コロナ禍で働く人の意識はどう変わるか~3000人意識調査の分析~【江夏幾多郎×倉重公太朗】第1回
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今回のゲストは、神戸大学経済経営研究所の准教授であり、「人事管理論」を専門的に研究している江夏幾多郎さん。2020年4月と7月に、リクルートワークス研究所や大学所属の研究者有志と共同で、コロナに関する意識調査を行いました。新型コロナウイルス感染症の流行時に、働く人々はどのような対処を行い、どのような変化を認知したのか。また、どのような心理状態にあったのかを明らかにするための調査です。江夏先生に調査結果を分析していただきながら、コロナ後の働き方について考えます。
<ポイント>
・リモートワークを望む人、望まない人の割合は?
・上司と部下の関係性には変化が生まれたか
・リモートワークで生産性は上がったか?
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■大学卒業後、研究者を志した理由
倉重:今回は神戸大学の江夏幾多郎先生にお越しいただいています。江夏先生は人材マネジメントの専門で、かなり早くから「コロナで働き方がどう変わるか」という非常に興味深い調査をされています。その話の前に、まず自己紹介を簡単にお願いできますか。
江夏:実は「人材マネジメントの研究者になろう」と思って大学やゼミを選んだわけではなくて、本当にたまたまなのです。
倉重:学部の時は何をしていましたか?
江夏:学部は一橋の商学部で、守島基博ゼミの第1期でした。
倉重:人的資源管理論の第一人者ですね!それはもう運命づけられているような感じがしますね。
江夏:もともと戦略論やマーケティングの方に興味があったので、ゼミに入って1年目は人事の研究者になることは思いもしませんでした。当時は就職氷河期だったので、普通の同年代はエントリーシートを書きまくったり、意識の高い学生だとベンチャー企業に行ったりしていました。私はどちらにも乗り切れずに、留年もしながらダラダラしていたのです。それが卒業前の年にたまたま経営学、主に組織論の学説史の授業を受けて「理論的に考えるってすごい」「組織について深く考えてみたい」と思ったのです。
商学部に入るくらいなので経営や企業組織そのものに関心がないわけではありませんでした。卒業単位を取るために取った組織論の授業がすごく面白くて、「世の中の様々な組織に関心を持ちつつも自分自身はその一員になろうと思い切れない」というモヤモヤと、組織の理論の面白さが、「組織論ベースで人事管理を研究する」という生き方につながりました。
倉重:なるほど。それは業界的にはよくあるのですか。
江夏:一般的にはあまり褒められたタイプではありません。「その会社の製品のファンなので入社志願する」「自分が対人関係に悩んできたので、就職したら人事を担当して、そういう人を減らしたい」という感じなので。「気持ちはわかるけれども職業上のコンピテンシーとは別だよね」なんてたしなめられますよね。それと近いのです。
倉重:論理的ですね。
江夏:当時の人事の業界で言われ出していたのが「企業の競争力や持続性につながる人事」ということです。従来の労務管理や労使関係にはなかった視点です。「人材マネジメント」とはいっても、一人ひとりだけではなく、人々の集団に着目する意義を学んだゼミでした。個人の心理や行動に着目するだけでは説明できない、集団特有の現象や規則が作られたり変わったりすることに興味を覚えたのです。実際の物事を概念的に捉え出してから、研究者になるというキャリアイメージがわいてきました。
倉重:自分が大学生の時は研究者になることなど全く考えたこともありませんでした。5年生ぐらいの時にそう思ったのですね。
江夏:ずっとモラトリアムだったのが急に「研究者になる」と言って、動き始めたということです。
倉重:大学院も東京でしたか?
江夏:いえ、一橋でそのまま上がるのではなくて、神戸大学に2年間いて,金井壽宏という先生に師事しました。もともとリーダーシップとモチベーションの先生でしたが、それにとどまらない知識の幅がある、一言で言うとウルトラマンで、人事界隈でもよく顔を出されていた方でした。神戸で楽しく雑食的にいろいろなジャンルの文献を読みかじっているうちに、人事制度などの規則のみならず、その規則の背景にある企業の歴史や社会制度を念頭に置きながら人事管理について考えたいと思うようになったのです。より「人事管理専攻」という色が濃い研究室に身を置くため、博士後期課程では一橋の守島ゼミに出戻りました。
倉重:神戸や一橋の大学院に行って、研究者の第一歩を踏み出してからは、特に迷いなくずっと研究者だったのですか?
江夏:色々と環境に恵まれていた要素は大きいですが、一旦「入院」すると決めた以上、今さらコンサル稼業や会社勤めという発想には至りませんでした。本や論文を読んでまとめて、自分なりの意見を加味して「ここがいい」「自分だったらこういう論理にする」という話題をゼミや学会で提供して、コメントをもらうとことがしんどく、でも楽しかったですね。
倉重:では、研究職が肌に合っていたのですね。
江夏:そうですね。博士論文を書くために、ある会社で8カ月ぐらいフィールドワークとして「人事部付きのインターン」という肩書でお邪魔をしながら、人事評価制度の運用実態を調べていました。
倉重:8カ月も張り付くのですか。すごいですね。
江夏:評価制度を使う人や運用する人、運用対象となる人にインタビューをしたり、社内向けの説明資料や労使協議の資料を読解したり。ちょうど成果主義についての良し悪しが激しく論じられていた頃ですね。
倉重:2000年代前半〜中盤ですね。
江夏:そうです。「社員間での給与格差や大幅な給与の増減が生じない」など、人事部が思うようには運用されていないことに着目しました。それは悪いことだとは限りません。職場で上司と部下の間で合意が取れていたら、どんな目標でもいいし、どんな評定結果でもいいのであり、制度設計だけでなく運用上の工夫のあり方が大事です。成果主義に対する極端な賛否の中からは汲み取れない、評価への納得感の源泉についてまとめたというのが博士論文でした。
倉重:なるほど。
江夏:法律もそうだと思いますが、定められた条文としての人事制度があり、現場での実践を踏まえて、場合によってはまた条文が見直されるというダイナミックな関係こそが組織経営としての人事管理の中核ではないかという考えをまとめ、学位をいただきました。
■産学連携チームにより意識調査
倉重:今回コロナで働き方に変化があったのか、ないのかということを調査されたと思います。この調査についてご紹介いただけますか。
江夏:多くの方が2~3月ぐらいに、「自分たちの生活や働き方はどうなるのだろう」と考えたと思います。大きな変化を感じる部分もあれば、変化がない部分もありました。社会・経済活動について、アクセルとブレーキを同時に踏むような動きがあったり、強制力があるのかどうかわからない「自粛要請」もありました。
また、「物理的な対人接触という社会性の根源にあるような活動を抑制することが、最も社会性のある振る舞いだ」という逆説が実現しました。ボヤッとした不安感が個人的にあって、その反面、これまでの様々な負の側面をリセットするような「新しい生き方、働き方」が生まれるかもしれないという、よく分からないなりに楽しみな部分も出てきたと思います。さまざまな個人、組織、業界を比較する中で、これからを生きる、あるいはこれからを働く上での何かヒントが見つかるのではないかと思って、SNSで共同調査を呼びかけたのです。
一度呼びかけると、翌日には産学連携のチームができました。大学に所属する研究者6名と、リクルートワークス研究所です。メンバー一人ひとりの専門性、調査票を設計するための業務分担、サンプルの確定と収集、データの集計と解析、そして予算的なところなど、いろいろなファクターを考慮に入れた結果、いい補完関係が作れました。
倉重:何人ぐらい調査分析しましたか。
江夏:2回調査し、4月中旬の1回目調査では4,300人余りから回答をもらいました。この方々にもう1回、7月末に繰り返し調査を依頼し、答えてくれた方が3,300人余りいたのです。
倉重:かなりの数ですね。
江夏:そうですね。最終的な分析対象は、「2回の調査に連続で答えてくれた人」としました。3カ月での変化の全体傾向を見たり、ある要因について数値が上がった人と下がった人を分ける要因を探ったりしています。大学の研究者の調査なので、何を聞き取るか、どのように因果推論するかなど、類似の調査には見られないような微細さがあると思います。
倉重:なるほど。調査の分析に関する専門的なお話は省かせていただきますが、リモートワークを全く希望しない人が6割ほどいらっしゃって、「結構いるな」と私は思いました。そういう読み方は正しいですか?
江夏:少なくともそのような結果になっていますね。
倉重:かなり多いかなという印象です。
江夏:地域や職種、場合によっては個人の学歴や組織内の位置などにより変わってきます。端的に言うと、東京の高学歴ホワイトカラーはリモートワークが大好きです。ただそういうカテゴリーに該当しない人も多いということです。
倉重:3,000人の参加者は全国から集めたのですよね。
江夏:そこは男女や世代の比率が、実際の日本の労働力構成となるのと同じになるように意識して集めました。結果として所得水準や業種・職種も、全国傾向から極端にズレるようなことはありませんでした。
倉重:なるほど。業種柄リモートなどは全くできないという方々も入っていますよね。
江夏:そうです。ただ社会的にリモートワーク導入のピークであった4月中旬でも全くしてなかった人が4分の3いたことを踏まえると、「リモートをしたかったけどできなかった」「もっとしたかった」という人がサンプル全体の1〜2割ほどだったことが言えます。「やりたくないのにやらされている」という人も、少ないけれどもいました。
倉重:リモートワークをしている人が一番望んでいるのは、一部リモート、一部出社のような形ですか?
江夏:傾向としては、そのように出ていました。リモートワークを望んでいない、全く望まないという人が全体の3分の2ぐらいで、残り3分の1に関しては割と均等に散らばっていた感じです。
倉重:なるほど。
江夏:週に5日以上というフルリモートワークを希望する人は全体の1割もなくて、週に2~3日など「半分ぐらい」というのが2割弱いました。
倉重:フルリモートワークよりは、何日か出社することを希望する人のほうが多いということですね。
江夏:そうです。だから週に1日だけリモートワークをするとか、週に1日だけ出社するということではなくて、「フルか半々か」という感じでしたね。
倉重:このあたりは、完全にフルリモートワークでは抵抗があるという方はまだ多いのでしょうか。
江夏:そういうことでしょうね。「時々職場に行ける」というオプションがあると安心するのだと思います。
倉重:私も今はリモートワークをしていますが、週1回は会社に行って、何人かと会ったり、ランチしたりしています。確かに完全になくすのは心の中に抵抗感があるとは思いますね。
江夏:やはり人間はそんなに急に変われません。何が合理的かは、やってみる中で徐々に見つかってくるものだと思うので。そういう意味では、少なくともこのコロナから半年、1年ぐらいという段階では、「半々ぐらいで様子を見る」というのが合理的なのではないかと思います。
倉重:なるほど。ここはまだ各会社とも模索中ですからね。
江夏:ええ。「緊急事態宣言が解除されたからリモートワークを休止した」と企業判断は、社員の働き方の選択肢の確保という観点からすると、性急だったかなというのが個人的な意見です。
倉重:確かにそう思います。あとはリモートワークになったことで生産性が上がったのか下がったのかというのも気になるところです。個人レベルではさまざまな意見があるところですが、統計的に見ていかがですか。
江夏:生産性をどのように捉えるかにもよりますが、今回私が見た感じでは、「ポテンシャルはまだまだ生かされてはいないのだろう」という気がします。「お互いの仕事の進捗や体調がリモートワークの中でもよく分かる」あるいは「社内外の人とコミュニケーションが効率良く取れる」というスコアはものすごく低く出たのです。「1:そう思わない」から「5:そう思う」の範囲で、平均値が2.5というのは相当低いです。「新しいことに取り組める」「集中して働ける」ということに関しても、「3:どちらとも言えない」より少し低めに出ています。
倉重:ということは、コミュニケーションもあまり取れないし、集中もできていないと。
江夏:はい。ただし、「会議や打ち合わせに要する時間が減った」というスコアに関しては高く出ています。あとは「総合的に見たらリモートワークは快適だ」というスコアも高かったのです。
倉重:無駄なことが減ったことを喜ぶ人は多いのですね。
江夏:仕事のプロセスをうまく回すとか、結果を出すことに関してはまだまだですが、全体的に見たらポジティブだということなのでしょう。
倉重:なるほど。そういう意味では、悪い話でもないですね。
江夏:例えば、先ほどの「打ち合わせに費やす時間が減った」というところは仕事上の負担の軽減になります。ただ、リモートワークのおかげでワークライフバランスが進んだという顕著な傾向は見られませんでした。
倉重:在宅勤務であれば、子どもの面倒を見やすくなると思うのですが。
江夏:自宅で勤務をしているおかげで、仕事の合間に家事をする、仕事と家事の切り替えがスムーズになる、という側面はあると思います。一方で調整しやすくなったことでやれてしまうことが増え、かえって負荷が大きくなったのでしょう。
倉重:「上司や同僚などとの関係性はむしろ密になった」という結果もありましたか?
江夏:全体としては、顕著には出ていません。4月調査でも7月調査でも、上司や同僚との関係が薄れたということについて、「そう思う」とする人々よりも「そう思わない」とする人々の方が多くなっています。が、実際のコミュニケーションについては、むしろ疎になっているようです。業務関連でもプライベート関連でも、情報を提供する面でも、提供してもらう面でもそうです。4月調査よりも7月調査の方でより疎になる傾向が見られたのは、4月は緊急事態宣言の最中だったので、職場を維持するために大変ななりに何とか接点を持とうとする意欲が出ていたのでしょうね。
倉重:リモートワークにおいて「あえて雑談をするようにしました」という方もいれば、「今まで雑談をしたことがなかったです」という人もいます。積極的にコミュニケーションを図っているのはまだまだごく一部という感じですか。
江夏:そうですね。全体の流れとしてはまだ出て来ていません。それがある種、4月や7月に調査をしたという特徴なのだろうと思います。
倉重:確かに。
江夏:今頃や来年にアンケートを取ったら、そういうケースが増えて、傾向として見られるようになってくる可能性はあります。今は一部のイノベーティブな人がそうしているというところなので、全体を占うのは時期尚早かなと思います。
倉重:そうですね。多くの会社がだいたい6月や7月から「出勤も含めた体制をどうしよう」という感じでいますから、まだこれからでしょうね。
江夏:そうだと思います。
(つづく)
対談協力:江夏 幾多郎(えなつ いくたろう)
神戸大学経済経営研究所准教授
1979年生まれ。一橋大学商学部卒業,同大学にて博士(商学)取得。名古屋大学大学院経済学研究科を経て2019年より現職。専門は人的資源管理論,雇用システム論。主著に『人事評価における「曖昧」と「納得」(NHK出版)など。