テスラ時価総額、年初から120兆円消失 「マスク話法」でも歯止めがかからぬわけとは
テスラ株の急落には歯止めがかからず、ついに1日で11%下落。この1年足らずでテスラの時価総額は、約9,000億ドル、120兆円近くが消失した。
マスク氏のツイートでは、ツイッター社内文書の暴露キャンペーンの後押しを精力的に行う一方、テスラ株下落に関するコメントは見当たらない。
米認知言語学者、ジョ-ジ・レイコフ氏は、そんなマスク氏のツイート戦術を4つの特徴から分析している。
そして、ユーザーやメディアの注目を引きつけるその手法は、ドナルド・トランプ前米大統領に重なり、さらにそれを上回る力を持つ、と指摘する。
そんなツイッターを舞台にした「マスク話法」をもってしても、テスラ株下落は止まらない。
そのわけとは。
●大手12社の時価総額を上回る下落
テスラ株は12月27日の終値が109.10ドルで、前日終値123.15ドルから11.4%の下落となった。
27日現在のテスラの時価総額は3,445億ドル(約46兆1,265億円)だ。
テスラ株は年初から下落が続く。年初のピーク、1月3日の株価は399.93ドル、時価総額は1兆2,390億ドル。
1年足らずで株価は72.7%下落。時価総額で8,945億ドル(約119兆8,183億円)が消失したことになる。
調査会社「スタティスタ」は12月21日付の記事で、年初ピークからのテスラの時価総額の下落幅は、「トヨタ、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツ、BMW、GM、フォード、ステランティス (フィアット クライスラーと PSA)、ホンダ、ヒュンダイ、キア、日産、ルノーの時価総額の合計より、なお1,000億ドル超上回る」としている。
マスク氏がツイッターを買収した10月27日のテスラの時価総額、7,108億ドルと比べても、51.5%の下落となっている。
マスク氏は12月27日の株価下落について、ツイッターで特段のコメントはしていない。
●「トランプ話法」と「マスク話法」
米カリフォルニア大学バークレー校名誉教授のジョージ・レイコフ氏とジャーナリストのギル・デュラン氏は12月15日、共同で運営するサブスタック上のサイト「フレームラボ」への投稿で、そう指摘している。
レイコフ氏は認知言語学の第一人者で、メディアがトランプ氏による間違った情報を増幅しないためのアイデアとして、その発言の前後を事実の説明で挟み込む「真実のサンドイッチ」を提唱したことでも知られる。
※参照:「真実のサンドイッチ」と「スルー力」、フェイクを増幅しないための31のルール(12/13/2019 新聞紙学的)
※参照:ニュースが「トランプショー」から抜け出すための5つの方法(08/01/2019 新聞紙学的)
レイコフ氏らは、トランプ氏がツイッターを舞台に展開してきた4つの手法を、マスク氏も同じように踏襲している、と述べる。①先制フレーミング(問題の枠組み設定)②陽動作戦③当て馬攻撃④観測気球、の4つだ。
レイコフ氏らはその例として、マスク氏が社内文書暴露の「ツイッター文書」キャンペーンを、ジョー・バイデン大統領の次男にまつわるスキャンダルとして後押ししたことを挙げる。
この件では、今のところ新事実と言えるものは明らかにされておらず、主要メディアはほとんどニュースとして取り上げていない。
※参照:「シャドーバン」「トランプ追放」Twitter文書の公開に、元CEOが投げかけた課題とは?(12/16/2022 新聞紙学的)
さらにツイッター買収に際して掲げた「表現の自由」のフレーミングも、ジャーナリストらへの一連のアカウント停止などで、事実ではないことが明らかになったとしている。
※参照:「ジャーナリスト追放」「マストドン排除」マスク氏の「表現の自由」の意味とは?(12/17/2022 新聞紙学的)
レイコフ氏らは、ウォールストリート・ジャーナルが11月28日付で掲載したスクープを例に挙げる。同紙は、マスク氏のトンネル掘削事業のベンチャー「ボーリング・カンパニー」が、各地で格安の掘削事業を持ちかけながら、実現した事例がない、としていた。
同紙のスクープ公開と前後して、マスク氏は「アップルが大半の広告を停止した」「アプリストアからツイッターを除外すると脅した」と、唐突なアップル攻撃のツイートをしている。
レイコフ氏らは、アップル攻撃が、結果としてウォールストリート・ジャーナルのスクープから注目をそらせる効果があった、と述べている。
レイコフ氏らは、その攻撃対象として、批判派、メディア関係者、民主党の政治家、進歩派全般を挙げる。
トランプ氏と同様に、標的への中傷や、虚偽の「不正行為」の主張を行い、相手が反論することでエネルギーを浪費させる手法を使う、としている。
「トランプ氏と同様、マスク氏が攻撃するのを目にする時は、大抵が彼自身の失敗や欠陥から注意をそらすためだ」とレイコフ氏らは言う。
その例としてレイコフ氏らが挙げるのは、ツイッターアンケートをもとに、米連邦議会議事堂乱入事件をめぐって永久停止されていたトランプ氏のアカウントを680日ぶりに復活させたことだ。
※参照:680日ぶりのトランプ氏Twitter復活、広告主・社員の離反で「イーロン・リスク」の行方は?(11/20/2022 新聞紙学的)
「彼は、何か新しいアイデアや突拍子もないアイデアを投げかけることで、論争やニュースを引き起こし、注目を集めることができることを知っている」とレイコフ氏らは言う。
レイコフ氏らの分析が公開された後の12月18日、マスク氏は自らのツイッターCEOの役職の去就について、ツイッターアンケートを実施している。
この時は、「辞任すべき」が6割近くを占めた結果公開後、38時間にわたる音無しの構えを続けた後、「後任CEOが見つかれば辞任する」と当面の続投を表明した。
「観測気球」と「先制フレーミング」を展開した事例と言えるだろう。
※参照:「後継CEO探している」辞任投票後のマスク氏にかかるテスラの重圧とは?(12/21/2022 新聞紙学的)
レイコフ氏らは、マスク氏がトランプ氏をさらに超える力をツイッターに及ぼすことができる、と指摘する。
●ユーザーの力の使い方
だが、マスク氏がこのようなツイッター戦術を駆使しても、テスラ株急落は止まらない。
ロイター通信は12月27日、テスラが来月から中国・上海工場での減産を計画している、とのスクープを報じている。
同通信は、12月27日のテスラ株急落について、このスクープによってテスラの中国市場での需要に懸念が広がったため、としている。
同通信があわせて指摘するのが、マスク氏のツイッターへの入れ込みによってテスラの舵取り役が「不在」となっていることへの懸念だ。
※参照:「後継CEO探している」辞任投票後のマスク氏にかかるテスラの重圧とは?(12/21/2022 新聞紙学的)
レイコフ氏らは、マスク氏のツイッター戦術が思ったような効果を発揮しない2つの理由を指摘する。
1つは、マスク氏が「衝動のコントロールを欠いている」こと。それによって、広告主の離反やテスラの株価下落を招いているという。
※参照:「倒産の可能性も」Twitter主要幹部相次ぎ辞任、広告主の懸念は止まらないCEO自身のツイート(11/11/2022 新聞紙学的)
レイコフ氏らは、もう1つの理由として、「ツイッターが力を持っているのは、私たちが(集団で)力を与えているからだ」とも述べる。
ツイッターの力の源泉となるユーザーの「集団の力」を、私たちがどのように使うかが今後のポイントだと、レイコフ氏らは言う。
●メディアの役割
この「集団の力」には、メディアの役割も含まれるだろう。
トランプ氏の報道と同様、マスク氏の報道でも、そのツイッター上の一挙手一投足が、条件反射的にニュースの見出しとなる。
そのようなニュースが繰り返されることで、マスク氏の「フレーミング」が効果を上げているような場面も見られる。
自省を込めつつ、メディアの役割を考えたい。
(※2022年12月28日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)