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英国の約5万社が経営破綻の危機に直面―春の減税拡大も期待薄(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英家電小売り大手カリーズのアレックス・バルドックCEO=自社サイトより

英国経済はインフレ加速に伴う企業の借入金コストの上昇と大規模増税により景気が悪化、ロンドンとミッドランズなど南東部を中心に約5万社に及ぶ企業が経営破綻の危機に直面している。

英国の老舗百貨店ジョン・ルイスが経営立て直しのため、今後5年間で全従業員のうち、最大で15%に相当する1万1000人を解雇する計画を検討しているように、英国の小売売上高は2020-2021年のコロナ禍のロックダウン(都市封鎖)以来の大幅な減少に見舞われており、英経済はリセッション(景気失速)に突入するリスクが高まっている。

英国家統計局(ONS)が1月19日に発表した昨年12月の小売売上高は前月比3.2%減と、急減。市場予想(0.5%減)の6倍超の急激な落ち込みとなり、ロックダウン当時の2021年1月以来、約3年ぶりの大幅な減少となった。

英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスのアレックス・カー氏は1月19日付の英紙デイリー・テレグラフで、小売売上高が急減したことについて、「生計費危機と金利の急上昇による影響が依然、実質所得と個人消費に重石となっている」とした上で、「昨年12月の実質GDP成長率を約0.15%ポイント押し下げ、英国は昨年末にリセッションに陥った可能性がある」と指摘する。

英国の2023年7-9月期実質GDP伸び率は前期比0.1%減だったが、市場では小売り低迷で、同10-12月期GDPの伸びが0.04%ポイント押し下げられ、理論的なリセッションの定義である、2四半期連続のマイナス成長になった可能性が高いと見ている。

こうした景気後退リスクが高まる中、ジェレミー・ハント財務相はスイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラム(1月15-19日)で、インフレ危機が緩和したと判断、3月に発表予定の「春の予算案」(補正予算案)に大幅減税を織り込む意向を明らかにした。

テレグラフ紙のスー・ピン・チャン記者は1月18日付で、「ハント財務相はダボス会議で講演、英国の競争力を高めるため、次の予算案では成長促進政策に焦点を当て、経済成長を優先すると断言した」としている。英国のインフレ率は昨年12月が前年比4%上昇と、10カ月ぶりに伸びが加速したが、それでも政府の予想よりも約1ポイント低い。大幅減税のもう一つの背景には、最大野党の労働党が今年後半の総選挙を控え、すでに労働者向け減税を示唆していることから、与党・保守党のスナク政権では労働党に反対するキャンペーンに乗り出す必要性に迫られていることがある。

テレグラフ紙のティム・ウォレス記者も1月18日付コラムで、「ハント財務相の発言は物価上昇により、減税規模が抑制されると警告した秋の予算編成方針から大きく踏み出した」とした上で、「春の予算案での減税余地がさらに広がる可能性がある。減税の 原資は(インフレ低下による)国債利払いの減少だけでも約150億ポンド(約2.8兆円)が追加される」とし、今後、減税規模が拡大すると見ている。

だが、ハント財務相の前向きな減税発言にもかかわらず、英家電小売り大手カリーズのアレックス・バルドックCEO(最高経営責任者)はテレグラフ紙の1月19日付のインタビューで、「4月から全国最低賃金を引き上げると同時に、ビジネスレート(非居住用資産に対する固定資産税である)を増税するのは判断を間違えている」と指摘。その上で、「英国の小売業界は経済の5%を占めているにもかかわらず、ビジネスレートの10%を支払っている。こうした新たなコスト増は逆効果だ。インフレを加速、投資を削減、雇用を削減させ、政府のもくろみはことごとく失敗するだろう。いい加減にしてほしい」と、政府の無策ぶりを糾弾する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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