奈良公園の神鹿の落とし物が育む宝石=ルリセンチコガネ
奈良公園の鹿は天然記念物だ。しかも、春日大社の神様の使いである神鹿(しんろく)として崇められている。しかし、やはり鹿は鹿なので、鹿せんべいと草を食べて大量の糞をする。
年間数百トンに上るとも言われる神鹿の糞は、誰が片付けているのか。その仕事を担当しているのは人ではなく、一般に糞虫と呼ばれる虫たちだ。
奈良公園には、40~50種の糞虫がいて、それらが寄ってたかって、黒豆のような形の鹿の糞を食べ、数日で分解し尽くして、芝の肥料に変えてしまうという。そしてその芝をまた鹿が食べるという、驚くべきリサイクルが行われているのだ。
糞虫の仲間は、体長5ミリ程度で、黒く地味なものが多いが、奈良公園には2センチほどの立派な体格で、青い金属色に輝く宝石のような糞虫がいる。この宝石虫の通称はルリセンチコガネ。
この虫の正式名称は「オオセンチコガネ」だ。オオセンチコガネは、地域ごとに色彩変化がある。赤紫色のものが一番広く分布しており(関東のものはこのタイプで、これも非常に美しい)、近畿地方には緑色のものが多い。
ルリセンチコガネと呼ばれる青いオオセンチコガネの生息地は、奈良県、和歌山県などに限られているが、奈良公園にはこのルリセンチコガネが山ほどいる。
オオセンチコガネは、動物の糞の中でも、鹿の糞を好むと言われているので、奈良公園にオオセンチコガネが多いのは当然。しかしなぜ、奈良のオオセンチコガネは青いのか。
そこにはたぶん何か科学的理由があるのだろうが、虫好きとしては、神鹿の糞に秘められた神秘的な力がルリセンチコガネを青く輝かせるのだと信じたい。ルリセンチコガネは、神の使いの落とし物が育む宝石虫なのだから。
(写真は特記しない限りすべて筆者=昆虫記者=撮影)