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高齢者の肺炎につながる「誤嚥」 --予防が期待される「ダイニング椅子」を検証--

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真と本文とは関係ありません)(ペイレスイメージズ/アフロ)

飲食時の呑み込み事故を原因とする肺炎(誤嚥性肺炎:ごえんせいはいえん)が、とりわけ高齢者で急増している。その予防には「食べ物の改善」が欠かせないが、それだけでは予防できないことも明らかになっている。この夏、誤嚥しにくい姿勢を保つダイニング椅子が開発されたので、その効果を検証した。

■急増が予測される誤嚥性肺炎

『2017年人口動態統計の概況』によると、日本人の死因の第1位は新生悪性物(いわゆるガン)。第2位が心疾患(心筋梗塞や狭心症など)で第3位が脳血管疾患(脳梗塞や脳出血など)。長い間、この3つが日本人の三大死因と呼ばれてきたのだが、ここへきて第3位の脳血管疾患を追い越す勢いで増えてきたのが肺炎だ。「過去の病気」とみられていた肺炎が、なぜ、ここへきて急激に増えてきたのだろうか?

第二次世界大戦までは、肺炎は日本人にとってごくありふれた病気であった。死者もきわめて多かった。戦後、日本人の肺炎は、抗生物質の開発等により急激に減少した。しかし、平成に入ったあたりからジワジワと増加し続け、ガン・心臓病・脳卒中という三大死因の間に割って入る勢いである(死因不明者が含まれている「老衰」を除く)。

肺炎になる人の多くは高齢者(もっとも、病気になる人は、元々、高齢者に多いのだが)。そして、高齢者の肺炎の原因として、昨今、注目されているのが誤嚥性(ごえんせい)肺炎。誤嚥性とは聞き慣れない言葉だが、嚥下(えんげ)という呑み込む動作が正しくできないために、飲食物が胃にではなく肺に入ってしまうこと。誤嚥された飲食物もさることながら、いっしょに肺に侵入する細菌類が悪さをして、肺炎を発症する。これが「誤嚥性肺炎」で、高齢者の致命症としてクローズアップされている。

(イラスト/吉岡昌諒)
(イラスト/吉岡昌諒)

高齢者の誤嚥性肺炎は、直接「命に関わる」ので、専門家や高齢者施設で介護に当たる人たちの間では、大きな問題となっている。同時に、そういう人たちの間で危惧されているのが、今後、「自宅で誤嚥性肺炎になってしまう高齢者」が増えるのではないかという問題である。

現在、国は「高齢者が在宅で生活をする」ことを推進している。高齢者施設のように専門家がいるケースでさえも誤嚥を防ぐのはなかなか難しい状況なのに、家族とはいえ“シロウト”が世話をしているケースでは、誤嚥が急増するのではないかと心配されるのだ。

■飲食物の研究だけでは防止できない「呑み込み事故」

飲食物が(誤って)胃にではなく肺に行ってしまうことを防ぐ工夫は、当然のことながら「食べ物の研究」から始まった。呑み込みやすくするために食べ物を細かく刻んでみたり、柔らかく調理してみたり、飲み物にとろみをつけてみたりと、こちらの研究と実践はかなり進んでいる。しかし、これだけでは誤嚥は防げないこともわかっている。

飲食物の種類や形状以外では、食べる姿勢が「呑み込みやすさ」に影響を与えることもわかってきた。これは健常者にも若い人にもいえることだが、極端な話、横になって寝たままの姿勢で食べ物や飲み物を呑み込もうとすると、きわめて高い確率でむせるし、呑み込めない。椅子に座るような形で「上半身を起こした姿勢」でなければ、飲食物はうまく胃へと入っていかないのだ。

■誤嚥しにくい姿勢を保つ「ダイニング椅子」を開発

カイロプラクティックに長年従事してきた竹田裕彦さん(鳥取市在住)は、自身の経験から「上半身がやや前かがみ」の姿勢のときがもっとも呑み込みやすいと感じていた。しかし、認知症を患った母親の食事の世話をする中で、理屈はわかっていても、食事の際、認知症の母親にその姿勢を保たせることはほとんど無理だということも知った。食事をしている間に上半身が動いてしまい、腰が前方へと移動し、頭が後方へとずれて顎が上がってしまう。

その姿勢で飲食をすると、ほぼ100%に近い形でむせてしまい、正しく呑み込めないのだ。竹田さんは、本人の意思とは関係なく「座っただけで前屈みの姿勢が保てる椅子」の必要性を強く感じた。日本中を探したが見つからず、仕方なく自分で製作することにした。

何度も試行錯誤を重ねた結果、「座るだけで、むせることなく飲食物を楽に呑み込めるダイニング椅子」の開発にたどりつき、2018年8月に(一社)体具開発研究協会から発売を開始した

■認知症の母親にも効果あり

椅子は完成したとしても、現場での使いやすさや、本当に「呑み込みやすい」のかどうかという検証を欠かすことはできない。

この椅子を実際に使っている国民健康保険智頭病院(鳥取県八頭郡)の付属介護施設「ほのぼの」の看護師は、

「誤嚥防止には食べ物が大事なことはもちろんなのですが、食べる姿勢も重要だと感じます。でも、わかってはいても、食事のときに少ない人数で多くの方たちのお世話をするのは大変で、全員につきっきりになるわけにはいきません。目が届かないところでむせたり、場合によっては誤嚥したりすることも出てきます。座るだけでそのリスクが軽減する椅子があればとても助かります」

と、椅子の効用を説く。

座ると自然に顎の位置が喉の位置よりも低くなる。モデルは椅子の開発者の竹田さん(介護施設「ほのぼの」にて、筆者撮影)
座ると自然に顎の位置が喉の位置よりも低くなる。モデルは椅子の開発者の竹田さん(介護施設「ほのぼの」にて、筆者撮影)

「ただし、この椅子はリラックスできないので、食事用と普段用の2つの椅子が必要になります。とくに普段は車椅子を利用している方ですと、食事ごとに椅子を移し替えるのがけっこう大変です。この椅子の理論を応用した車椅子用のクッションなどがあるといいですね」と今後のアドバイス。

前出の竹田さんも

「個人の経験で恐縮ですが、開発のきっかけとなった私の母も、この椅子を使うようになってからは、むせる回数がぐっと少なくなりました。認知症があっても効果がありましたので、“じょうずに呑み込めない”というだけの高齢者であれば、誤嚥予防がかなり期待できると思います。その効果をより多くの人に実感してほしいと思います」

と、自信のほどをのぞかせる。

■「呑み込み時間」が短くなることが検証された

顎を引いた姿勢の嚥下機能に及ぼす影響を検証した研究は少なくないが【※】、実際に商品化された椅子が本当に「呑み込みやすい」のかどうかを実験で明らかにするのはかなり難しい。この研究に取り組んだのは国際医療福祉大学福岡保健医療学部(福岡県大川市)の深浦順一さんらの研究班。この研究班の一人、同大学教授・爲数哲司さんに話を聞いた。

 誤嚥の予防には、1:飲食物、2:食べる道具、3:食べる姿勢という3つの要素が大きく関係します。今回、私たちは「3」に的を絞って検討しました。「呑み込みやすい」かどうかの指標はたくさんありますが、私たちは「本人が『呑み込もう』と意識してから、食べ物が喉を通り過ぎるまでの時間」を指標として、『椅子の違いによる姿勢の違いが、呑み込み時間に影響するかどうか』を調べました。

座ったときの喉の位置よりも顎の位置のほうが高いと呑み込みにくく、喉の位置よりも顎の位置のほうが下にあると呑み込みやすいといわれています。このことは自分でも確かめることができるでしょう。首を後ろに曲げて顎を上方に突き出してゴクンと唾を呑み込んでみてください。なかなか呑み込めません。逆に、顎を引いてやや下方を見る姿勢で唾を呑み込むと、簡単にゴクンと呑み込めます。実感としてはわかるのですが、これを科学的に証明するのは、予想外に大変なのです。

体具開発研究協会のダイニング椅子は被験者が座ると(被験者がだれであっても)顎の位置が喉の位置よりも低くなります。この椅子を用いての検証の結果、体具開発研究協会のダイニング椅子に座ったときは、一般の椅子に比べて、「呑み込み時間」が短いことがわかりました。

「言語聴覚研究」13(3)P1-6-06骨盤後方支持椅子による嚥下時の舌骨上筋群活動持続時間の検討(爲数哲司ら)から一部引用
「言語聴覚研究」13(3)P1-6-06骨盤後方支持椅子による嚥下時の舌骨上筋群活動持続時間の検討(爲数哲司ら)から一部引用

実際に生活している人を対象にしての研究では(どんな研究でも)きれいな結果を出すのは難しいものです。今回はギリギリではありますが、有意の差(統計学的に意味のある差)が見られました。この椅子は誤嚥を予防する対策として有効であろうと考えます。

ただし、今回はあくまでも健常者(呑み込み機能に異常がない人)を対象にした研究です。すでに嚥下機能障害のある人に対しての効果が実証されたわけではありません。また、冒頭にお話ししたように、誤嚥は椅子だけで防止できるものでは、もちろん、ありません。食べ物や食べる道具への配慮もけっしておろそかにしてはなりません。それらと並行して用いられるべきだと思います。

■車椅子や座椅子への応用は可能か

この椅子の開発者の竹田さんは、

「この椅子は誤嚥予防に効果的であることは示唆されましたが、医療用機器ではなく、あくまでも一般器具です。でも、今後ますます増えるであろう“家庭での呑み込み事故”を少しでも減らすために有効利用してほしいと思います。病院でではなく、家庭で呑み込み事故が発生すると、家族には適切な対処法がわかりませんので、そのまま重篤な状態になってしまうリスクが高いと思います。そうなる可能性を少しでも減らす努力をするのは、ご本人のためでもあり同時にご家族のためでもあると思います」と、その利点を強調する。

今後は、使った専門家のアドバイスにもあった「車椅子への応用」や、旅館などから要望のある「座椅子タイプの開発」、あるいは「この椅子の利点を保ったままで背もたれの角度を変える工夫」などに取り組んでいく意向だとか。

ネックになるのが価格。現時点では大量生産ができないために、ネットでの販売価格が1脚65000円から(送料・税別)と、ダイニング椅子として安価に設定することができない。大量に生産することができるようになれば、価格は下がってくる。もっとも、この椅子の価格が「高いか・安いか」は、購入者の使い方しだいになるのだが・・・・。

【※】「日気食会報」50(3),1999 pp,396-409 顎引き頭位の嚥下機能に及ぼす影響

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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