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木村ワールドへようこそ 異次元の受け師、木村一基の世界

松本博文将棋ライター
2005年、木村一基現九段(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

【前記事】

竜王戦挑決三番勝負第2局 木村一基九段(46)が豊島将之名人(29)に逆転勝ち

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190823-00139592/

 挑決第2局、豊島-木村戦。そのハイライトは中盤で、木村九段が歩越しに△5四玉から△6四玉と泳ぎだしたところでしょう。これほど早い段階で、玉が四段目に露出する例は、そうはありません。まさに木村ワールド全開、といったところでした。

 図は2000年度NHK杯▲木村一基五段-△田中寅彦九段戦より。

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 向かい飛車から早い段階で戦いが始まっています。△4六角の王手にどう応じるのがよいでしょうか。

 ここから▲5七銀と強く受けるのが木村流でした。以下△同角成▲同玉で三段目に玉が飛び出る形になりますが、大丈夫と読んでいます。さらに△4三飛(角取り)▲4五歩(角取りを受ける)△3三桂(次に△4五桂をねらう)と進んだ際に、▲6六玉と上がるのが木村一基の世界。

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 形勢はほぼ互角です。この一局は二転三転の末に、最後は186手で田中九段の勝ちとなりましたが、木村流の玉上がりが記憶に残りました。

 続いて2001年竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第1局▲羽生善治四冠-△木村五段戦。

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 後手陣には二段目以下に4枚の歩が打たれています。王者にこれだけ押し込まれて、形勢は圧倒的に不利。ともすれば、気が萎えそうなところにも思われます。しかし△6二桂が百折不撓(ひゃくせつふとう)の木村流。この桂打ちが、最後に歴史的なドラマを生みます。

 28手進んでクライマックスの局面。

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 図では羽生四冠が勝勢です。木村五段からの王手にどう応じるか。(1)▲5六同玉は△5五飛が王手馬取りになって逆転です。代わりに(2)▲7六玉、あるいは(3)▲6六玉と逃げれば、ほぼそれまででした。しかし、羽生四冠の次の一手は(4)▲6四玉――。史上最強の棋士の、おそらくは生涯一の大落手でしょう。木村五段が△6五飛と打って、そこで終局となりました。

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 これは、見れば見るほど、不思議な図面です。羽生玉は、どこにも逃げる場所がありません。史上最強の棋士もまた、異次元の世界に引きずり込まれてしまったのでしょうか。

 こちらは2009年の大和証券杯▲行方尚史八段-△木村八段戦。同学年のライバルにして、親友同士の対戦ですが、△6一飛の自陣飛車が木村流。

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「いきなり木村ワールドにはまりこみました」

 とは、局後の行方八段のコメント。行方陣は手つかずのままで残るのですが、形勢は大差となります。

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 最終図もまた、不思議な世界を見せられているようです。

 続いて2011年B級1組順位戦▲木村八段-△松尾歩七段戦。

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 ▲6五歩がワールドへの招待状です。以下△8七歩成▲同金△8六歩▲9七金△7三角▲7七玉と進行。

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まさかの玉上がり。玉は最強の受け駒でもある。木村ワールドへようこそ。

出典:牛蒡記者「名人戦棋譜速報」コメント

 この後の松尾七段の指し回しが見事で、木村八段の工夫は実りませんでした。しかしこれもまた、木村流のロマンあふれる構想には違いありません。

 最後に今年6月の王位戦挑戦者決定戦▲羽生九段-△木村九段戦より。

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 木村九段が苦しい局面をしのいで、形勢不明になったと思われるところです。

 ▲8二飛の王手に対しての合駒。△6二桂という符号はそんなに多くは現れないと思われますが、いかにも木村流の展開でしょうか。進んで、詰まされたのは木村九段の玉ではなく、なんと羽生九段の飛車でした。

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 見る者を魅了する木村ワールド。そのさらなる深淵な世界が示されていくのは、実はまだまだ、これからなのかもしれません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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