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知床観光船の船体捜索に使われるソナーとは

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
ソナーによる船体捜索のイメージ図(筆者作成)

 知床半島カシュニの滝付近から救助要請を出した観光船の船体捜索が続いています。現場海域付近に沈んでいると思われる船体を発見するのに使われるソナーとはどのような装置でしょうか。

現時点での捜索状況 

 北海道の知床半島沖で観光船が行方不明になった事故で、捜索に関わった複数の関係者が、ソナーに反応した何かについては「確認が行われたが、船ではなかった。岩だった」と明らかにした。ANNニュース 4/26(火) 19:14配信

 知床半島カシュニの滝付近から救助要請を出した観光船の船体捜索が続いています。未だ発見されていない該船の船内には、発見に至っていない乗客・乗員が取り残されている可能性が高いとみられています。

 現在の時間軸では、該船が沈んでいることと、その位置を確定させることが重要な課題です。23日の事故当日には日没までの空からの捜索で、少なくとも船体はおろか油を含む浮遊物すらも発見されませんでした。時間がそれほど経ってなければ、船首や船尾が海面に出ているのが海難事故でよくみられるシーンですが、遭難場所が海岸に近く、捜索範囲が十分に狭いと思われる時間帯で船体が発見されなかったのは、関係者に強い衝撃を与えたと拝察します。

 24日にはご遺体や救命浮環などの漂流物が次々と発見されて揚収。船体の沈没とともに海面に浮かびあがる救命浮器が陸にうちあげられていたことから、24日の日没をもって該船の沈没を事実上認めざるを得なくなりました。

 25日からは現場周辺海域での船体捜索が本格化しました。船体捜索にはまず海上や上空からの目視確認が行われます。透明度の高い海なので水深10 mや20 m程度なら白い船体がなんらかの形で見えることでしょう。ところがそれ以上の深さになってくると目視での確認は難しくなります。

ソナーとは

 深い海底に沈んでいる船体を確認するなら、ソナーを使います。ソナーとは水中音波探知機のことで、魚群探知機と言えばどこかでその言葉を耳にしたことがあるかもしれません。

 原理は音を物体に向かってあてて、反射してくる時間を測って、物体までの距離を測ります。図1をご覧ください。

図1 ソナーの原理(筆者作成)
図1 ソナーの原理(筆者作成)

 右の太鼓から音が発射されました。その音は進行して、人と壁に到達します。そして、それぞれから反射した音は太鼓をたたく人の所に戻ってきます。

 壁までの距離が人までの距離の2倍あれば、太鼓をたたく人の所に人から反射した音が戻ってくるのに、半分の時間で済むわけです。つまり、音が戻ってくるまでの時間を測れば、「壁の前に何か(人)がある」とわかるわけです。これがソナーの原理です。

海で使うソナー

 図2をご覧ください。海にて魚群探知機としてよく使用されているソナーの概要を示しています。

図2 海でソナーを使う時の原理(筆者作成)
図2 海でソナーを使う時の原理(筆者作成)

 海で使用するソナーの音は、超音波です。人間の耳には聞こえないほどの高い音になります。図2に記載されている50 kHz(キロヘルツ)と200 kHzはそれぞれ超音波の周波数です。数字が大きくなるほどかん高い音という意味です。

 超音波は水中では秒速約1500 mで進みます。つまり、海底まで75 mあれば往復で150 m。この距離であれば超音波は約0.1秒で海底から戻ってきます。だから75 mの深さの海底に高さ10 mの物体があればその分早く超音波が戻ってきますので、それで「物体がある」とわかるわけです。

何が捜索を難航させているか

 ソナーで、何か物体が存在することはわかるのですが、その物体の形があまりよくわかりません。つまり船体か岩かそんなに簡単には区別がつきません。

 例えば超音波の周波数50 kHzなら、数百mの水深にある物体が検知できます。でも深いほど超音波は横に広がってしまい、超音波の広がりより船の大きさが小さくなると、「何かある」ことすらわからなくなります。例えば水深200 mで広がりはおよそ200 mです。こうなると200 mの深さに船体と同じような大きさの岩があっても、それが岩か船かという区別はなかなかできなくなります。

 超音波の広がりを抑えるためには、超音波の周波数を高くします。例えば図2では200 kHzの超音波の指向性を示しています。これくらい細くなれば、船体の形がわかるようになり、岩との区別が容易になります。ところがデメリットは超音波の到達する距離が短くなることです。探査できる深さはおおよそ100 m強です。水深100 mで広がりはおよそ60 mです。

 では現場の海域の海底構造はどうなっているでしょうか。図3(筆者都合により削除しました)は該船が消息を絶った現場から少し離れた海岸付近の海底地形の様子を示しています。

 海図内の数字は水深をmで示しています。例えばアウンモイ川と薄く記載されている箇所があります。そのあたりでは黄色線(水深10 m)までは陸地からおよそ100 mあります。それより沖に向かうと陸地から300 mほどで水深が30 mまで深くなります。さらに沖で水深が急激に深くなり、すり鉢状になって最深部が160 mとなります。このすり鉢状の地形の開口部は水深が80 mほどのところで直径およそ200 mです。

 水深が30 m程度までは海底地形の起伏はそれほど大きくなく、もし船体が沈んでいれば200 kHzのソナーでその存在がわかるはずです。

すり鉢状の地形で船体を探す難しさ

 広大な田んぼで大きな声を出してもその声は大空に吸い込まれていきます。その一方でトンネル内で大きな声を出すと多くの反響が自分の耳に聞こえます。

 超音波でも同じことが言えます。すり鉢状の構造に向かってソナーが超音波を発すれば、すり鉢の壁を複雑に反射して、それがソナーに帰ってきます。つまり、多くの反響が雑音となり、それが目的とする船体からの反射音を隠してしまいかねません。

 そうなると、より高性能なソナー、すなわち周波数が高くて指向性が強く、そして大きな音つまり出力の高い製品を使い、例えばすり鉢の一個ずつを時間をかけてみていくという作業が必要になってきます。

さいごに

 筆者は当初は23日中に船体が見つかるだろうと思っていました。海岸から300 mくらいまでの海底はそれほど深くなくて、まさかここまで船体の捜索に時間がかかるとは想像していませんでした。捜索現場の苦悩が伝わってくるように感じます。

 水中で超音波を出す素材は、強誘電体と呼ばれる酸化物セラミックスです。例えば50 kHzの周波数をもつ交流電圧を強誘電体にかければ、強誘電体が50 kHzでぶるぶると振動します。その振動を水に伝えることで、水中で超音波を発生させることができます。こういったセラミックス素材は筆者の研究対象でもあります。

注:水中音波探知機は業界によって「ソナー」「ソーナー」と名称が異なります。本稿では報道に合わせて「ソナー」を採用しています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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