サッカーとラグビー、ふたつのワールドカップを比較して見えてくるもの
南アフリカの優勝で幕を閉じた、ラグビーワールドカップ日本2019。私は今大会、日本戦の5試合を含む17試合を取材することができた。
本来はサッカーが主戦場である私が、ラグビーのワールドカップを取材した理由は、大きくふたつある。まず、日本で開催されるワールドカップが、まさに「一生に一度」に思えたこと。そしてもうひとつは、これまで6回にわたり取材してきた、サッカーのワールドカップと比較してみたかったからだ。
ラグビーという競技そのものについては、まさに「にわか」同然の私。しかしワールドカップという大会フォーマットで比較すれば、19世紀半ばに袂を分かった、ふたつのフットボールの興味深い相違点が見えてくるという確信があった。本稿では、普段サッカーを取材している視点から、あらためてラグビーワールドカップという大会について考えることにしたい。
■第1回大会:サッカーは1930年、ラグビーは1987年
サッカーの第1回ワールドカップが、南米のウルグアイで開催されたのは1930年のこと。以来、第二次世界大戦の中断期間を除いて4年に一度開催され、昨年のロシア大会が第21回だった。
ラグビーの第1回ワールドカップが開催されたのは、比較的最近のことで1987年。ワールドラグビーの前身であるIRFB(国際ラグビーフットボール協議会)設立101周年での開催となったが、主催したのはIRFBではなく開催国のオーストラリアとニュージーランド(共催)。「真の世界王者を決めよう!」と意欲満々の両国に対して、英国4協会(とりわけスコットランドとアイルランド)は反対票を投じたとされる。
結果として第1回大会は大成功を収め、第2回大会以降はIRFB主催の大会として4年に一度、サッカーのワールドカップの翌年に開催されている。今回の日本大会は第9回に当たる。
■開催期間:サッカーは32日間、ラグビーは44日間
サッカーのワールドカップは、昨年のロシア大会では64試合で32日間。ラグビーのワールドカップの場合、今大会は48試合で44日間。サッカーに比べると、ゆったりしたスケジュール感である。
とりわけトーナメントになると、その違いは顕著だ。サッカーのワールドカップでは、ラウンド16から決勝まで、試合がない日は計6日しかなかった。ところがラグビーのワールドカップでは、プール予選終了後は、週末ごとに準々決勝、準決勝、そして3位決定戦と決勝が行われている。
ラグビーの場合、選手のリカバリーに最低でも4〜5日は必要とされるため、余裕を持たせた日程となっている。今大会、その恩恵を最も受けたのが、ホスト国の日本。今大会の5試合の間隔は、中7日、中6日、中7日、そして中6日であった。プール予選の最後に戦ったスコットランドが、ロシア戦から中3日であったことを考えれば、いかに日本が恵まれていたかがわかる。
■出場国数:サッカーは32チーム、ラグビーは20チーム
サッカーのワールドカップは32チームが出場。4チームずつ8グループに分かれてグループリーグを戦い、上位2チームずつ計16チームがトーナメントに進出する。ラグビーのワールドカップは20チームが出場。5チームずつが4つのプールに分かれて戦い、上位2チームずつ8チームがトーナメントに進出する。チーム数が奇数なので、試合間隔には当然ばらつきが生じる。
日程の有利・不利が納得できなかった私は、当初「24チームなら公平になるのに」と思っていた。ところが、世界ランキング1位のニュージーランドと22位のカナダとの試合(スコアは63−0)を観戦して「実は20という数字は、それなりに必然性があるのではないか」と考えるようになった。
ラグビーの世界は、サッカー以上に実力の格差が顕著だ。ワールドカップに出場するのは、基本的にティア1(伝統国)と呼ばれる10チーム、そしてティア2(中堅国)の13チームに限られる。ティア3(途上国)でワールドカップ出場経験があるのは、ジンバブエとコートジボワールのみ。どちらもプール予選は全敗で、1試合平均50失点以上という不名誉な結果に終わっている。もしもチーム数をさらに4つ増やせば、3桁得点のような大味な試合が増える可能性は否定できないだろう。
■アジアの出場国:サッカーは4.5枠、ラグビーは日本のみ
サッカーのワールドカップは、2006年大会以降、アジアの出場枠は4.5となっている。ラグビーのワールドカップは、アジアからは日本のみが出場。韓国は日本をしのぐ強さを誇った時期もあったし、香港もアジアでは一定の存在感を維持しているものの、いずれもワールドカップには出場していない。
今大会の予選は、アジアの国々にとってかなり過酷なレギュレーションであった。予選には、スリランカ、シンガポール、フィリピン、マレーシア、タイ、グアム、UAE、ウズベキスタン、そして韓国と香港が出場。このサバイバルに勝ち残った香港は、さらにクック諸島とのプレーオフを経て、敗者復活最終予選で初出場の夢を絶たれている。
FIFAはそのグローバル主義ゆえに、ワールドカップ予選のレギュレーションも各大陸からまんべんなく出場できるようになっている。それに対してラグビーは、あくまでも「実力主義」。香港が最終予選で対戦したのが、カナダとドイツとケニアだったことからも「各大陸からまんべんなく」という発想が皆無であることが窺える。
■開催国:サッカーは拡大路線、ラグビーは伝統国+日本
サッカーのワールドカップは、これまでの21大会で18カ国がホスト国となっている。サッカーがナンバーワンスポーツでない国での開催にも積極的で、90年代以降は世界市場の拡大にワールドカップが利用された感も否めない。これに対してラグビーのワールドカップは、過去8大会は伝統国(英国4協会、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ)のみで開催。今回初めて、伝統国ではない日本がホスト国となった。
FIFAに比べてワールドラグビーは、国際化に対して消極的な態度を崩そうとはしなかった。日本の招致活動がスタートしたのは、第5回大会が開催された03年だが、もしも手を挙げていなかったら「仲間うちでボールを回し続ける」状況は今も続いていただろう。幸い日本大会は予想外の成功に終わったが、今後アメリカやロシアや中国でラグビーのワールドカップが開催されるかと言えば、それはまた別の話。ちなみに次回の開催国はフランスである。
以上、サッカーとラグビーのワールドカップを比較して見えてくるのは、主催者であるFIFAとワールドラグビーとの戦略の違いである。
FIFAはサッカーファミリーの拡大を第一に考えており、そのために将来性のある国でワールドカップを開催し、出場国の数も16→24→32と増加を続けてきた。一方で、1カ月間に全64試合がきれいに埋め込まれた日程からは、プレーヤーズ・ファースト以上に効率性と興行性を重視する姿勢が透けて見える。
これに対してワールドラグビーは(もちろん競技の世界普及を考えていないことはないだろうが)、ことワールドカップに関しては、競技レベルのクオリティー維持とプレイヤーズ・ファーストを最重要視しているように感じられる。実際、私が取材した17試合の中で「はずれ」と感じさせるものはひとつもなく、いずれも見応え十分の試合内容であった。
主催者側の戦略の違いに加え、競技の性質の違いもあるので、どちらが良い/悪いと断じるのはナンセンスである。しかし今回、サッカー側の視点からラグビーのワールドカップを取材したことで、逆にサッカー界の「常識」に対して新たな眼差しが得られたのは収穫であった。
その端的な例が、FIFAの拡大路線。すでに26年のワールドカップから、出場国数が32から48に増加されることが決っている(試合数は80に増え、開催期間も34日間になる予定)。出場枠の拡大で恩恵を受ける国々が増える一方、大会のクオリティーがどれだけ保てるのかについては疑念も残る。
英国4協会を含む伝統国が、依然として支配的であるがゆえに、拡大路線に消極的なワールドラグビー。しかしそれゆえに、アメリカのTV局や中国企業に忖度することなく、ワールドカップのクオリティーとプレーヤーズ・ファーストの精神が保たれてきた点は見逃せない。良くも悪くもグローバル化から距離を置くラグビーのワールドカップが、今後どのような方向に舵を切るのか(あるいは切らないのか)、関心をもって見守ることにしたい。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>