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今季初ゴール。エイバル乾貴士が語る、日本帰国問題と監督との約束。

豊福晋ライター
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

エイバルの乾貴士が、安倍晋三首相が主宰するスペイン国王との晩餐会に招待され、リーグ戦2試合を欠場するというニュースは、スペインで大きなトピックとなっていた。

普段は紙面の片隅に追いやられるエイバルの新聞記事も、今回は大きく扱われた。ビジャレアルとの試合前、テレビ画面には乾がアップで映された。注目は高まっていた。そしてそれは試合後にさらに一段と大きくなることになる。

乾はビジャレアル戦で今季初ゴールを決めた。日本帰国問題で騒がれる中、もやもやを自ら吹き飛ばすような、爽快な一発だった。

ゴールを決めた乾は集まってきたチームメイトに手荒く祝福され、もみくちゃにされた。ベンチに目をやると、副監督やコーチ陣は飛び跳ね、監督も嬉しそうにしている。

試合後も熱気は冷めない。取材エリアで話す彼の後ろを、チームメイトが背中を叩き、通り過ぎていく。

乾は嬉しそうに語りはじめる。

「ゴールはやっぱり嬉しいです。でも自分が決めたことよりも、みんなが喜んでくれる方が嬉しかった。あんなに喜んでくれるんだな、と。ずっと20試合くらい出ていて、それでも1点も取っていない中で使い続けてくれた監督には本当に感謝ですし、チームメイトも自分を信頼してくれて、常に声をかけ続けてくれた。それがすごく自分の支えになった。それがなかったら、今日のゴールはなかったと思う」

長い間ゴールに見放されていた。惜しいシュートを放ちながらも、なぜかボールはGKの好セーブにあい、わずかに枠をそれた。ポジティブな気持ちを持とうとしたが、悩んでいた部分もあった。

「これだけ取れていなかったから、苦しかった。自分が出ていいのかなとも思ったりしたこともあったので。ただ、1点とっただけで満足したらダメ。この先も続くし、自分ができるだけ決められるように頑張りたい」

メンディリバル監督との約束もあった。

この試合の2日前、監督は乾が点を取ればあることをすると誓ったという。

「“もしお前が点を取ったらでんぐり返しをしてやる”と。俺が決めれば監督がでんぐり返しをして、外せば俺がやる約束で。練習のシュート練習からやってましたね。そうしたら今日ゴールを決められた。監督はベンチ前ででんぐり返しをしたみたいです。試合後に“ちゃんとやったからな”と言われました(笑)。監督とは、お互いに信頼関係がある。人間としても、選手と監督としても、いい関係であることは確かですね」

微笑む乾の言葉からは、チームメイトや監督との太い絆が伝わってくる。

そんなチームを、彼はしばらく離れることになる。例の晩餐会について、乾はどう考えているのかー。

デリケートなテーマではある。ひと呼吸置き、彼はゆっくりと語り始めた。

「自分自身は今回、チームのために行くと思って参加することになりました。エイバルの決定に従いますし、サッカー以外でもチームに頼まれてやってくれと言われることがあればやらないといけない。これまでにも、ニュースにはならないけどチームのためにやってきたこともあります。行ってしっかり何かできればいいと思いますし、光栄なことなのでプラスに考えて、チームに戻ったらまたサッカーで頑張りたい。(離脱により)ポジションをあけますし、そこは危機感をもってやれるので。危機感を持つというのはいいことだと思うので、それもプラスに考えながらやっていきたいです」

様々な意見があった。エイバルや日本政府への批判、乾自身に疑問を投げかけるものまであった。

しかし帰国が決まった今、頭にあるのは悩みでも葛藤でもなく、クラブのためにやれることをやろうという決意だ。

取材エリアで乾の初ゴールについて嬉しそうに話すチームメイトも、この決定に理解を示している。

セルジ・エンリッチは「日本に行くのは仕方ないこと。クラブの決定だから、選手は受け入れるしかない。タカが帰ってきたらどんな感じだったかをきかせてもらうよ」。主将のダニ・ガルシアも「クラブの事情を考えても招待は受けるしかない。普段では味わえる経験ではないので、楽しんでもらいたいね。自分が彼の立場なら?同じことをするだけだ」と語っている。

ビジャレアル戦で受けた警告により、次戦は出場停止となる。欠場は1試合。日本滞在中も調整を続け、スペインに戻ってからは、再びエイバルで戦う日々が始まる。

前日会見でメンディリバル監督は「戻ってきた後のポジションは保証されない」とも言っていたが、乾は気にしていない。

「今でも保証はないですし、保証されたことなんてこのチームに来て一度もなかった。それに、保証があると面白くないとも思います。なので、今までと変わりはないと思います。このゴールでケチャップの蓋がはずれた?続けて出たらいいんですけどね。一回休んじゃいますけど、そこは決まったことなので。日本でもしっかりとコンディションを整えながらやっていきたい。初得点は決まりましたが、逆に引き締めないといけない。これで満足するとそこまでの選手になる。危機感を持ってやっていかないと。一試合良くても意味がないので、これから先もしっかり続けてやっていきたいです」

予想外の論争の中で過ごした日々を経て届いた初ゴール。頭には、すでに次にやるべきことが描かれていた。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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