先住民イヌイットが語る、デンマーク領グリーンランドで進行中の植民地主義
日本の6倍となる世界最大の島グリーンランドは、1721年から1953年まではデンマークの植民地であり、現在はデンマーク自治領だ。実は「植民地」は過去形ではない。今、現代版に形を変えた「植民地主義的なマインドセット」「グリーン・コロニアリズム」「過去の植民地時代の遺産」がグリーンランドの人々を苦しめている。
グリーンランド人権理事会(Chair of the Human Rights Council of Greenland/HRCG)の議長・グリーンランド大学の助教授であるQivioq Nivi Løvstrømさんは、HRCGおよびグリーンランド外務省で、担当課長としてアジア・気候・貿易・人権分野で勤務した経験がある。また国連傘下の世界先住民ユース会議(Global Indigenous Youth Caucus/GIYC)の元フォーカルポイント(中心人物)、後に共同議長を務め、現在は顧問。北極圏と地球の未来に関する国際的な対話と協力のための最大のネットワーク「Arctic Circle」の諮問(しもん)委員会のメンバーでもある。
彼女はノルウェーの首都オスロで開催されていた北欧の多様性会議「ダイバーシファイ北欧サミット」にグリーンランドの先住民イヌイットとして登壇していた。
デンマークでグリーンランド人が未だに感じる偏見と排除
9月15日、デンマーク人権研究所は、デンマークに住むグリーンランド人学生の学生が「偏見や排除とセットとなった学生生活を送っている」と発表した。多くの若いグリーンランド人学生は、グリーンランドで初等・中等教育を修了した後、教育を受けるためにデンマークにやってくる。しかし、報告書ではデンマークでの就学期間には多くの課題があることが指摘された。例えば、都市オーフスではグリーンランド人学生が抵抗や包容力の欠如を経験しており、グリーンランド人学生の高等教育課程での退学率も高い統計が出ている。
「3人中2人が危険を感じており、軽蔑的な名前で呼ばれたり、デンマーク市民として楽しい時間を過ごせなかったと報告しているのです。私の妹はこの秋からデンマークで教育を受け始めたのですが、私は妹が出発するまで非常に心配し、恐れ、涙を流しました。私はデンマークではアジア人に見られがちなのですが、これはとても『特権的』なのだとも認識しました。デンマーク人は私をアジアからの観光客と誤解するので、英語で話しかけてきて、人間扱いするからです。このような状況にあることは、本当に悲しい。会場にいる皆さんと同じように、デンマークはグリーンランドについて何も知らないのです」
土地に勝手に入り込み、奪うだけ奪って去っていく人々
「私たちはグリーンランドの観光業と海運業を拡大しようとしています。氷が溶けることによる新たな機会をより多くの人々に利用してもらうために、私たちはインフラ整備に投資しました。残念なことに、私たちの土地や水域には人を尊重しないクルーズ船が多く寄港しています。結局、グリーンランドからお金を奪っていくだけで、地元の人々にお金が渡るわけでもありません」
違法なのに「賢者の石」と呼ばれる石をグリーンランドから持ち運ぶ人、日ごろから謎の船が多くグリーンランドにやってくることに、地元の人は怒りを感じているとQivioq Nivi Løvstrømさんは話した。そのような身勝手な人々が外部から来ることで「残念なことに、氷が溶けるのと同じくらいの速さで、私たちは干からびつつある」と語る。
「現状に対して国際的に対処する必要があります。グリーンランド人の多くはFacebookを使っているのですが、『クルーズ船でもないのに、どこの誰かもわからない船が私たちの海岸にやってくる』と文句を書き込んでいます。『私たちの土地に来て、石をいくつか取って、また去っていく』と。私たちは現在進行形でこのような肉体的・精神的な苦しみを味わっているんです」
グリーンランド女性に避妊を強要していたデンマーク政府
デンマークでは現在、過去にグリーンランドの女性たちに政府が避妊を強要していたことを巡って補償を求める動きが出ている。
1960年代、グリーンランドでは出生数が大幅に増加。保育所や学校、医療施設に多くの資金が必要となるため、悩んだデンマークの政治家は「スピラル・キャンペーン」なるものを開始した。「スピラル」は避妊の目的で子宮内に装着する小さな器具IUD(子宮内避妊用具)を意味する。
1966年から1970年の間にグリーンランドに住んでいた9000人の出産適齢期の女性と少女に挿入されたIUDの数は4500個にも及ぶ。「少女と女性を守るため」とされたが、当時のIUDは女性に精神的・肉体的苦痛を強いるものだった。長い時間が経ち、女性たちはやっと口を開き、トラウマになるような婦人科的処置、不快感、痛みを経験したことを話し始めている。何人かの女性は、産後の診察で医師がまだ子宮を調べている最中や中絶に関するプロセス中に「知らないうちにIUDが挿入されていた」とも報告している。
- デンマーク公共局:Spiralkampagne
- デンマーク公共局:Grønlandske kvinder stævner staten: Vil have erstatning for spiralsagen
- BBC:グリーンランドの女性たち、過去の政府による強制避妊めぐり補償求める
- The New York Times: They Were Given IUDs as Children Without Their Consent. Now, They Want Compensation
「過去70年間、医師と患者との十分な情報を得た上での合意であるインフォームド・コンセントなしに、女性が強制的にIUDを挿入させられてきた。この事実が明らかになったことで、私たちはトラウマを抱えることになりました。11歳の子どもたちにまで及んだこの行為は、『大量虐殺の試み』とさえ言えるでしょう。これは世代を超えたトラウマです。子どもを望んでいた女性が、子どもを授かることができなかったのです」とQivioq Nivi Løvstrømさんは話した。
グリーンランドを悩ませる現代の植民地的なマインドセット
北欧各国では再生可能エネルギーの普及を急いでいるが、土地や新しいエネルギーを求める動きは、各国の先住民との間に問題を作っている。「グリーンランドで石油のような鉱物を探して儲けようとする人々がいる」と批判するQivioq Nivi Løvstrømさんは、グリーンランドでは1994年から水力発電を導入しており、現在はエネルギーの74%を水力発電でまかなっていることを挙げ、「エネルギー使用に関しては、私たちはすでに非常に環境に優しい」、だからこれ以上土地を荒らさないでほしいと切実に思いを打ちあけた。
北欧では意外なほどに、まだ「植民地主義」や「植民地的なマインドセット」が続いている。気候危機対策を急ぐが故、「抑圧されてきた人々」への配慮を忘れた「グリーン・コロニアリズム」(緑の植民地主義)は「北欧のグリーンウォッシュ」として新たな亀裂を生んでもいる。
「私たちはやっと歴史について互いに語れるところにまできた」とQivioq Nivi Løvstrømさんは話したが、歴史の内省と同時に「現代の形の植民地主義」に現地の人々が意識的にならなければ、北欧各国で似たような問題はこれからも続くだろう。