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藤井聡太七冠の衝撃的な逆転劇。永瀬拓矢王座が「△3一歩」を選ばなかった理由とは?

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

  9月27日(水)に第71期王座戦五番勝負第3局が行われ、挑戦者の藤井聡太七冠(21)が永瀬拓矢王座(31)に勝利しました。

 これにより、シリーズの通算成績は藤井七冠の2勝1敗となりました。

 永瀬王座は、角道を止めて雁木を採用しました。序盤の駆け引きについてYahoo!ニュースで解説していますので、以下のリンク先をご参照ください。

運命の一戦!永瀬拓矢王座と藤井聡太七冠、新たな戦術で火花散る ー第71期王座戦五番勝負第3局ー

 永瀬王座は、7筋に転換した飛車を中心に据え、序盤で位を取った9筋から攻勢をかけました。永瀬王座としては、戦略通りで理想的な展開だったでしょう。

 中盤以降も永瀬王座の指し回しは素晴らしく、藤井七冠は次第に追いつめられていきました。

 中継映像では、藤井七冠は肩を落とし意気消沈している様子が伝わり、勝負の行方は決まったかのように思われました。

 しかし、終盤で衝撃の逆転が起こりました。

 その瞬間に何が起こったのでしょうか?ここから詳しく解説していきます。

AIの勝率と人間の体感

 図が問題の場面でした。藤井七冠が▲2一飛と王手をかけたところです。

「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 65手目▲2一飛まで 杏=成香(以下同様)
「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 65手目▲2一飛まで 杏=成香(以下同様)

 永瀬王座の残り時間は3分少々。この局面で王手を防ぐ手は複数あります。

 こういう状況では、「金底の歩岩より固し」という格言に従って△3一歩と飛車の道を遮断するのが一般的です。永瀬王座も感想戦でその手が第一感だったと語っていました。

 筆者はABEMAとモバイル中継で観戦しており、将棋AIの評価は大きく後手に傾いていました。

ABEMA中継:▲5%-△95%

モバイル中継:▲10%-△90%

 どちらの将棋AIも△3一歩が最善手と示していました。

 しかし、筆者の目には何故それほど大きな差なのか、理解できずに観戦していました。それは△3一歩に対して▲4三銀△同金▲3二銀という攻めがあるからです。

「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 66手目△4一飛に代えて△3一歩▲4三銀△同金▲3二銀
「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 66手目△4一飛に代えて△3一歩▲4三銀△同金▲3二銀

 次に▲3一飛成からの詰みを見ており、△4二金と受けても▲3一飛成△4一歩▲4二竜!以下の詰みがあります。

 ▲4二竜の後、

①△同歩には▲4一金△5二玉▲3四角以下の詰み

②△同玉には▲4三金△5一玉▲5二香以下の詰み

 ただし▲3二銀の場面では、最初の図から後手の持ち駒に銀が増えているため、先手の玉に詰みがありそうです。

 △7七桂▲5九玉△6九飛▲4八玉に△5七銀か△5七角か。いずれも詰みそうですが、本当に詰むのか際どい状況です。

 実戦は、持ち時間を使い果たして秒読みに入った永瀬王座が△4一飛と指しました。

なぜ△3一歩を選択しづらいのか

 この△4一飛が逆転につながってしまう一手でした。

 唯一勝ちへつながる道は、△3一歩▲4三銀△同金▲3二銀に対して、△3九飛と王手をかける手でした。

「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 66手目△4一飛に代えて△3一歩▲4三銀△同金▲3二銀△3九飛
「第71期王座戦五番勝負第3局 主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王・名人ー△永瀬拓矢王座 66手目△4一飛に代えて△3一歩▲4三銀△同金▲3二銀△3九飛

 対して、5九に持ち駒を使って受けないと先手玉が詰みに追い込まれます。

 しかし、角か香を使って受けると、受けに回られた時に先手は駒が足りず、後手玉を詰ませられません。

 後手玉が詰まなくても、5九に角か香を使って受けておけば先手玉に詰みがありませんので、後手玉に詰めろをかけ続けられれば良いのですが、角か香を使ってしまうとそれも難しくなります。

 こう書くと簡単に思われるかもしれませんが、詰めろが続かないかどうかを判断するのは容易ではありません。

 実際、図から、

A:▲5九香△4二金▲3一飛成△4一歩▲4三角

B:▲5九角△4二銀▲4三銀成

 など、際どい順が多く存在します。

 ▲3二銀の局面で、△3九飛の王手で駒を使わせてから受けにまわり、相手からの詰めろを途切れさせて勝ち、という手順は実戦的に非常にやりづらいです。もし詰めろが途切れなければ負けに転落するからです。

 これが△3一歩を選択する難易度を上げている1つ目の理由です。

 そして先ほども述べた、△7七桂からの手順は、先手玉が詰みそうに見えますが詰みません。

 この順に勝ちを求めてしまうと、勝ちのルートから外れたところを読んで時間を浪費してしまいます。しかし、詰みがあれば勝ちなのでこのルートで勝ちを求めたくなるのです。これが△3一歩を選択しづらい2つ目の理由です。

 さらに、△3一歩▲4三銀△同金に対して、▲3二銀以外に▲3一飛成や▲3二角も厳しく見える手で、先手からの有効な攻めの手段が多く見えることも△3一歩を選択しづらい理由です。

 これらの理由で永瀬王座は△3一歩を選択できませんでした。

 もし▲2一飛に△3一歩以外の有効な受け手がなかったり、▲3二銀の後の展開が容易(先手玉に詰みがある、など)であれば、指し手の選択が異なっていた可能性が高いと思います。

タイムマネジメント

 永瀬王座は、▲2一飛と指された場面で残り時間が3分少々でした。

 上述の通り、この局面では多くの読みが必要で、限られた制限時間内に正しい手を見つけることは、人間にとって非常に困難でした。

 そして、▲2一飛の局面で永瀬王座は時間を使い果たし、秒読みに入りました。この秒読みに入る瞬間は集中が切れやすく、どんな人でもミスが出やすいです。

 △3一歩に代えて△4一飛と指した永瀬王座は、その次の▲6五角に対して致命的なミスをおかしてしまいました。

 △3一歩で勝利が手中にあると感じていたにもかかわらず、読みきれずに違う手に活路を求め、そこに読みになかった▲6五角という手が飛んで来たことで思考がまとまらなかったように見受けられました。

 一方、藤井七冠は逆転した直後に、約4分の時間を残していました。

 逆転が起きた直後は危険な状況で、急に勝利のチャンスが訪れると、負けを避けようとしていた思考を切り替えるのに人間は苦労します。

 しかし、4分という時間が藤井七冠に精神的な余裕をもたらしました。

 数手進んだ局面で、藤井七冠はこの残り時間を使って読みをまとめて、勝負を決めました。

 ある意味、タイムマネジメントが勝敗を分けた一局でした。

 もし永瀬王座に時間が残っていれば、勝敗は反対になっていたでしょう。しかし、時間を投入して指し進めなければ、藤井七冠に対して優位をつかむことは難しいです。したがって、▲2一飛の局面で時間が残っていなかったのはやむを得ないことでした。

第4局は10月11日に

 それにしても、衝撃的な逆転劇であり、将棋界の歴史を変えてしまうような一局でした。

 今期の王座戦で、藤井七冠は挑戦者になるまでにも逆転勝利を見せてきました。そして、五番勝負でも逆転のドラマが続いています。

 全冠制覇という大偉業に、勝利の風が吹いているように感じられます。

第4局まで約2週間空く。これが両対局者にどんな影響を与えるだろうか
第4局まで約2週間空く。これが両対局者にどんな影響を与えるだろうか

 藤井七冠はあと1勝で王座を獲得し、全冠制覇となりますが、その1勝をつかむのも間違いなく大変です。

 今回の五番勝負では、永瀬王座が藤井七冠に対して互角以上の戦いを繰り広げています。永瀬王座は棋士人生をかけて戦うと語っており、その迫力に藤井七冠も押されているように見えます。

 第4局は10月11日に京都府京都市で行われます。

 永瀬王座の先手番であり、藤井七冠にとって厳しい戦いとなるでしょう。

 八冠達成は果たされるのか、それともすべては最終戦に委ねられるのか。

 運命の一戦をお見逃しなく。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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