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3.11の開幕を前に 福島に持ち込む成功体験 田坂和昭監督:「歯車がかみ合うと、すごい力を生み出す」

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

Jリーグはすでに開幕しているが、11日にはJ3がいよいよスタートする。福島ユナイテッドもまた、新たなスタートを切る。

福島は今季、選手として日本代表でもプレーした田坂和昭監督を新たに迎えた。新指揮官は、果たしてどんな思いで新たな挑戦を選択し、福島に何をもたらそうと思っているのか。福島ユナイテッドのご厚意により、クラブ発行の「FUFC PRESS」での今季開幕前のインタビューを、ここにあらためて掲載する。

苦難を乗り越えることが楽しい

――まず、就任の経緯を教えていただけますか。

「松本山雅でコーチをしていた昨年に話をもらいました。最初は、なぜ福島から話が来たのだろうと思っていたのですが、竹鼻快ゼネラルマネジャーから話を聞いているうちに、面白いなと感じるようになりました。『福島の選手をもう一度鍛え直してほしい』と言われ、さらに未来のビジョンを聞かされました。私が選手時代から仲が良かったクリ(栗原圭介前監督)の築いてきたものを継続しながら、もう一度福島のスタイルを築きたい、と。もちろん環境や経済面が厳しいことは重々分かっていましたが、自分が求めていたものとマッチすると感じました。それに、もう一度自分のサッカーを追求して指導したいという思いがありました。原点に返るというか、厳しい環境の中でも続けるほど本当にサッカーが好きな選手たちと一緒にサッカーをしたいと、話を聞いているうちに思ったんです。もちろん今は、やらなければいけないことや整備すべきことは山積みですが、非常に未来があるクラブだと感じて、監督を引き受けました」

――選手時代から、複数の選択肢があることが多かったと思います。今回も含め、選択する際のポイントはどういうものですか。

「きれいごとを言うわけじゃないのですが、どちらかというと茨の道を行くのが好きかもしれません。大分トリニータ行きを選んだ時も、『どうして?』と言われました。当時、大分は6億円の借金を抱えていたし、すでにオファーを受けていた他のクラブに行く予定でした。でも、大分から急にもらったオファーに、『こちらの方が面白いかな』と思ったんです。清水エスパルスの時も『何でこんな状況なのに』と言われ、今回もなぜ福島なのかと聞かれました。でも、私はその方がやりがいを感じるというか、燃えるというか。いろいろ試行錯誤し、苦難を乗り越えていくことが楽しいんです。常にいろいろな経験を積んで成長したいんです」

――初めて大分の環境を目にした時と比べて、今回の衝撃度はどのようなものでしたか。

「衝撃は大きかったですね。まず始動の時から大雪のために芝生でサッカーができないし、グラウンドは人工芝だから雪かきもできない。体育館での練習は、高校時代以来のことでした。普通のクラブならあるものがなかったりと、いろいろとギャップは感じていますが、後で『そんなこともあったね』と笑い話にできればいいですね」

――反対に、良いサプライズはありましたか。

「やはり、選手が純粋にサッカーに取り組んでいることで、指導者としてはありがたいことです。本当にこの選手たちを何とかしたいと思いますし、人数は少ないかもしれませんが、山雅や大分、清水と変わらぬ熱いサポーターがいることは喜びでした」

周囲を変えるには、まず自分から

――選手たちへの第一声、どんな話をされたのでしょうか。

「社長から話していただいた後、改めて自分で私が福島に来た理由を話しました。まず、選手と一緒に現場が成長すること。それが必ず、クラブの成長へとつながると伝えました。一日ですぐ良くなったり、うまくなることがないのは分かっているだろうけれど、これは積み重ねるしかないし、なぜ自分がこのクラブを選んでサッカーをしているかも忘れてはいけない、と。私は手助けしたいと思っているから、成長してほしい、ステップアップしてほしい、それがクラブの力と繁栄につながる、と話しました」

――レンタル以外、福島では新人選手は大卒が基本で、30代の選手も多くいます。ある程度でき上がった選手をさらに伸ばすには、どんな方法がありますか。

「年齢もそうですが、人にはそれぞれ個性や感性があります。プレーにも好みや苦手なものがあり、短気だったりおとなしかったりという、それぞれのパーソナリティにしっかり向き合ってあげたいですね。若い頃にとてもやんちゃだったとしても、丸くなってきたのなら、それに適した付き合い方をする。つまり、今が大事なんです。今、どういう選手で、どういう気持ちでいるのか。正面だけではなく、しっかり横からも、時には後ろからも見ないといけない。すぐに言葉をかけるのか、まずは離れておくべきなのか、アプローチも変わってきます。そういうところまでしっかり見れば、必ず成長させられると思います。我々は人間だし、チームも生き物ですから。それが、日々の積み重ね、ということです。自分以外の人を変えようとすると、ものすごい能力やパワー、エネルギーが必要なのですが、自分が変わって接し方を変えれば、自然と周囲を変えることができる。自分の思考と行動は、いつでも変えられるものです。だから福島の選手たちも、監督が変わった新しい環境でどのような思考でどういう行動をするかにより、自分とチームを変えていけるでしょう」

――選手として到達された日本代表で、ここまで来る選手は違うなと思ったポイントはありますか。

「自分で気付くかどうか、ですね。ヒデ(中田英寿氏)はベルマーレに入団してきた時からイタリア行きを見据えていて、自分のことをよく分かっているから、陰でものすごく努力していました。自分に足りないもの、セールスポイントを自己分析できる選手は成長が速いです。なおかつ聞く耳を持っていること。ジュニアユースなどでもそれは同じだし、成長には年齢は関係ありません。だから、カズ(三浦知良=横浜FC)さんや中山(雅史=アスルクラロ沼津)さんもまだ学ぼうとしているし、向上する気持ちがある。何が足りないかを自己分析できているからです」

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理想のサッカーを純粋に追い求める

――J3は初挑戦となりますが、どんな印象を持っていますか。

「ビッグ4がいるイングランド・プレミアリーグや2強が突出するスペインなど世界中でそうであるように、サッカー界ではお金をかけたチームが強くなるのが当たり前です。J1も資金が豊富なクラブが勝つようになり、清水やセレッソ大阪が昇格した昨年が示すようにJ2も同じ傾向にあります。昔のJ2はそうではなく、サッカーも粗削りでした。その数年前のイメージに、J3は近いと思います。粗削りでも、やり方次第で勝つチームが出てくるし、良い成績も残せると感じています。J1やJ2を経験した選手もいますし、私が大分で初めてJ2の監督を経験した頃のレベルにあるという印象があります」

――その中で福島は追い求めるスタイルをレベルアップさせてきましたが、勝てないこともありました。

「そういうことが起こるのもサッカーですが、『つなぎ倒す』という福島のスタイルには共感できるし、面白いと思います。ただし、どこで何のためにつなぐのかという、定義を履き違えないようにしなければいけません。サッカーはゴールを決めたら勝つし、得点されたら負ける。いくらボールをつないでも、得点になるわけではありません。得点を取り、失点しないためにつなぎ倒す、という点をもう一度しっかりと選手に落とし込みたいとクラブにも話しました」

――これまでとは違い、今年の福島には昇格や残留というミッションがありませんが、田坂監督としては初めて純粋にサッカーに向き合える環境と言えるのではないでしょうか。

「昇格や残留というのも我々監督の仕事で、クラブに求められるものなのだから達成しなければなりません。今年の福島もJ2に昇格できないとはいえ、当然ながら昇格圏内を目指すし、とにかく上位を狙うことに変わりはありません。一方で、これまでは私が目指すサッカーを追い求められない環境があったことも確かです。結果が重視されたり、チームの伝統的なスタイルを尊重しなければならないこともありました。私がやりたいのは、“密集”をつくるサッカーです。良い距離感でどんどんボールを動かしながら相手を崩し、なおかつスピーディなサッカー。それを目指せる環境があるというのも、福島のオファーを受けた理由の一つです」

――その密集を、もう少し説明していただけますか。

「普通に言えば『コンパクト』なのでしょうが、縦も横もラインをコンパクトにする。前線でボールを奪えなくても、プレッシャーのかけ方が良いもので、かつ最終ラインがしっかりコントロールしていれば、相手にロングボールを蹴らせて回収できる。押し込まれたら全員が戻り、前線からのプレッシャーも全員でかけにいく。ただし、単に選手同士が近い距離を取るのではなく、守備時と攻撃時の距離感があり、その距離感の意味を理解する。メリットとデメリットも把握した上で、密集してのプレーに取り組む。何でもできるチームも、完璧な戦術も存在しません。基本は去年までのつなぐサッカーを継続し、そこに私が密集という言葉を付け加えただけです」

一度動き始めれば、良い方向へ進むもの

――よく言われることですが、やはり良いサッカーと勝つサッカーの両立は難しいものですか。

「難しいですね。その両方を求めて成功する確率は、非常に低いのではないかと思います。理想とするサッカーをしつつ勝てているという監督は、おそらく世界でもそれほど多くはいないはずです。でも、学ぶことをやめたら指導者としてはおしまいです。最高に良かったと思う試合などまずないものだし、できなかったことの方が気になるものです。理想を突き詰めていきたい、という思いは変わりません。ただし、勝敗と順位は、プロの世界では最後に絶対ついてくるものですから、そこを忘れてはいけません。勝つためにサッカーをするのだし、サポーターやスポンサーのためでもあります。それがまずは第一ですが、勝つ方法を我々のスタイルで築き上げたいんです」

――そうしたチームの成長を、さらに促す要素はありますか。

「第三者の後押しですよね。サポーターやスポンサー、家族の後押しです。でも、一番大事なのは自分がどう変わるかです。誰かに応援してもらには、それなりの対応や努力をして、結果を出さなければならない。企業だって、商品を売るためのアプローチやセールスの仕方を考え、どうしてこの地域に合うのかということをアピールしますよね」

――では、今年提供する商品の、さらなるアピールをお願いします。

「つなぎ倒すというプレーに加えて、躍動感をぜひ見ていただきたいですね。プレシーズンの湘南ベルマーレ戦でも、今まで以上に前に行くプレーを見せていました。それを90分できるようにするためには、やはり走力が必要です。走力がないと、密集は実現できません。躍動感あるサッカーをしていれば、ウィークポイントも自ずと解消できるはずです。今年はフィジカルの練習も増やして筋量なども見直し、個人のパフォーマンスも上げていきたいと思っています。それが個人のステップアップにもつながるはずです」

――そういうことから動かし始めることで、さらにたくさんの人を巻き込めるということですね。

「そういう渦をつくるにも、最初はすごい力が必要になると思います。でも、やり始めなければいけない。やれば、どんどんと回るようになっていくと思います。そういうふうに選手を促さなければいけないし、後押ししてもらえるような成果を出さなければいけません。大分ではうれしいこともありましたし、悔しいこともありました。清水でも、そうです。そういう経験を、この福島で還元していきたいという思いがあります。どんな立場でも苦しいことはありますが、それも分かち合い、一緒に乗り越えていきたいという一心でここにやってきました」

――大分の昇格の時には、やはりものが自然と変化していったのでしょうか。

「昇格する雰囲気を、チームが自然とつくるようになりましたね。12位だった就任1年目の翌年、J1昇格プレーオフ制度が初めて導入されました。自動昇格をつかめなくても、6位に入れば昇格できる切符があるのだから上を目指そう、という状況になったんです。ただし、6億円という借金を返すことが必須条件でした。するとサポーターの皆さんが支援金を集め始めてくれたんです。当初はそれほど集まらないだろうと予想していましたが、勝つごとにどんどんお金が集まるようになり、結局借金をすべて返せたんです。その時、我々が勝つことでサポーターも喜んでくれるし、昇格も見えてくると話し続けました。勝つことで自信や成長も促され、夏過ぎからどんどんチームの結束が強まるという流れに乗っていきました」

――まだ実像を結ばない昇格を目指す福島にとっても、勇気の出る成功例です。

「やはり、人もチームも生き物、ということです。最初は少しずれている歯車も、だんだんかみ合えば、ものすごい力を生み出すようになってきます。そういう意味でも、何とかこのチームが良い勢いを持って転がるようにしたい。最初は動かすことさえ大変な重いタイヤも、うまく転がり始めれば、どんどん良い方向に行くはずです。これは、一般の企業でもあることでしょう。我々の立場であれば、現場が勝つことでサポーターに喜びを与えられ、スポンサーもついてくれて、街も盛り上がるかもしれない。選手やサポーター、スポンサーの皆さんと喜び合えるよう、頑張ります」

福島ユナイテッドは11日(土)、Y.S.C.C.と横浜のニッパツ三ツ沢球技場で13時から今季初戦を戦う。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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