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「ウコンは効かない」ネット騒然の論文を読んでみた

市川衛医療の「翻訳家」
ウコン(ターメリック)イメージ(ペイレスイメージズ/アフロ)

「ウコンは効かない」そんなニュースが、いま話題になっています。

健康食品「ウコン」(ターメリック)には薬効はないことが判明(GIGAZINE 2017年01月30日 17時00分)

黄色い見た目が特徴的な「ターメリック」、またの名を「ウコン」は、日本では二日酔いに効くとされ、本場インドでは傷薬や虫刺され、ひいては「ガンに効く」とまで言われています。カレーの原料としても知られるウコンは民間療法にも用いられる万能プレイヤーとして認識されているのですが、実は医学的な効能は認められていません。

出典:gigazine 2017年1月30日記事より

記事の題名からは、ウコン(ターメリック)の効果が否定されたと感じられます。本当なのでしょうか?記事の元になった論文を読んでみました。(下記リンクで全文が無料公開されています)

The Essential Medicinal Chemistry of Curcumin

ざっくりまとめると

読んでわかったことを、ざっくりまとめます

1.この論文は、ウコンの効果について調べたものではない

2.ウコンの有効成分とされるクルクミンは、薬として使うにはいろんな問題がありそう

3.論文のメッセージは「より良い方法がないか考えましょう」

「ウコンは効かない」とは言えない

この論文は、ウコンに含まれるクルクミンという物質について、いま研究でどんなことがわかっているかを評価したものです。

確かにクルクミンは、ウコンの有効成分のひとつと期待されていますが、数ある成分の一つにすぎません。

ですので、仮にクルクミンに期待されるような効果がなかったとしても、それをもって、ウコンに効果があるともないとも言えません。

つまりこの論文をもとに「ウコンに効果なし」と言うことはできないということになります。

クルクミンは「万能薬」ではなさそう

ではクルクミンに限定した場合、どんなことがわかったのでしょうか?

クルクミンは様々な病をいやす「万能薬」になりうるのではないか?として、世界中で研究が行われています。

試験管内で培養した細胞にクルクミンを加えてみると、がん細胞の成長を抑えたり、アルツハイマー病の原因とされている物質の毒性を妨げたりするような効果が見られたからです。

ところが実際に人間にクルクミンを摂取してもらうと、試験管や動物での実験で期待されたような効果がなかなか出ない…。ということがわかってきました。

例えば2012年には、アルツハイマー病への効果を調べるために、平均74歳の高齢者におよそ半年間、クルクミンを大量に摂取してもらう研究が行われました。そして半年後、クルクミンを含まない別の薬剤(偽薬)を飲んだ人と認知機能テストの点数などを比較したところ、効果は見られませんでした。

試験管レベルでは効果が出るのに、人間では効果が出ない。どうしてこんなことが起きるのでしょうか?

論文ではその点を徹底的に検証しているのですが、ここでは分かりやすい要因を2つだけ紹介します。

クルクミンは人体に吸収されにくい

実はクルクミンは、飲んでも体内に取り込まれにくい物質なのだそうです。

さきほど紹介したアルツハイマー病への効果を調べた研究では、実験に参加した人に、クルクミンを2g含む薬剤と、4g含む薬剤を飲んでもらったのですが、血液中にクルクミンの成分がわずかでも検出されたのは4g飲んだ人だけでした。

ちなみに日本で一般的に販売されているウコンのドリンク剤に含まれるクルクミンは30mg(0.03g)ですので、この研究が正しいとすると、いっぺんに100本以上飲まなければ、体内にクルクミンが吸収されない可能性があるということになります。(もちろん、絶対にお勧めできません)

クルクミンは「見せかけ」の効果が出やすい

試験管内で、ある成分が効果があるかどうか?を示すために、様々な「試薬」が使われます。

論文では、クルクミンには、様々な試薬と反応しやすい性質があり、そのため、本当は効果がないのに、あたかも高い効果があるかのような「見せかけ」の結果が生まれやすいのではないか?と指摘しています。

論文のメッセージ「もっと良い方法を考えよう」

論文の概要は、次のような一文で締めくくられています。

「今回の詳細な評価をもとに、クルクミンへの新たな研究方法の可能性を議論した」

これまでクルクミンは、「万能薬」かもしれないとして研究が行われてきました。

しかし研究で、クルクミンは薬として使うには色々な問題があることがわかってきました。

この論文が言いたいのは、これまで信じられてきた「クルクミンは、色々な病気に効果がある万能薬になりうる」という仮説はどうやら違っていたようなので、また新しい仮説を立て、それをひとつひとつ検証していかなければならないのではないか?ということです。

例えば、私たちの腸内には100兆個とも言われる腸内細菌が住み、健康に関わる様々な働きをしています。

食事からとったクルクミンは、腸から体内に吸収はされにくいのですが、腸の壁に住む腸内細菌のところには届いていると考えられます。

ですので、もしかしたらクルクミンは、腸内細菌にとっては効果があるかもしれない、という仮説も生まれます。この論文を出した研究チームによると、実際に腸内細菌に効果があることを伺わせるような研究もでてきているそうです。いままで考えられてきたストーリーとは違う研究が始まることで、本当に意味のある発見がなされるかもしれません。

【まとめ】特に、ウコンファンのみなさまへ

というわけで、特にウコンファンの皆様に向けて結論をまとめると「この論文はウコンについて調べているわけではないので、がっかりする必要はない」ということになります。ただし、クルクミンによる効果を期待して飲んでいた人がいたとしたら、それは期待しすぎかも?とは言えるかもしれません。

だとすると、気になるのは実際にウコン自体について効果がある/ないを示した研究はないのか?ということですよね。

これまでのところ、信頼に足る方法でそれを検討した研究を見つけられていないのですが、それが見つかったら、改めてお伝えしたいと思っています。

(念のためですが、筆者はウコンやクルクミンに関する活動を行っているどのような企業とも、営利・非営利を問わず関係を持っていません。)

執筆:市川衛ツイッターやってます。良かったらフォローくださいませ

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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