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英中銀、またも利下げ開始の大英断避ける―高金利政策に懐疑論も台頭(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

英中銀はいつまで高金利水準を維持すべきか検討中だが、ベイリー総裁は「利下げ段階でないが、正しい方向にある」とハト派姿勢に変わったものの、利下げに躊躇している。経済界には高金利政策への懐疑論も台頭。

■BOE、まだインフレリスクがあると慎重姿勢

 BOE(英中銀)は3月21日の金融政策決定後に発表した声明文で、金利据え置きを決めた理由について、インフレリスクが残っている一方で、景気後退懸念が緩和していることを指摘している。インフレリスクについて、BOEは、「(アフリカとアラビア半島の間にある)紅海を通る海上輸送の混乱を含む中東紛争の動向による重大なインフレリスクは依然として残っている」とし、中東情勢の悪化によるエネルギー価格の上昇という地政学的リスクを挙げ、インフレ再加速の懸念を示している。

 また、BOEは、「インフレ率は比較的急激に低下し続けている。制限的な金融政策スタンスが実体経済の活動を圧迫し、雇用市場の緩和をもたらし、インフレ圧力を抑制している。しかし、それにもかかわらず、インフレ率は高止まりし続けている」と、懸念を示している。「制限的」とは景気に打撃を与えることになる金利水準にまで、金融引き締めを行うことを意味する。

 ただ、BOEはインフレ要因となる賃金の上昇率を注視しているが、今回の声明文では、「賃金の伸びが鈍化しており、今年の給与支払い額が若干減少すると予想している。コスト上昇を物価に転嫁するのがさらに困難になっている」と指摘。

 また、2月のインフレ率が前年比3.4%上昇と、1月と12月の同4%上昇から伸びが急減速したことを受け、BOEは今回の会合で、「インフレ率は今年4-6月期に物価目標の2%上昇をやや下回る」とし、前回会合時の「2%上昇に低下」から改善方向に上方修正した。

 それでも、BOEは下期(7-12月)以降のインフレ見通しについては、2月のサービス価格が6.1%と、依然、高止まりしているため、「最新の2月経済予測ではインフレ率(全体指数)は7-9月期と10-12月期に再び上昇すると予想される」とし、年後半からのインフレ上昇リスクを警戒している。

■BOE、景気見通しに楽観的

 他方、景気見通しについては、BOEは、「英国のGDPは2023年下期にマイナス成長となったが、2024年上期(1-6月)はプラス成長に回復する見通し。企業調査でも経済活動は改善の見通しを示している」と、楽観的な見方を示している。前回2月会合では、「金融政策の制限的なスタンスが実体経済の活動を圧迫し、雇用市場の弱体化につながっている。失業率は上昇する可能性がある」と、景気後退懸念を強めていた。

 英国経済は2023年7-9月期と同10-12月期に前期比で2期連続のマイナス成長となり、理論上のリセッション(景気失速)となったが、3月21日発表の最新の3月S&Pグローバル総合PMI(購買担当者景気指数)は52.9と、前月の53に続き、リセッションから回復が続いていることを確認しており、BOEにとっては追い風となっている。

 また、BOEは2024年春の政府予算案についても声明文で、「財政措置により今後数年間でGDP水準が約0.25%増加する可能性がある。潜在的供給力が押し上げられ、その結果、アウトプット・ギャップ(インフレギャップ)、ひいてはインフレ圧力が弱まる」と楽観的に見ている。

■制限的スタンス

 市場が注目した、今後の金融政策を示すフォワードガイダンス(金融政策の指針)について、BOEは前回2月会合時と同様、「2023年秋以降、インフレ率が物価目標の2%上昇を超えて高止まりするリスクが消えるまで、金融政策を長期間抑制する必要がある」とした上で、「金融政策は中期的にインフレ率を持続的に2%上昇の物価目標に戻すため、十分長い期間にわたって、十分制限的であり続ける必要がある」との文言を残した。

 ただ、今後の利下げ開始の可能性について、BOEは前回会合時と同様、「インフレ率を持続的に2%上昇の物価目標に戻すため、経済指標に従って金融政策を調整する用意がある」とし、また、「政策金利をどれくらいの期間、現在の水準に維持すべきかについて検討を続ける」とし、今後の利下げ開始に向けて準備を進めるハト派のスタンスを維持した。市場では「検討」という文言について、政策変更に必要なインフレの高止まりに関するデータの解釈を巡って、委員の意見が異なるため、検討が必要になっていると見ている。

■ベイリー総裁

 BOEのアンドリュー・ベイリー総裁は金融政策決定後の会見で、据え置き決定について、「ここ数週間、インフレが低下しているという、さらに心強い兆候が見られた。金利を5.25%に据え置いたのはインフレ率が物価目標の2%上昇にまで低下、その水準にとどまることを確実にする必要があるためだ」とした。

 ただ、総裁は、「まだ金利を引き下げられる段階には達していないが、事態は正しい方向に進んでいる」とした上で、「賃金(上昇)がもはやインフレを加速させていないという証拠がある中、今後のMPC会合での利下げ開始が視野に入った」と述べ、利下げ開始に向かって前進しているとの見方を示している。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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