アップル、とんだとばっちりでカリフォルニア工科大との特許権侵害訴訟に敗れ900億円の賠償金
「アップルとブロードコムに計1200億円の賠償命令-米特許侵害訴訟」というニュースがありました。名門校カリフォルニア工科大学(CalTech)を原告とするWi-Fi関連技術の特許権侵害訴訟において、アップルが8億ドル強、ブロードコムが3億ドル弱の賠償金を支払えとの陪審評決が下されたということです。
IT関連の知財の巨額賠償金というと、アップルvsサムスンのケースが思い出されますが、あの賠償金の大部分は”patent”とはいっても”design patent”(日本でいう意匠権)に関するものでした。米国特許意匠法には、意匠権の侵害による損害賠償は(寄与率を考慮せず)製品全体の価格とするという規定があったので、それにより賠償金額が膨らんだものです(なお、たとえば、椅子のような製品で損害額=商品の値段とするのはいいとして、同じ考え方を電子製品に適用してよいかと言う問題があります。これについては、最高裁で争っていたのですがまた別途)。
ということで、今回のケースは情報通信技術の分野における特許(utility patent)の損害賠償額としては相当大きいと言えます(もちろん、一審なのでこれからどうなるかわかりませんが)。
今回関連する特許の番号は、7,116,710、7,421,032、7,916,781、8,284,833です。いずれも、実効出願日は2000年前後です。何回か書いていますが、この時期に出願された特許は、現在では当たり前になっているアイデアがしれっと特許化されていることが多いので注意が必要です。
なお、CalTechは、これらの特許で2015年にヒューズ・コミュニケーションとディッシュ・ネットワークを訴え(その後に和解)、2016年にブロードコムとアップルを訴えています。アップルは単にブロードコムのチップを使用していただけなのに突然に被告になってしまいました。ブロードコムのチップが正当な特許ライセンスの下に製造・販売されたものであれば、アップルには特許に関して何の義務も生じません。特許権はブロードコムにライセンスされたことで役目を終えて消えているとされるからです(消尽論(doctrine of exhaustion))。しかし、今回は、まさにブロードコムが正当な特許ライセンスを受けていないことが問題にされているので、同じ技術の使用者であるアップルも理論的には訴えることができるわけです(知らなかったと言っても特許権侵害は免責になりませんし、今回アップルの無過失の主張は通らなかったようです)。当然、他にもブロードコムの同チップを使っているメーカーはあるのかもしれませんが、アップルが最も大きな売上を上げている(=原告は多額の賠償金が取れる)ことから被告として選ばれたのでしょう(アップルとしてはとんだとばっちりです)。なお、仮にですが、アップルとブロードコムの間の契約に特許侵害に対する補償条項があれば、アップルはブロードコムに対してCalTechに支払った損害賠償金を請求する権利があることになります。
これらの特許は、CalTechが2000年に論文発表したIRA(Irregular Repeat Accumulate)と呼ぶエラー訂正手法に関するものです。IRAは、LDPC(Low-Density Parity Check)(低密度パリティ検査符号)という1960年代に発明されたエラー訂正手法の一バリエーションです。LDPCは2009年に802.11n標準に取り入れられています。裁判において、ブロードコムは「これらの特許の存在はCalTechに訴訟されて初めて知った」と述べていたそうなので、2009年時点ではこれらのアイデアが技術常識であり、まさか特許が成立しているとは思わなかったのかもしれません(標準仕様策定プロセスにおけるデューデリ不足ではないでしょうか?)。
技術常識であって当たり前であるというのであれば、新規性・進歩性欠如を理由に特許の無効を主張すればよい話です。実際、上記4件の特許にはすべてIPR(Inter-Partes Review)(日本でいう無効審判)が請求されていますが認められていません。なお、新規性・進歩性欠如を主張するためには出願日以前の文献による証拠を示す必要がありますが、2000年前後は現在と比較するとネット上の情報が圧倒的に少ないので証拠探しが大変なことがあります(そういった点でも2000年前後出願の特許は「やらしい」です)。
もちろん、アップルもブロードコムも控訴する意向ですので最終的にはどうなるかわかりませんが、先行きは大変興味深いものがあります。802.11n標準で使用されている技術に関連した特許ということは、この2社以外にも訴訟の対象となる企業があってもおかしくないからです。
CalTechは私立大学ではありますが、当然ながら一般の営利企業よりも公共性が高い組織です(税金により支援されている研究も多いでしょう)。そういった組織が一般企業に対してガチンコで特許訴訟をしかける(何が何でも知財をマネタイズする)というのは、正直抵抗を感じてしまいますが、何ともアメリカ的と言えるでしょう。しかし、よくよく考えてみれば、仮にこの賠償金支払判決が確定すれば、そのお金は大学の予算に組み込まれて新たな研究開発に使われるのでそんなに悪い話ではないかと思います。そう言えば、過去にもカーネギーメロン大学がHDDの読取技術に関してマーベル・テクノロジーズ社を訴えた訴訟でも11億ドル強の賠償金支払いが命じられています。
#時間がありましたらこれらの特許、裁判、IPRについてもう少し突っ込んで書く予定です。