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トルコとロシアのチキンゲーム―ロシアによる報復措置の連発がもつ効果

六辻彰二国際政治学者
(写真:Kremlin/Sputnik/ロイター/アフロ)

11月23日のトルコ軍機によるロシア軍機の撃墜をきっかけに、両者の外交的な非難の応酬が続いています。救出されたロシア軍機の搭乗員は、「警告は一切なかった」と証言。さらにプーチン大統領は、墜落現場がシリア領内だったという立場から、トルコ軍機の行動を「犯罪行為」と非難しています。

これに対して、トルコ軍は25日、トルコ軍機の通信記録を公開。公開された記録では、5分間で10回にわたって、進路を変更するよう英語でメッセージが発せられています。また、トルコのエルドアン大統領はロシア軍機が領空を侵犯したという立場を堅持しており、「これまでに何度もあった」ロシア軍機による領空侵犯にトルコ側が「冷静に」対応してきたと強調しています。

両者の言い分が全く食い違い、外交的な対立がエスカレートする状況は、トルコが西側の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるだけに、「第三次世界大戦」を懸念する意見すら呼んでいます。また、そこまでいかずとも、シリアにおける「イスラーム国」(IS)対策を目的に、フランス政府が働きかけを強めている、米国中心の有志連合とロシアの間の連携にも少なからず影響を及ぼすことは確かとみられます。

ただし、このように状況が深刻で、正面衝突がお互いにとって最大の不利益であることが明確なほど、トルコとロシアは自らの立場を鮮明に打ち出し、相手に譲歩を迫る「チキンゲーム」に向かわざるを得ないといえます。そして、そのなかで有利なのはロシアとみられます。

チキンゲームの構造

まず、チキンゲームそのものについて確認します。

チキンゲームはいわば「度胸試し」で、いくつかのバリエーションがありますが、例えば二手に分かれてそれぞれ自動車に乗り込み、同時にスタートして正面からお互いに突っ込み、先にハンドルを切った側が負け、というタイプがあります。どのタイプであるにせよ、敗者は「チキン(腰抜け)」と呼ばれます。

合理的に判断すれば、正面衝突という相互にとって最悪の結果を回避するためには、どちらかがハンドルを切らざるを得ません。そのなかで自らが生き残り、なおかつ勝利をもぎとるためには、「相手にハンドルを切らせる」ことが必要になります。

そのため、チキンゲームの必勝法としては、「わざと非合理的なふりをする」があります。例えば「強い酒を飲み、しかもそれを相手に見せつける」。つまり、「自分が合理的に判断できない」ことを相手に理解させることで、「最悪の事態を回避するという合理的な結論に行き着くためには、自分がハンドルを切るしかない」と思わせるというものです。

その他にも、「わざとハンドルを壊して、それを相手に見せつける」というものもありますが、いずれにせよ、ゲーム相手の「合理性」に働きかけることで、「自分が突っ込み続けても最悪の事態に至らず、なおかつ勝てる条件を作り出す」という意味では同じです。

このようなチキンゲームは、国際政治では珍しいものではありません。北朝鮮お得意の「瀬戸際外交」は、わざと傍若無人な態度を示し、理不尽な言い分を振りかざすことで、正面衝突という最悪の事態を回避するために、他のプレイヤーにハンドルを切らざるを得なくするもので、これは構造としてはチキンゲーム以外の何物でもありません。北朝鮮の場合は、意識的にこの構造を作り出しているといえるでしょう。

もちろん、北朝鮮のように、チキンゲームを常とう手段として用いる国は稀です。しかし、結果的に当事国がチキンゲームの構造に陥ることは珍しくありません。

例えば、2011年のIAEA(国際原子力機関)による報告書をきっかけに浮上した核開発疑惑をめぐる、イランと欧米諸国の対立は、その典型です。「核の平和利用」を強調するイランは、核開発の権利を掲げ、同国の核武装を警戒する欧米諸国と対立。この背景のもと、2012年に欧米諸国は対イラン経済制裁を強化。これに対してイランは、ペルシャ湾の入り口で原油タンカーの往来が多いホルムズ海峡近辺で大規模な軍事演習を行い、さらに経済制裁が強化された場合にはホルムズ海峡を封鎖すると警告し、緊張はピークに達しました。この場合も、当事国の全てが正面衝突という最悪の事態を回避する必要性を認識しながらも、相手が先にハンドルを切ることを期待しながらアクセルを踏み続けたことは確かといえます(これは結果的に各国の外交努力を逆に加速させ、2015年7月の関係6ヵ国によるイランの核開発をめぐる歴史的な合意に行き着いた)。

トルコとロシアのチキンゲーム―そのオッズ

今回のトルコ軍機によるロシア軍機の撃墜をめぐる一件の後、両国はまさにチキンゲームに直面しているといえます。トルコとロシアの正面衝突は、当事国だけでなく、(恐らくISなどを除いて)誰にとっても最悪の結末です。しかし、どちらの政府も、自国民の手前、そう簡単に言い分を曲げるわけにはいきません。そのため、両国政府はいずれも、相手が先にハンドルを切ることを期待しながらも、外交的非難を強めざるを得ません。

ただし、このチキンゲームにおいて有利なのは、恐らくロシアとみられます

今回の一件の後、ロシア政府は「わざと強い酒を飲み」、「むやみにアクセルを吹かす」ことを相次いで行ってきました。25日、ラブロフ外相は「トルコとの戦争」を否定しながらも、予定されていたトルコ訪問をキャンセルし、さらに国民に対してもトルコ渡航の自粛を呼びかけました。これを受けて、ロシアの大手旅行代理店2社がトルコへのパッケージ旅行の販売を中止。ロイター通信によると、トルコを訪れるロシア人観光客はドイツ人に次いで多く、これによるトルコの観光収入は年間40億ドルにのぼるとみられます。

さらに26日、ロシアのメドヴェージェフ首相は「トルコからの謝罪や妥当な説明がない」ことを理由に、トルコに対する制裁措置の策定に着手すると発表。その内容は、ロシア産小麦の輸出停止、トルコ産農産物の輸入規制、両国間の航空便の運航制限、共同の自由貿易区開設に向けた準備停止、ロシア産天然ガスをトルコ経由でヨーロッパに輸送するパイプライン「トルコストリーム」やロシアがトルコで建設している原発など大型プロジェクトの制限など、多岐に渡ります。

IMF(国際通貨基金)のDirection of Trade Statistics(2013)によると、トルコの対ロシア貿易額は、輸入が年間約266億ドルで、輸出が約66億ドル。トルコからみて大幅な入超の構造です。この貿易関係からみれば、経済制裁が実施されれば、少なくとも短期的にはトルコに大きな影響が出るとみられます。さらにトルコは、小麦など食糧だけでなく、天然ガスなどエネルギーもロシアから輸入していますが、発表された項目のなかにエネルギーはまだ入っていません。つまり、ロシア側は(ウクライナのときなどと同様に)天然ガス輸出の停止という「奥の手」をまだ用いていないといえます。

ただし、ロシアが経済制裁に踏み切ることは、当初予定されていた利益が得られないという点でロシア自身にとっても不利益があります。まして、仮に天然ガスの輸出規制となれば、資源価格が下落し続けている現状において、ロシアにとっても大きな損失が発生することは避けられません。そのような非合理的な側面をもつ経済制裁に着手する、あるいはそれを予測させること自体、相手からみれば「わざと強い酒を飲み」「むやみにアクセルをふかす」行為と映ります。

非合理的な振る舞いの先にある合理的な計算

これに加えて、今回の事案では、プーチン大統領をはじめとするロシア政府首脳から、「ISからトルコに石油が密輸されている」、「自然発生的な行為だったとみなすことに深い疑念がある」、「NATOやEUの反応におかしな点が多々ある」といったいわゆる陰謀説を流布する発言が相次いでいます。

いわゆる「国際世論」が欧米メディアによって握られ、そのなかで欧米諸国に不都合な事実(例えば欧米諸国と友好関係にある湾岸諸国が、アルカイダ系などスンニ派のイスラーム過激派に支援し、これがIS台頭の土壌となったことなど)があまり熱心に伝えられず、他方でロシアやプーチン大統領が「悪役」に描かれがちなことに鑑みれば、その不満も想像されないではないですが、いずれにせよ根拠を明確に示さず、しかも政府首脳が公の場で、他国のネガティブな側面を言い立てることは、少なくとも理性的な振る舞いとはいえません。ただし、これも「むやみにアクセルをふかす」行為とみるならば、一見したところ非合理的な行為であっても、その先にある合理的な計算をみることができるでしょう。

このような環境のもとで、次々と圧力を加えるロシアに対して、トルコ政府はやや押され気味と言わざるを得ません。トルコ政府も「ロシアとの関係悪化は望まない」としながらも、責任はあくまでロシア側にあるという立場を崩していません。さらに、先述のように、「トルコ機が警告したにもかかわらず、応答がなかった」という主張の証拠として音声記録を公開しました。この記録に関しては、米軍も確認しています。さらに25日の発表でトルコ軍は、「問題の機体は国籍不明で、ロシア機という認識はなかった」とも付け加えました。

このように情報を公開し、有志連合を率いる、そしてNATOの中心にいる米国の理解を引き出しながらも、トルコ政府はロシアに対して、外交的非難以外の手段を用いていません。広範囲におよぶ経済制裁を策定し始めたロシアに対して、エルドアン大統領は「感情的」かつ「不適切」と批判しながらも、対抗措置をとるとは明言していません。これは経済関係において弱い立場にあり、実際にはトルコから何らかの報復措置を取ることが困難であることの反映であると同時に、「非理性的な」振る舞いをするロシアに対して、いわゆる「大人の対応」をとることで、国際的な支持、とりわけ米国からの支持を取り付けようとするものといえます。

ただし、「泣く子と地頭には勝てない」という通り、理性的といえない行為に理性的に対応することには限界があります。ロシアが過剰なほど制裁に傾くことには、その「本気度」を敢えてアピールする効果があり、そうなるほどこのチキンゲームはトルコにとって不利になるといえるでしょう。

ロシア有利のチキンゲームの先

先述のように、チキンゲームの必勝法は、「自分がまともな判断ができない」ことを相手に見せつけ、それを信用させることです。その場合、最悪の結末を回避しようとするなら、そして自らが生き残ろうとするなら、相手はハンドルを切らざるを得ません。この構造に鑑みれば、今回の事案におけるロシア有利というオッズは確かとみられます。

ただし、トルコ政府も簡単にハンドルを切るわけにはいきません。情報を公開し、自らの正当性をこれだけアピールした以上、それを今さら否定することは困難です。そして、米国も間接的ながらトルコの言い分を認めている以上、それは撤回できません。

これに加えて、今回の一件でフランスが中心となって進めている有志連合とロシアの連携がご破算になれば、米国はロシアに「米国とトルコの陰謀」をますます声高に叫ぶ好機を提供することにもなりかねません。一方、ロシアにとっても、米国と常に歩調を合わせるわけでないフランスが呼びかけた連携に乗ることは、これに必ずしも乗り気でない米国を念頭に、有志連合のなかの隙間風を大きくする好機であるだけでなく、シリア情勢における自らの存在を国際的に認知させ、ひいてはアサド政権の延命につなげやすいものでもあります。その意味で、ロシアにとっても有志連合との連携が破たんすることは、マイナスです。つまり、誰にとっても有志連合とロシアの連携は、壊したくないない話です。

このような環境のもとで考えられるシナリオとしては、その良し悪しは別として、「皆でうやむやにする」があります。

2014年7月にウクライナで発生したマレーシア航空機の撃墜事件は、国際的な関心を集め、やはりロシアが支援する親ロシア派の民兵と、欧米諸国が支援するウクライナ政府のいずれに責任があるかをめぐり、ロシアと欧米諸国の間で激しい対立を呼びました。しかし、「激しやすく忘れやすい」世論がこの件にほとんど触れなくなり、責任追及が「うやむやになった」状況の下で、ロシア軍がシリア空爆を開始した直後の10月3日、ウクライナの親ロシア派が2月のミンスク合意(ミンスクII)にしたがって、同国東部の緩衝地帯から戦車を撤収させ始めました。西側先進国はクリミア半島編入に関してロシアへの制裁を解除していないものの、少なくともこの件に関しては「うやむやになった」ことで、一触即発の事態が消えたといえます。

念のために繰り返すと、「うやむやにする」ことの是非はこの際おいておきます。いずれにせよ、ことの白黒をハッキリつけることで正面衝突が避けられなくなる場合、物事をうやむやにするのは、個人の社会生活においてそうであるように、国際政治において珍しいことではありません。それは特に、大国同士の大きな利害にかかわる場合において顕著です。

この場合、大きな声をあげていた側が静かにすることが、「うやむやになる」か否かを左右する、とりわけ大きなポイントになります。つまり、この時点で一際大きな声をあげているロシアが、どこかのタイミングで「静かになる」ことによって、「皆でうやむやにしやすく」なります。そのためには、他の当事国も「ロシアが静かになる」ようにせざるを得ません。これらに鑑みれば、その真相はさておき、今回の事案の行方は、ロシアのペースによって進む公算が大きいとみられます。そして、それはアサド政権の処遇や有志連合との連携などを含むシリア情勢におけるロシアの発言力を大きくすると見込まれるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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