任、成功は馬のお陰」と言わんばかりに伯楽は言う。
「年齢を重ねて馬が精神的に成長してくれました。それで若い頃と違い、ゆったりと走れるようになってきました」
成長に関しては可視化出来る数字面にも表れている。デビュー当初は450キロ台だった体が昨秋の2戦はいずれも500キロ以上になっていたのだ。
「3歳時は飼い食いが細くなる事もありました。それで担当者が放牧先まで様子を見に行って牧場のスタッフと相談するなど努力をしていました。そんな成果もあったのでしょう」
ちなみに3歳時にグランアレグリアが走ったのは優勝した桜花賞(GⅠ)と阪神カップ(GⅡ)、それに降着となったNHKマイルC(GⅠ)の3戦のみ。伯楽が無理をさせなかった事も、アーモンドアイに完勝するまでに成長した要因だろう。
20年以上前の想いと夢を持たない理由
ちなみに藤沢の初期の代表馬であるシンコウラブリイやタイキシャトルは2000メートル戦に挑戦する事なく一貫して短距離路線を突き進んだ。しかし、それは当時の状況に翻弄された一面もあり、必ずしも伯楽の意思によるものだけではなかった事が次の言葉から、分かる。
「あれだけの馬だから2000メートルを使いたい意思はありました。ただ、当時、大阪杯はGⅠではなかったし、秋の天皇賞も外国産の馬には開放されていなかった。シンコウラブリイやタイキシャトルくらいのスーパーホースなら2000メートルでどのくらいの競馬が出来たのか、今でも走らせてあげたかったという気持ちはありますよ」
時は流れルールは変わった。来年の2月一杯で定年を迎える1500勝調教師にとって、ラスト1年を切った今、20年以上前の夢の続きがかなうのか?と、記して、昔、藤沢に言われた言葉を思い出した。
「夢は何ですか?」
そう尋ねた私に若き日の藤沢は言った。
「夢なんて持っていませんよ」
思わぬ返答に困惑した当方の顔を見て、師は更に続けた。
「夢は寝ぼけて見るものでしょう。だから夢は持たない。持つなら明確な目標だけだよ」
20年来の目標が今週末、かなうのか? 注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)