氏名を含む商標が登録できない問題を解決する商標法改正案について
他人の氏名等を含む商標が(その他人の承諾がない限り)登録できないことを定めた商標法4条1項8号の規定、および、その解釈が非現実的に厳しいことで問題になっていることについては今までにも何回か書いてきました。
最も端的な例は、マツモトキヨシの音商標でしょう(関連過去記事)。日本人の大多数が認知するであろう著名商標であるにもかかわらず、特許庁は、全国の松本清さん、松本潔さん、松元清志さん等全員の承諾がなければ商標登録できないと判断しました。知財高裁での審決取消訴訟により音商標については登録が認められましたが、文字商標はどうなるのかという問題は残ります。
さらに困るのはデザイナーの名前をそのままブランドにすることが商慣行になっているファッション業界です。TAKEO KIKUCHI、YOJI YAMAMOTO等の有名デザイナーの氏名を含む商標登録が拒絶され、審判、審決取消訴訟を経ても登録できていません。日本人デザイナーによるブランドが海外では商標登録によって守られているのに、日本でだけは登録できないというのも理不尽な話です。
さらには、カルビーによる「南実のかぼちゃ」(「みなみのかぼちゃ」と読ませたかったのだと思います)という商標登録出願が、南 実(みなみ みのる)という他人の氏名を含むことを理由に拒絶された(不服審判でも覆せず)というさらに理不尽な事例もありました。
ということで、かなり以前から改正の必要性が言われてきたわけですが、先日に商標法改正案が閣議決定されたことで、ようやくこの問題も解決しそうです(関連記事)。
4条1項8号の改正案は、以下のようになっています(変更部分を太字にしました)。
(旧)
他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
↓
(新)
他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくははこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であつて、政令で定める要件に該当しないもの
「他人の氏名」の他人が周知であることが求められるようになりました。要するに、今までは、たとえば、TAKEO KIKUCHIを含む商標を被服を指定商品にして商標登録したければ、全国に相当な数いると思われる菊地武雄さん、菊池猛夫さん等々の全員の承諾が必要だった(事実上登録できないのと同じです)のが、改正後は、世界的に有名なデザイナーである菊池武夫さんの承諾のみを得ればよいことになります(出願人は菊池武夫さんの関連会社でしょうからこれは容易です)。
ところで、この問題を解決する方法としては、「他人の氏名」の他人の方に周知性を要求するアプローチと、出願人の氏名の方に周知性を要求するアプローチがあり得ると思います。マツモトキヨシの例で言えば、前者は、マツモトキヨシに商標として十分な周知性があれば他人の承諾は不要とする考え方、後者は全国津々浦々にいる松本潔さん、松元清さん等々に、周知な人がいなければ承諾は不要という考え方です。
マツモトキヨシの音商標に関する知財高裁判決では、マツモトキヨシがドラッグストアチェーンの名称として著名であることから消費者は人名を想起しないという理由付けで商標登録を認めており、後者のパターンに近いですが、諸外国の制度に合わせたいという事情もあり、前者のパターンで対応することになったものと思われます。
ただし、出願人側の事情についても別途政令で定められることになっており、産業構造審議会知的財産分科会商標制度小委員会の検討資料から見る限り、たとえば、出願人と氏名の間に関係性があること(たとえば、創業者の氏名であること)、嫌がらせ等の不正目的ではないことが求められることになりそうです。
ということで、今回の改正により、マツモトキヨシ等の創業者の氏名を含む商標やデザイナー名を含むブランドなどの商標が普通に登録できるという正常な状態がようやく訪れると思われますが、この後に審議をして公布・施行となるとまた結構な時間がかかってしまいそうで何ともスピード感に欠けると感じざるを得ません。