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メッシの電撃退団と、混乱するバルセロナの街。

豊福晋ライター
メッシの退団報道で埋まる地元紙の数々(写真:ロイター/アフロ)

 8月を迎えたバルセロナの街角は静かだ。

 この時期、たいていの人は荷物をまとめて海沿いにバカンスにでかける。ワクチンも広まりつつある今夏はとくに人々のバカンス欲は最高潮に達している。通りを歩く人も少なく、商店のシャッターには「9月第一週まで休みます」という張り紙が何枚も貼られていて、普段は元気な市場もひっそりとしている。

 そんなバルセロナを、さらなる静けさで包むことになるニュースが5日の深夜にやってきた。メッシのバルサ退団発表である。

『契約延長にむけクラブとメッシ側双方が合意に達していたが、リーグ側が求める(厳しすぎる)経済的条件を満たせなかった』

 発表を要約するとそういうことだ。

 バルサは巨額の負債を抱えており、リーグ登録のためには一定の基準を満たさなければならない。約90億円とされるメッシの年俸は1番の重荷になっていたが、「メッシは大幅な削減を受け入れてくれた」(ラポルタ会長)とのことで、クラブ側もできる以上の提示をしていたという。しかしそれでも「リーグが設けた障壁」をこえられなかった。

 この半年間、バルサはリーグ側と度々交渉し、例外的措置を認めるよう打診してきた。メッシを失うことは、バルサだけでなくリーガにとっても大いなる損失となる。バルサはメッシというサッカー界最大の商品の価値を訴えた。

 しかし他クラブにも同様の基準を示しているリーグは、バルサだけに特例を認めるわけにはいかなかった。リーガの新シーズン開幕は7日後に迫っている。バルサはぎりぎりまで引っ張ったが、最終的にラポルタ会長はメッシの登録は不可能と判断、白旗をあげた。

「メッシより優先されるべきはクラブ」(ラポルタ)

 発表後、深夜にもかかわらずバルセロナはメッシの話題で一色になった。

 新聞記者にも準備する時間はほとんどなかったはずだが、一面を全て差し替えたのだろう、翌朝のメディアはどこもメッシ。スポーツ紙は当然、「ラ・バングアルディア」や「エル・ペリオディコ」などの一般紙も1面で大々的に報じている。

 翌日のラポルタ会長の記者会見も、その日のバルセロナにおける最大のイベントとなった。

「いかなる選手よりもクラブが優先されるべき。たとえそれが史上最高の選手、つまりはメッシであっても」

「こんな状況にした前経営陣の責任は重い」

「(会長就任前)クラブの負債は2億ユーロ(約260億円)ほどと思っていたが、蓋を開けてみればまさかの4億8700万ユーロだった」

「メッシは延長のためできる限りのすべてのことをしてくれた」

 ラポルタとしては、昨年失脚したバルトメウ前会長に代表される前経営陣(ラポルタは以前の「経営陣たち」と複数形で言及し、バルトメウ政権以前の経営陣も批判している)の責任を明確にし、半年前にきた自分にはどうにもできなかった、という方向に世論を持って行くしかない。会見でも前経営陣への言及が最も多かった。

 ファンはといえば、退団発表後も心のどこかでどんでん返しの逆転残留を期待していたように思う。リーガ側の歩み寄り、バルサ選手の共同での年俸凍結、あるいはどこかの富豪の巨額の寄付ー。しかしそんな都合の良いことが起こるはずもなく、メッシの次の行先はPSGかチェルシーかという話題に変わる頃には、ファンも最後の望みを捨てた。

行きどころのない想いが渦巻く

 カンプノウの15番入り口では、メッシのユニフォームを抱えた男性が地面に突っ伏して泣いていた。

 この日、車で練習場にやってきたグリーズマンに、待ち構えていた数人のファンは「お前のせいでメッシが出て行くことになったんだ」と罵声を浴びせた。コストカットのためクラブに移籍を強要されていたグリーズマンはこれを拒否していた。もちろん、グリーズマンに非はいっさいない。

 いま、バルセロナでは誰かが誰かを批判している。不満や悲しみをどこかにぶつけ、少しでも発散しなければやっていられないのだろう。クラブも、ファンも、チームメイトも、そして街も混乱におちいっている。

 バルサの近年の成功、その中心にいたのはいつもメッシだった。そんなレジェンドとの突然のお別れは、誰にとっても簡単に受け入れられるものではない。翌週の開幕戦、久々にスタジアムに観客が戻ってくるバルサの試合で、ファンは何を叫ぶのか。

 この街はまだ、メッシのいない日々を生きるための準備ができていない。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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