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どこか違和感が……。「習近平兄さん、ありがとう」巨大看板の不思議

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ベオグラードに掲げられる巨大看板(インフォーマーのホームページより)

 旧ユーゴスラビア・セルビアの首都ベオグラードの大通り。クラシックな街並みに不釣り合いな、真っ赤な巨大看板が数カ所に掲げられている。そこには中国の国旗とともに習近平国家主席が描かれ、現地語と中国語で「習兄さん、ありがとう」と記されていた。

◇セルビア大統領が中国国旗に接吻

 セルビアが中国や習主席への感謝の気持ちを表明するのは、中国がセルビアの要請を受けて医療チームと支援物資を送り、新型コロナウイルスの感染拡大防止を手助けした「恩人」であるからだ。

 医療チームと支援物資を乗せた特別機が3月21日、ベオグラードの空港に到着した際、ブチッチ大統領自らが出向き、中国の国旗に接吻するというパフォーマンスを見せた。

 セルビアは人口877万人(2019年推定)。3月7日に初めて、新型コロナウイルスの感染者が確認された。米ジョンズ・ホプキンス大学によると、5月1日現在で感染者9009人、死者179人。

 巨大看板には政府系タブロイド紙「インフォーマー」の社名が記されているため、ここが主体となって設置したとみられる。同社は、中国への感謝の気持ちを盛り込んだ碑をベオグラード郊外に建てることも明らかにしている。

 セルビアと中国は友好関係にあり、ブチッチ大統領は普段から習主席を「兄さん」と呼ぶという。AP通信によると、ブチッチ氏は3月15日、セルビア全域で非常事態宣言を発令した際、「欧州の連帯など存在しない。助けてくれるのは中国だけだ」とぶちまけた。

 新型コロナウイルスによる集団感染の発生地である中国は、国内で感染拡大に一定の歯止めをかけたあと、各国へのマスクや防護服、検査キットなどの医療物資の大規模援助を進めている。そこには、責任ある大国としての役割を果たして国際社会での存在感を高めるという狙いのほか、初動遅れに対する非難をかわす▽支援を受けた国が中国指導部を評価せざるを得なくなる――などの考えも隠されているようだ。(参考資料:中国“支援マスク”――新型コロナウイルス対策、でも欧州の一部「使わない!」)

◇「債務のわな」の恐れ

 ひと昔前の米ソ冷戦時代、セルビアの前身であるユーゴスラビアは米ソ両国と距離を置く一方、中国とは友好関係を維持してきた。1992年のユーゴ解体、社会主義の放棄などを経たあとも、その関係は続いてきた。

 それが近年、より深まる。中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を掲げ、インフラ建設などを通して欧州での影響力拡大を図る。中国にとってセルビアは、隣国ハンガリーとともに、欧州の重要な玄関口としての位置づけがある。

 AP通信によると、中国のセルビアへの近年の投資には、高速道路、鉄道、発電所への融資の推定60億ドル(約6400億円)に加え、第5世代移動通信システム(5G)ネットワークや顔認識監視機器の契約もある。

 このため、中国からの借金は膨らんでいるとみられ、欧米の研究者から「セルビアが返済ができなくなる『債務のわな』に陥る恐れがある」との警告が発せられている。

◇中国―EU間で揺れる

 一方で、セルビアは欧州連合(EU)加盟を「外交の最優先課題」と掲げる。2009年に加盟を申請し、2014年に交渉を開始し、順調にいけば2025年に実現するとされる。

 今回の新型コロナウイルスに絡んで、EUの行政機関である欧州委員会は、セルビアの保健当局に1500万ユーロ(約17億円)を緊急支援し、経済対策のための7840万ユーロ(約92億円)を約束した。またEUはセルビアが調達した280トン以上の緊急医療品を輸送するための支援金200万ユーロ(約2億3000万円)を拠出した。

 ところが、セルビア政府や官製メディアはEUからの支援よりも、中国からの援助を称賛する。政府は野党側から「中国からの援助内容を開示してほしい」と求められたが、無視したという。

 セルビアは中国にすり寄りつつ、EU加盟を目指す。このため、両者の間で板挟みになることもある。

 中国の民主活動家、劉暁波氏が2010年12月、ノーベル平和賞を受けた際、これに反発する中国への配慮から18カ国の大使館が授賞式への招待を断った。その中に当初、セルビアも含まれていた。イェレミッチ外相(当時)は「セルビアの最も重要なパートナーとの良好な関係を維持するため」と表明していた。

 ところが欧州委員会がセルビアに対して「極めて遺憾」「人権擁護はEUの基本的価値観の一つであり、EU加盟を目指す国が価値観を共有することを望む」と求めた結果、セルビアは首相特使を派遣する方針に転換した――という例がある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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