英国の高インフレと高金利、長期化避けられず(上)
BOE(英中銀)によるインフレ抑制のための利上げサイクルに終わりが見えず、現在の高インフレ、ひいては高金利が長期化する公算が高まっている。低生産性と高齢化という新たなインフレ圧力がその背景にある。
G7(先進主要7カ国)の中で、英国だけがインフレ低下のペースが遅れているため、イングランド銀行(英中銀、BOE)によるインフレ抑制のための利上げサイクルには終わりの兆しが見えていない。現在のインフレ率は前年比8.7%上昇と、物価目標(2%上昇)の2倍超の高インフレとなっている。
しかし、こうした中でも多くのエコノミストや市場参加者はインフレが低下したあとは、恒久的な低金利時代が到来すると信じている。だが、英紙デイリー・テレグラフのエイル・ノルソエ(Eir Nolsøe)記者は7月9日付コラムで、「そうならないかも知れない」と、警鐘を鳴らす。
現在、BOEの政策金利は5%と、2008年4月(5%)以来の約15年ぶりの高水準にまで引き上げられているが、市場では今後も利上げサイクルが継続、BOEは次回8月会合で0.25ポイントか、0.5ポイントの利上げを予想。
その上で、利上げサイクルの最終金利の見通しについては、今年末までに2001年2月以来の高水準となる6%に達し、2024年5月まで据え置かれると予想している。その後、BOEは利下げに転換、低金利時代がやってくると信じている。
ノルソエ氏は、「世界的な金融危機(2007-2008年)のあと、BOEは(2009年3月に)わずか1年という短期間で政策金利を5ポイントも引き下げ、300年ぶりの低金利(0.5%)に引き下げたのと同じことが再現される」と、多くのエコノミストや市場関係者は信じているようだと指摘する。
7月5日付でBOEのMPC(金融政策委員会)の新メンバーに就任した経済学者のミーガン・グリーン氏も低金利時代の到来に懐疑的な一人だ。
同氏は英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿文(7月3日付)で、「IMF(国際通貨基金)は最新の世界経済見通しで、フィンランド中銀のオリ・レーン総裁と同様に、先進国の政策金利はコロナ禍前の低水準に戻ると結論づけているが、インフレ率と政策金利がコロナ禍前の低水準に戻るという予想は必ずしも正しくない」と、主張する。
グリーン氏は、「IMFは、FRB(米連邦準備制度理事会)傘下のニューヨーク連銀のジョン・ウィリアムズ総裁らが最近発表した研究論文で、『Rスター』と呼ばれる長期の中立金利の水準が過去3年間、低いままで変わっていないという推定に基づいている」と指摘する。
Rスターは完全雇用とインフレ率が物価目標の2%上昇で安定し、経済がその潜在力を最大限に発揮しているときの金利で、政策金利がそれを上回ると金融政策は制限的、それを下回ると緩和的であることを意味し、中銀の金融政策の道標となっている。
制限的な金融政策スタンスとは、政策金利をRスター(中立金利)以上に引き上げた場合、経済成長を抑える「制限的な領域」に入ることを意味する。
グリーン氏は、「もし、ウィリアムズ総裁らの推計通り、過去3年間に起きたコロナ禍やウクライナ戦争という外部からの経済ショックにもかかわらず、Rスターもコロナ禍前の低い水準のままで全く変わっていないとすれば、現在の一連の経済ショックがすべて収まったあと、(これまでの累積的な利上げ効果により)インフレと金利が再び低下すると予想できる」という。
しかし、現実には利上げサイクルが継続、かなり金利が引き上げられ、金融が引き締められたにもかかわらず、実体経済は依然堅調で、思ったほど景気は冷え込んでいない、と指摘。
その上で、同氏は、「考えられる説明の一つは、実際にはRスターは(ウィリアムズ総裁らの推計よりも)上昇しているため、金融政策スタンスは中銀関係者が考えているほど厳しい引き締めになっていないからだ」という。
英国の場合もBOEは利上げサイクルを継続しているものの、Rスターの水準が上昇しているため、インフレ抑制が効きにくい。そのため、今後、政策金利が高まる可能性は高いと見ている。
グリーン氏は1980年代後半からコロナ禍前(2020年初めごろ)まで、さらに、それ以降の現在に至るまでの過去数十年間、Rスターが低水準だった理由について、「ウィリアムズ総裁らの経済モデルによると、潜在成長率の鈍化が大きな要因だ。また、Rスターは中長期的な貯蓄と投資のバランスも反映するため、貯蓄過剰が長期的な中立金利の重しになっている」という。
その上で、Rスタ―の上昇要因について、「グリーン(環境保護)関連投資の拡大により、世界的に貯蓄が減少、その一方で、生産性を高める技術革新も進む。防衛関連投資も技術革新を引き起こす。AI(人工知能)の開発も急速に進む可能性がある。これらは潜在成長率を高め、Rスターをさらに高める要因になる」と分析している。(『下』に続く)