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職場クラスター発生時の企業責任と労災認定

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

新型コロナウィルスの脅威が未だ消え去らない中、東京の人材派遣会社で「職場クラスター」が発生したとのニュースがありました。

関係者によると、感染者55人の中には、新宿区が接待を伴う飲食店などで実施している集団検査の12人のほか、同じ人材派遣会社で集団感染した9人が含まれている。この人材派遣会社では、23日までにも7人の感染が明らかになっており、都は「職場クラスター」が発生したとみている。

出典:朝日新聞デジタル 2020年6月24日 17時41分

緊急事態宣言や県をまたぐ移動の自粛要請が解除され、一見、通常の経済活動に戻ったかのように見えますが、未だ新型コロナの脅威が去ったわけではありません。その中で、「職場クラスター」が発生した場合の企業責任について多くの企業が気にされているところだと思いますので、検討しておきます。

まず、「職場クラスター」が発生した場合の企業責任としては

1 労災責任

2 安全配慮義務違反としての民事損害賠償責任

がありえるところですので、検討していきましょう。

1 労災責任について

通常、「風邪を引いた」、「インフルエンザに罹患した」などは労災認定されるケースはありません。これは、「どこで感染したか分からない」からです(法律的には業務起因性が認められないと言います)。

 その意味では、新型コロナも同じ話になるはずなのですが、今回は特例的に以下の通達が出ています。

 令和2年4月28日「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて(基補発 0428 第1号)」

 これは、新型コロナについて「調査により感染経路が特定されなくとも、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められる場合には、これに該当するものとして、労災保険給付の対象とすること。」として、感染経路の特定が無くても労災になり得ることを認める内容となっています。

 つまり、新型コロナは感染経路が明らかでないケースが多いため、業務起因性の判断においてはこの点を考慮して認定を行うことを意味しています。

 これを前提に、職種ごとに認定度合いが異なるため、それぞれ基準を次のように示しています。

(1)医療従事者等※について

 まず、感染源が業務外であることが明らかでない場合を除いて、医療従事者については原則として労災の対象になります。

 ※患者の診療若しくは看護の業務又は介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等

(2)医療従事者等以外の労働者(本稿では「通常の労働者」といいます)であって感染経路が特定されたもの

 医療従事者でなくとも、感染源が業務に内在していたことが明らかに認められる場合については、労災保険給付の対象とするとしています。

 ※例えば、コロナウィルス感染者が発生した際のオフィスの消毒を請け負う業務は、業務そのものに感染リスクが内在していると言えるため、消毒業務に従事する労働者などが考えられます。ドイツで発生しているとされる食肉処理場のクラスターなどもこれに該当し得る可能性があるでしょう。

(3)通常の労働者かつ、感染経路が特定されていない場合

  この場合でも、感染リスクが相対的に高いと考えられる以下の環境下で業務に従事した場合には「業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを、個々の事案に即して適切に判断する」とされている点に特徴があります。

(ア)複数(請求人を含む)の感染者が確認された労働環境下での業務

 ※例えば多人数かつ三密の会議でクラスターが発生したようなケース

(イ)顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務

 ※例えばスーパーマーケットやコンビニ店員、駅の改札業務など

 

 なお、この判断は「新型コロナウイルスの潜伏期間内の業務従事状況、一般生活状況等を調査した上で、医学専門家の意見も踏まえて」なされるものとされています。

 そのため、例えば会社の業務指示により対面式の会議が開催されたところ、当該会議においてクラスターが発生して、複数の参加者が新型コロナに罹患した場合、労災の対象となる可能性が高いものとなると考えられます。

 企業としては、テレワークの積極的活用等、従業員が業務に際して新型コロナに罹患しないよう、より一層の労働環境の整備や配慮、そして何より、「なぜ対面で行う必要があるか」※の説明を行うことが求められているといえるでしょう。

※すべての対面会議に意味がないと言っているのではなく、なぜ対面でなければならないのか、という点が重要という意味です。

 以上より、対面での職場会議などによりクラスターが発生した場合には、労災認定される可能性が高く、冒頭のケースでも認められる余地があるでしょう。なお、既に医療従事者以外での新型コロナウィルス感染による労災認定は認められている事例があります。

2 安全配慮義務違反の企業責任について

  次に、クラスター発生により労災認定がされたとして、企業独自の責任(損害賠償責任など)はどう考えるべきでしょうか。

  まず、注意すべきは、労災認定がされることと、企業が安全配慮義務を尽くしていないとして損害賠償を負うことは別物だということです。労災は正に「保険」として業務に内在する危険が現実化した場合に企業の過失によらずに認められるものです。一方で、安全配慮義務違反の損害賠償については、企業の過失を前提としますから、どれほど企業が対策していたとしても、無自覚陽性者からの感染など、一定程度避けられない感染があり、その場合には、「労災認定されたが、安全配慮義務違反はない」という場合もあります。

 安全配慮義務は結果責任ではなく、過失責任なのです。

 では、どういった場合に、企業の「過失」が認められ、企業の安全配慮義務違反が問われるでしょうか。

 もちろん、まだ判例はありませんが、今回のコロナ問題で言えば、接客においてマスク着用を認めない、顧客を含め「密」を回避する対策を全く講じていない、換気措置を行うことが容易であるにもかかわらずこれを一切認めない、ビニールカーテンやアクリル板の設置を検討すらしない、消毒対策を全く講じないなど、企業側の過失と評価される特別の事情が必要であり、これらが個別具体的に認められる場合には安全配慮義務違反があるとされる場合もあるでしょう。

 しかし、繰り返しですが、労災認定=安全配慮義務違反ではありません。

 リスクを一切排除する、という前提に立ってしまうと、一切の接触を禁ずるべきであるという話になり、それでは経済活動が一切行えないことになります。

 そのため、企業としては、経済活動と両立する範囲で「できる限りの」感染防止対策を、その職場・職種ごとに検討していくことが重要になります。

 政府としては、今後はこの点を明確にするためにも、オフィス活動におけるガイドラインなどを示して安全配慮義務違反の線引きを明確化することが求められるでしょう。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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