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働けなくなったらお払い箱。人を人として扱わない見過ごせない日本の現実をリアルに伝えるために

水上賢治映画ライター
「海辺の彼女たち」の藤元明緒監督(右)と渡邉一孝プロデューサー 筆者撮影

 デビュー作「僕の帰る場所」が世界30以上の映画祭を巡った藤元明緒監督の最新作「海辺の彼女たち」は、ベトナム人女性3人を主人公にしながら、いまの日本という国が透けて見えてくる、いや、できれば見たくないことを見せつける1作といっていいかもしれない。

 この物語で描かれることは、意識はしていないかもしれないが、実は知らず知らずのうちに自分たちが加担しているかもしれない、あるいは自分には関係ないと無視を決め込んでいるかもしれない、そんな事柄ばかりだ。

 ゆえに、観終えたとき、後味の悪さが残るかもしれない。でも、きちんと真正面からみなければいけない現実がここにはある。

 その作品を藤元監督と渡邉一孝プロデューサーの話から紐解くインタビューの第二回へ入る。(全三回)

オーディションは振り返ると、ぞっとします

 第一回目のインタビューは主に作品の内容についての話になったが、今回は作品の舞台裏について訊く。

 本作の物語に真実味を与えたのは藤元監督の脚本力もあるが、ベトナム人技能実習生を演じた3人の若きベトナム人女優たちの存在も忘れてはならない。

 そのホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニューの3人は、ベトナム2都市100名以上の候補者の中から選ばれた。

 オーディションはどういうものだったのだろうか?

藤元「2019年6月にベトナムのハノイとホーチミンに、撮影監督の岸建太朗さんと渡邉プロデューサーと渡航して、オーディションに臨みました。

 日本とベトナムの合作映画があまりないこともあって、けっこうな応募があって、プロアマを問わず100人以上の候補者と出会いました。

 その中から、ホアン・フォンさん、フィン・トゥエ・アンさん、クィン・ニューさんの3人を選んだんですけど、ほんとうに悩みました。

 三人というのはバランスが難しくて、背格好や顔の造形などそれぞれに個性がありながらも、どこか統一感もないといけない。

 いろいろな面で3人の相性が良くないといけないんですけど、僕の中で、その最高のバランスがホアン・フォンさん、フィン・トゥエ・アンさん、クィン・ニューさんが並んだときにカチッとハマったんですよね。

 一人身長が違っただけで、あの3人のバランスは出なかったと思います」

渡邉「よく3人に(藤元監督が自身のキャスティングの)理想を見出したと思います」

藤元「振り返ると、ぞっとします」

渡邉「ベトナム側の映画会社にお願いして、オーディションの会社を通じて、募集をかけてもらったんですけど、100人以上集まってオーディションをまっていてくれた」

藤元「滞在が1週間で、その間に決めなくてはならない」

渡邉「オーディション時は、まだまだ応募者いるから、『早く次みないと』とせかされるというか(笑)」

藤元「ほんとうに、プレッシャーで。これ失敗したらどうなるんだろうと考えました。

 よく映画はキャスティングで7割決まるというじゃないですか。今回、ほんとうにそうだなと実感したんですよ。

 けど、オーディションを振り返ると、よくあの短い時間で、3人を選べたなと思って。振り返ると、綱渡りで冷や汗ものです(笑)」

 これは演出のたまものでもあると思うが、ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニューという3人からは、いい意味で俳優の匂いがしない。

実のところ、過酷な状況に置かれた技能実習生にみえるのか心配していました

 技能実習生という名のもと、日本にきて過酷な労働にさらされるごく一般のベトナム人女性としてそこに存在している。働いている人間の匂いが感じられる。

藤元「そう感じてもらえたら、すごいうれしいです」

渡邉「それはうれしいです。監督の演出によるところもあるんですけど、フィン・トゥエ・アンは俳優だけでなく、モデルもしていて華奢。

 ホアン・フォンは主演経験が一本ある俳優、クィン・ニューは演技未経験のバリバリのモデルで、この二人も華奢で、普段のいで立ちをみると、ちょっと一般人、しかも肉体労働している人にみえない」

藤元「オーディションのときに、その点は確認したんですけど、ベトナムは韓国映画の影響とかあってか、女優さんは色白でやせた体型が好まれるところがあるらしいんですよ。

 ただ、演じる女性は、ベトナムの田舎から日本に働きに出るという設定なので、それでは困る」

渡邉「オーディション時に、メイクをしないでくださいとお願いして。

 素顔の状態でみて選んではいるんですけど、実のところ、僕は果たして過酷な状況に置かれた技能実習生にみえるのか心配していました」

藤元「そうなんですよ。ほんとうに日本のどこかにいて働いていると実感をもってお客さんが感じてくれないと成立しないので、どうなるかと思ったんですけど、奇跡的にうまくいったというか(笑)」

「海辺の彼女たち」より
「海辺の彼女たち」より

境遇は違うけど、技能実習生の役と自身が同じ道を辿っている

 ベトナムの3人の俳優が、ほんとうの技能実習生に見えるようになったのは、そうするためのいろいろな下準備があったという。

 ある意味、日本での撮影に入る前から、彼女たちの役作りははじまっていたという。

藤元「3人は今回の映画の撮影のために、パスポートをとったんですけど、そこからもう役につながっているんですよね。

 生まれてはじめてパスポートをとって、日本に仕事をしにいく。不安もあるんだけど、どこかまだ見ぬ場所にいけるわくわくした感じもある。

 境遇は違うけど、技能実習生の役と自身が同じ道を辿っている。役と自身が地続きでつながるところがある。

渡邉「日本語の勉強をしたりもして」

藤元「ええ。これが裕福な家庭に育って、ばんばん海外にいったことがある子だったら、たぶん成立しなかったと思います」

実際に漁師小屋で過ごし、実際に朝4時に漁にでてもらう

 日本にやってきた彼女たちは、ロケ地の青森に連れていかれて、役と同様に漁師町で実際に生活するような形になったという。

藤元「今回は、主に青森県の外ヶ浜町というも港町でロケをしていて。町も地元の漁師さんも全面協力してくれたんです。

 この協力のおかげといいますか。スタジオとかだったら、あんなふうにはならなかった。

 彼女たちの住居となる漁師小屋も本物でセットではない。実際の漁師小屋で彼女たちには時間を過ごしてもらいました。

 魚の仕分け作業も、実際に稼働しているときに、3人を放り込んで撮っているんです。

 つまり本物の漁師さんといっしょに働いている。

 実際の働いてる空気を感じてもらいながら、彼女たちにはそこに存在してもらった。

 ですから、俳優たちに何かを演出するというよりも、その役が実際に置かれる場所の環境を固めていった。

 このことが演出的には最大のテーマでした」

渡邉「実際に働いている漁師さんと彼女たちがいっしょになったとき、どうやったってギャップが出るんじゃないかと思って、最初は怖かったんですよ。

 これは成立しないだろうと。

 でも、撮った素材をみたら、いい感じになじんでいる。

 ほんとにいっしょに働いているから、作業して彼女たちがいい具合に疲れていく。

 新しい環境にもいきなりほんとうに飛び込んでいるから、その戸惑いや不安が出ている」

藤元「たとえば朝の仕事のシーンを撮るとなったら、作りものだったら、9時ぐらいから撮ればいいかなとなる。

 でも、実際に漁師さんが仕事をするときに撮影をするから、朝4時にいくんですよ。

 全シーンカットしちゃいましたけど、朝4時に船に乗って網をあげるシーンも撮っている」

渡邉「ほんとうに仕事が終わったあと、彼女たちは疲れ果てていた。

 日を追うごとに、その度合いも色濃くなっていっていた」

藤元「俳優さんなんだけど、実際の現場のリアルな環境に飛び込んでいく。

 実際に日本を体験していくことを積み重ねていってもらった。

 たとえば、最初の仕事場から逃げ出して、電車に乗って、新たな地へと向かうシーンがありますけど、あそこもどこにいくか、どこで降りるかも伝えていないんですよ。

 なので、車内での不安そうな表情とか、交わす会話は彼女たちのそのときの心境が現れている」

渡邉「今回に関しては、そんなに日本のこと知らない設定だから、そのまんま彼女たちが体験することがほんとうにそのまま役になる。

 だから、仕事場にしても、それこそ歩く道にししても、実際にあるところに身を置いてもらって、それをこちらはドキュメントしていくというか。

 実際の場に彼女たちに入ってもらって、そこにカメラが入って撮る。それがめちゃくちゃはまってくれたと思っています」

「海辺の彼女たち」より
「海辺の彼女たち」より

藤元「自分とはほど遠いキャラクターを演じる喜びということが俳優さんにはあると思うんですよ。

 でも、今回は自分自身がもしかしたらこういうシチュエーションになって、こういう人生になってしまったかもしれない。

 そんなふうに身を寄せてもらいたかった。だから、役名も彼女たちの名前にしてもらったし、何かの分岐点で一歩間違えたらこうなってたかもしれないって感じてもらって。

 役ではなくて、どこか自分がそこにいるっていうことを感じながら、自分という人間を素直に出せる場所にしたかったんですよね」

渡邉「魔法をかけるに近いことをしているなと思いました」

藤元「自分自身、勉強になりましたね。

 役を演じてる人だけに演出しても無理なんです。

 周りのエキストラさんも、エキストラ事務所から呼ぶのか、それとも本物の漁師さんを呼ぶのかで、大きくかわってくる」

渡邉「今回は、本物の現場だから、ほぼ実際の人に頼んで。」

 お医者さんもほんとのお医者さんです。知人の紹介で繋がった、ふだんから外国の方を診察しているお医者さんです」

藤元「すごく迷ったんですよ。

 お医者さんの役とか、主要な漁師さんの役は、ちょっと名前の知れた俳優さんを起用したほうがいいんじゃないかと」

渡邉「日本の映画だったら、ふつうはそう考えるよね」

藤元「でも、あのリアルな場作りを考えると違うなと。

 実際、そうしなくてよかったと思っています。

 たぶん、変に俳優さんを起用してしまっていたら、もうそれだけで現場の空気が違うものになっちゃった気がするんですよね」

 こうした徹底した場作りにより、まさにフィクションとは思えない、彼女たちの日常を目の前で生でみているような感覚におちいる映像となっている。

カメラマン・岸建太朗の存在

 このすばらしい映像に貢献したのは、間違いなく撮影監督の存在。3人の女性たちの一挙手一投足を見逃さない岸建太朗のカメラワークは注目してほしい。

藤元「変な言い方になるんですけど、映像に映っているのは3人の女性。彼女たちがいろいろとアクションしているわけですけど、そこに常に4人目の演じ手が存在しているんですよね。

 それが岸さんのカメラなんです。岸さんのカメラは、彼女たちといっしょになって演じている。

 どこのポジションで一緒にいたいかみたいな嗅覚が岸さんはたぶんすごくて。通常だと考えられないポジションをとる。

 そのポジションって、岸さん自身が俳優もやるからか、役者同士のポジションに近いんですよね。

 たとえば満員電車のシーンとなったら、通常のカメラとしては主人公を中心に置いた構図で撮ると思うんです。

 でも、岸さんはそうじゃなくて、一緒に旅してたら自分ここにいるよねっていうところから撮ろうとする。

 彼女たちに寄り添うのとも、彼女たちと絶妙の距離感を保つのとも違う。

 なんか彼女たちと帯同している感じなんです」

渡邉「岸さん、ベトナム語は分からないのに、なんか3人が会話しているときも、それぞれにカメラをふる。

 かなりむちゃぶりの撮影。だって、なにを話しているかわからないわけだから。でも、なんか絶妙なタイミングで収めている」

藤元「『岸さん、セリフ分かっているんですか』と聞いたら、『いや』と(笑)。

 でも、誰がどのタイミングでしゃべって、どういう内容かわかんないのに、なんかカメラワークがあっている。たまに思いっきり間違えたところあるんですけど(苦笑)。

 ほんとうにカメラには注目してほしいです」

(※第三回に続く)

「海辺の彼女たち」より
「海辺の彼女たち」より

「海辺の彼女たち」

脚本・監督・編集:藤元明緒

出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー ほか

神奈川・あつぎのえいがかんkikiにて 10/1(金)まで、

神奈川・シネマアミーゴにて9/26(日) 〜 10/9(土)、

東京・CINEMA Chupki TABATAにて10/1(金) 〜 10/15(金)、

ほか全国順次公開中

詳細は公式サイトにて → https://umikano.com/

筆者撮影以外の写真は(C)2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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