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「外国人」は使い捨て? 「怪我をさせて強制帰国」の残酷な現実

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 先月23日、厚生労働省は2023年に発生した労働災害について公表した。労災事故による死亡者数は755人と前年から減少したものの、4日以上の休業を要した死傷者数は前年比2.3%の135,371人と3年連続で増加している。

 全体的に増加傾向にある労災事故だが、その中でも特に多いのが外国人労働者の労災事故だ。日本全体の労働災害発生率が1000人あたり2.36人(千人率)に対して、外国人労働者は2.77人と高い割合で労災事故に遭うことがわかっている。

 本記事では、POSSEに寄せられた外国人労働者の労災事故のケースをみながら、なぜこれほどにまで事故が多発しているのかを考えていきたい。

技能実習生の労災発生割合は全体の1.7倍

 まず厚生労働省の発表から、外国人労働者の労災事故の全体像について見ていきたい。

 2023年に4日以上の休業を要した死傷者数は5672人と、前年の4808人から18%も増加している。下のグラフをみてもわかるように、一貫して労災事故に遭う外国人労働者は増えている。

 労災事故全体の件数が増えているだけでなく、労災事故に遭う割合も高くなっている。全労働者の千人率が2.36人であるのに対して外国人労働者の場合は2.77人、在留資格ごとにみていくと技能実習の場合は4.10人と全労働者の約1.7倍、特定技能は4.31人と1.8倍と極めて高い水準で推移していることがわかる。つまり労災事故の増加は、外国人労働者の総数が増えたからではなく、事故に遭う頻度そのものが高まっていることに起因している。

(厚生労働省「労働災害発生状況」より)

 さらに死亡事故も頻発している。2023年には32人(うち、技能実習生が6人)が労災事故によって死亡しており、少なくとも2019年に外国人労働者の統計が公表されて以降は過去最多となっている。

 多文化共生が謳われて、外国人労働者の受け入れがますます進む中で、あたかも状況は改善しているかのようなメッセージが発せられることもあるが、実際には、外国人労働者の働く職場はますます危険になっているということが、この統計から明らかになっている。

安全対策が講じられないまま労災事故が発生する

 私が代表を務めるNPO法人POSSEは、日本で働く外国人労働者の相談を受付けており、毎年100件ほどの相談がベトナム語や英語などで寄せられる。そのうちの4分の1ほどは労災事故に関する相談であり、近年増加傾向にある。ここでは具体的な事例をいくつか見ていきたい。

事例1
愛知県にある金属プレス工場で働くベトナム人技能実習生(30歳代男性)は、来日して1年後にプレス機に指を挟まれて骨折する大怪我を負い、3ヶ月ほど休業を余儀なくされた。この工場で使われている機械には、金属以外のものを設置すると自動的に機械がストップする安全装置がつけられていたようだが、本人が怪我をした金型交換時には、「作業効率」を上げるために安全装置が作動しない設定となっていたため、プレス機に挟まれてしまった。

同様の怪我を別の外国人労働者も過去に負っていたようで機械に不備があることは明らかだったが、会社は機械を改善するどころか、そもそも機械の操作方法について本人がわかるような言語や内容で説明していなかった。さらには全治3ヶ月とわかると、会社は「帰国しないのか」と本人に退職を迫った。

ベトナムで農業を営む両親を助けるために100万円ほどの借金を背負って来日しており、月10万円ほど送金をしていたが、働けなくなったことで自身のみならず仕送りを頼りにしているベトナムの両親の生活も困窮することとなってしまった。

事例2
和歌山県の鉄工所で働くベトナム人技能実習生(20歳代男性)は、来日してわずか3ヶ月後に鉄板に手を挟まれて指を切断する大怪我を負った。本人はクレーン操縦者と連携を取りながらクレーンで釣り上げられた鉄板を指定の位置に設置する仕事を担っていたが、クレーン操縦者が一方的に鉄板を下ろしたため、手を挟まれてしまった。そもそも来日してわずか数ヶ月の本人が通訳なしに職場でコミュニケーションを取ることは困難で、クレーン操縦者との連携が不可欠な作業が安全にできる状況では最初からなかった。

会社は労災の手続きをしており労災から休業補償として給料の80%が支給されているが、それ以外の補償を支払わないと本人に告げており、今後の生活に不安がある。

 このような労災事故に関する相談が相次いで寄せられているが、これらの事案に共通するのは、外国人労働者が理解できる方法(言語)で安全対策が講じられていないこと、そして事故後の補償について支払う意思を示した企業はないという点だ。むしろ、事故が起こった後にはほとんどケースで退職強要が行われている。

 そもそも、企業には採用時や作業内容変更時に安全衛生教育を講じることが義務付けられており(労働安全衛生法第59条)、厚生労働省の「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」は、母語など労働者が理解できるような方法で安全衛生教育を行うよう求めている。そして、母語などで説明しなかったことによって発生した事故に関しては、企業に対して安全配慮義務違反で賠償の支払いが命じられた裁判例も存在する。

 しかし、現実には法律で義務付けられた措置が講じられないまま、外国人労働者が機械についてよく理解しないまま作業させられているなかで事故が起こっている。つまり、労災事故は外国人労働者側のコミュニケーションや無理解によってではなく、企業側の安全対策の不備によって発生しているのである。

 そのうえで、労災事故に遭ったあとには、ほとんどケースで退職強要や雇い止めが起こっている。じつは労働基準法では、労災の休業補償受給中や受給終了後30日間は解雇してはならないと決められている。ただしこれは無期雇用の場合であり、有期雇用においては休業補償受給中でも契約期間が満了すれば雇い止めにすることは、労働基準法では違法とされていない(なお、雇い止めが合理的かどうかは別の判断がありうる)。そのため、ほとんどの場合で雇用期間が定められている外国人労働者は雇い止めにされたのちに、職場復帰と怪我の賠償の両方を会社に要求するアクションを起こさなければならなくなる

 会社がこのような対応を取る理由として、たとえば技能実習生の場合は受け入れ枠が制度上決められているため、怪我をして働けない労働者で一枠埋めるよりも、退職させることで新たな働き手を入れたいという企業側の都合によるものだ。そして、労災事故に関しては企業側に民事上の責任が生じる場合が多く、怪我の状況によっては数百万円から数千万円の賠償が認められることもありうるが、それを労働者に請求させないためにも退職や帰国を強要している。

企業責任の追及と再発防止の義務付け

 上の事例でみてきたように、外国人労働者が働く職場では安全よりも作業スピードや効率が重視されているなかで、十分な教育も行われないまま怪我が頻発している。

 このような外国人労働者の「使い捨て」に歯止めをかけるには、まず事故発生後に企業側がきちんと責任を果たすことが前提となる。つまり怪我に対する賠償を行い、そのうえで怪我が起こった原因を究明して再発防止策を講じる必要がある。

 ただ怪我が発生した際に、自発的に補償を支払おうとする企業は極めて稀である。労働者の怪我に対する補償は、罰金のように法律でその支払いが義務付けられたものではなく、労働者が請求して初めて支払うべきかどうかが判断されるからだ。

 そのため、まずは労災事故に遭った労働者が労働組合や労働NPOなどの支援団体につながることが大切になる。そして、一人では会社に請求できなくても、労働組合を通じて要求する場合に適切な補償や再発防止策を約束させることが可能になる。

 例えば、宮城県に事務所を構える労働組合である仙台けやきユニオンには、東北地域全体から技能実習生などからの労災事故の相談が寄せられており、山形県の建設企業で働いていて左手人先指を失う大怪我を負ったベトナム人男性は組合に加入して会社と交渉した結果、数百万円の賠償を受け取る形で解決することができた。

参考:仕事中に指を切断する被害を受けたベトナム人技能実習生が労災の補償を勝ち取りました!解決金は会社提案の4倍を獲得

 東京に拠点を置く労働組合・総合サポートユニオンにも、埼玉県の食品製造工場で働くベトナム人技能実習生が機械の操作中に手を挟まれて右手を切断する大怪我を負うなど、外国人労働者からの相談が多数寄せられているという。

参考:埼玉県の食品製造工場で働くベトナム人技能実習生の組合員が、労災事故の損害賠償を求めて会社に団体交渉を申し入れしました

 国会では、外国人技能実習制度を「廃止」して育成就労制度を導入する法案が可決され、3年以内に制度改変が行われることになった。しかしその内実はほとんど変わっていないため、このままでは今後も労災事故やマタハラといった権利侵害は増え続けるだろう。

参考:人権侵害の反省「ゼロ」 なぜ日本政府は「奴隷労働」に執着し続けるのか?

 このような外国人労働者の「使い捨て」に歯止めをかけるためにも、労働問題の解決に向けた労働組合や労働NPOなどの市民社会における支援のネットワークが広がることが必要不可欠である。泣き寝入り状態に追いやられている外国人労働者にアプローチして、問題の告発および解決に向けた取り組みが今後ますます必要になってくるだろう。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

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労災ユニオン

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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