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赤ちゃんのアトピー性皮膚炎と食物アレルギーの関係 - 皮膚常在菌が鍵を握る?

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【アトピー性皮膚炎と食物アレルギーの密接な関係】

アトピー性皮膚炎は、慢性的なかゆみを伴う炎症性の皮膚疾患で、乳幼児期に発症することが多いことが知られています。実際、子どもの4人に1人が何らかの症状を経験すると言われており、なかでも乳児期の発症率は非常に高いのが特徴です。

このアトピー性皮膚炎に悩む子どもたちは、食物アレルギーを合併することが少なくありません。特に、生後早期に発症し重症化するタイプのアトピー性皮膚炎は、食物アレルギーの発症リスクを大きく高めることが明らかになっています。

アトピー性皮膚炎によって皮膚のバリア機能が損なわれると、本来なら体内に入ることのない食物由来のアレルゲンが経皮的に侵入しやすくなります。マウスを用いた複数の研究から、アトピー性皮膚炎の炎症部位から食物アレルゲンに曝露されると、皮膚の抗原提示細胞が活性化され、IgE抗体の産生や炎症性サイトカインの分泌が促進されることが示されています。つまり、アトピー性皮膚炎による皮膚バリアの破綻が、経皮感作を介して食物アレルギーの発症を導くと考えられているのです。

ご両親にとって、アトピー性皮膚炎と食物アレルギーの関係を理解し、適切なスキンケアを心がけることはとても大切なことと言えるでしょう。赤ちゃんの肌は敏感で傷つきやすいので、刺激の少ないスキンケア製品を選び、こまめに保湿を行うことが肝要です。また、アレルギー反応が疑われる場合は、早めに専門医に相談するようにしましょう。

【皮膚常在菌とアトピー性皮膚炎の深い関わり】

私たちの皮膚には、細菌、真菌、ダニ、ウイルスなど実に様々な微生物が常在しています。健康な皮膚では、これら微生物叢(マイクロバイオーム)と宿主であるヒトの間で絶妙なバランスが保たれており、皮膚の恒常性維持に一役買っているのです。ところが、アトピー性皮膚炎ではこのバランスが大きく崩れてしまうことが分かってきました。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、黄色ブドウ球菌が異常繁殖していることが古くから知られています。メタアナリシスによると、実にアトピー性皮膚炎患者の70%で病変部位に黄色ブドウ球菌が定着しており、非病変部でも30~40%、鼻腔内では62%に上ります。一方で、表皮ブドウ球菌をはじめとする本来の常在菌は減少傾向にあるのです。

この黄色ブドウ球菌は、アトピー性皮膚炎の病態形成に様々な形で関与していると考えられています。例えば、黄色ブドウ球菌の産生する毒素やタンパク分解酵素は、表皮細胞間の接着を破綻させたり、角層のバリア機能を直接的に障害したりします。また、黄色ブドウ球菌由来の抗原は、宿主の免疫系を撹乱し、炎症反応を増幅させる働きも持っています。黄色ブドウ球菌の定着は皮膚の炎症を遷延化させ、患者を掻破行為へと駆り立てることで悪循環を形成するのです。

このように、アトピー性皮膚炎の発症や遷延化には、皮膚常在菌叢のバランス異常、なかでも黄色ブドウ球菌の異常増殖が密接に関わっていると言えるでしょう。もちろん、遺伝的素因や免疫学的要因など他の病因も無視できませんが、皮膚マイクロバイオームの変化は、それら内因系の異常とも密接に関連していると考えられています。

【皮膚細菌を標的とした新たなアトピー性皮膚炎治療法の可能性】

従来、アトピー性皮膚炎の治療は、ステロイド軟膏や免疫抑制剤などによる対症療法が中心でした。しかし近年、皮膚常在菌叢を直接操作することで、根本的な治療を目指す新たなアプローチが注目を集めています。

例えば、健常人から分離した表皮ブドウ球菌を患者の皮膚に移植する試みがあります。表皮ブドウ球菌は、抗菌ペプチドを産生して黄色ブドウ球菌の繁殖を抑えたり、皮膚の免疫応答を調節したりする働きを持っています。また、皮膚の常在真菌であるマラセチアを利用する研究も進められています。マラセチアの中には、黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害する酵素を分泌する菌種が存在するのです。

ただし、これら皮膚細菌を用いた新規治療法は、まだ発展途上の段階にあります。安全性の確保や、治療効果の持続性など、克服すべき課題は少なくありません。また、アトピー性皮膚炎の病態には個人差が大きいため、皮膚細菌を標的とした治療が全ての患者に有効とは限りません。適応となる患者像を明確にしていく必要もあるでしょう。

アトピー性皮膚炎の発症予防という観点からは、生後早期から保湿剤を塗布するなどの皮膚ケアを行うことで、皮膚バリア機能の成熟を助け、ひいては食物アレルギーのリスクを下げられる可能性も示唆されています。

皮膚に常在する細菌をコントロールすることで、アトピー性皮膚炎という難治性の疾患に新たな光を当てられるかもしれません。基礎研究と臨床試験の着実な進展を通じて、多くの患児とご家族に福音がもたらされることを心から願ってやみません。

参考文献:

・Tham EH, et al. The skin microbiome in pediatric atopic dermatitis and food allergy. Allergy. 2023. doi: 10.1111/all.16044.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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