薬物疑惑のパーティー、踊るフィンランド首相の動画流出 女性差別か、危機管理能力か。絡み合う問題
フィンランドのサンナ・マリン首相のパーティー動画が流出し、国内外でニュースとなっている。
動画では、個人宅で友人たちと楽しくダンスをしている。一般的には若者がお酒を飲んで楽しく過ごす、よくある友人との飲み会動画だ。
フィンランド現地では騒動が拡大している。
物議を醸す要因はいくつも絡み合う。どの要因をメインに考えるかで、人によって抱く感情や問題点も異なるだろう。
「薬物を使用しているパーティーでは?」
動画が拡散されてから、SNSで話題となったのは、薬物が使用される種の飲み会ではないかということだ。動画の音声から、「お酒」と「粉」の両方に聞き取れるフィンランド語の隠語が聞こえることから、「お酒」の隠語ならアルコール度数の高いお酒がある飲み会だが、「粉」の隠語なら薬物使用を意味する。現地のメディアも音声分析したが、明確にどちらの単語かは聞き取りができず、噂と憶測が止まらずにいる。
首相が薬物検査を受ける事態に
動画拡散後に、首相は記者会見で酒は飲んだが、薬物使用を否定。野党からは疑惑を払拭したいなら、薬物検査を受けたほうがいいという指摘もでた。19日にまた記者会見を開き、薬物検査を受けたことを首相が発表。結果がでるのは約1週間後だ。
首相としての危機管理能力
もしロシアが攻撃してきたら? パーティー中に国の安全保障に関する緊急事態が起きたら、どうしていたのか。首相がクラブ好きだとは知られていた。だが今回の動画で、首相の危機管理能力や判断力を問う声が再燃している。
危機管理能力をなによりも問う人には、「男性でも、女性でも、高齢者でも、若い人でも、今回は関係なく批判されていただろう」とも言う傾向もある。
家庭があるのに他の男性と親密に踊る
クラブでマリン首相が男性歌手と親密に踊る別の動画も流出した。男性がマリン首相の首に「キスしているかのような」シーンもあり、首相は記者会見で、首にキスではなく首下でささやかれた、夫に言えないようなことはしていない、とまで発言する事態に。
「男性」だったら、こんなに批判されているか?
では、これが年配の男性首相だったら、そもそも同じようにこれほどのレベルで批判されていただろうか?
ジェンダー差別だという声もあり、マリン首相をサポートする意思表明で、お酒を飲んで踊る動画をSNSに投稿する動きは北欧諸国を中心にすでに広がっている。
首相が酒を飲んで祝うのは驚きではない。だが現場の動画が出るのは初めて
首相や政治家がお酒を飲んで、踊り、私生活を楽しむ人がいることは、驚きでも新しくもない。アルコール問題を指摘された政治家はフィンランドにもこれまでもいた。だが、今回のようにあからさまに現場の様子が動画として残り、SNSで拡散されるのは初めてのケースとなる。
動画のインパクト
単にメディアで「首相がパーティーで踊っている動画」と文字で読むのと、実際の動画を見るとでは、動画に対する感覚はだいぶ変わるだろう。激しく踊る首相の映像は、力強い印象を残す。動画の迫力とインパクトも波紋を広げる要因だと私は考える。
首相のイメージを変えるマリン首相
人はこれまでの常識を破る政治家に驚き、受け入れるまでに時間がかかることもある。マリン首相の首相らしからぬ言動はこれが初めてではない。
新しい政治家象を受け入れるかは市民の判断で、北欧なら判断は選挙で下すことが求められる風潮が強い。
問われる新しい社会の道徳規範
若い女性の首相がお酒を飲みながら激しく踊る、スマホのカメラをまっすぐに見つめた目線、冷静で真面目な普段のマリン首相とは全く違う姿、結婚して子どもがいるのに別の男性とクラブでダンス。
とにかく今までの首相とは違う数々のイメージに、現代はどこからどこまでが許容範囲か、市民やメディアはこれから議論を重ねることで判断することになる。
平等が重んじられる北欧では、権力者やエリートに対してはより厳しい社会規範も求められる。公開性、透明性も重んじるからこそ、マリン首相は疑惑に答えるために薬物検査を受ける必要性を感じ取ったとも考えられる。
マリン現象によって変わる社会の道徳規範が、今フィンランド社会で考えられ・話し合われているともいえる。
数字になる酒と薬物
紙媒体が売れなくなり、報道機関がデジタル化する中で、酒、薬物、ケンカ、涙、セックスという、数字につながりやすいテーマがある。
マリン首相の流出動画は国境を越えて、タブロイド紙を中心とするメディアが好む要素が盛りだくさんのパッケージとなってしまった。
北欧独特の酒に対する厳しい道徳
北欧諸国は酒に関する考えた方が他国とはかなり異なる。デンマークは最も開放的ではあるが、北欧全体で酒は家庭内暴力の助長など、多くの社会課題で問題視されている。だからこそ国営酒屋があり、酒の営業時間などは厳しく国が規制されている。
酒の写真がメディアに出ること事態も問題になることもある。とにかく他国のカルチャーで育った者は、北欧の酒に対する認識には驚くだろう。酒に対する独特の監視の目は、今回の騒動にも影響を与えている
規制が厳しい分、いざ酒を飲むとなると飲み方も過激で、だから問題を起こす人も増えやすい。飲酒量をコントロールできない人、酒で問題行動を起こす人などが社会の監視の目を浴びやすい社会。首相という国のリーダーが酒を明らかに楽しんでいる動画が流出したので、動揺する人が出てくる。
もちろん、過去の首相たちが酒を飲んでいることは国民も知っていた。だが、その様子が動画で拡散されるのは初めてである。
マリン首相を「女性の恥」と考える女性たち
マリン首相にはファンや応援団もいるが、彼女の容姿・年齢・性別など、さまざまな要因が複雑に絡み合い、距離を置く人もいる。女性の姿が多いマリン政権自体を嫌がる女嫌いもいる。容姿なども含め「計算している」と批判する人がいることも事実だ。
北欧諸国ではもともと現地の人と移民などマイノリティを「私たち」「あの人たち」というような「自分たち」「他者」という分断が起きやすい。
マリン首相を「私たち女性」と「サンナ・マリン」に分断して、マリン首相を女性やフィンランド人という枠組みから除外しようとする人もいる。
女性として、一国の長として、道徳規範を揺らがすマリン首相に対して「恥だ」「同じように見られたくはない」と嫌悪感を示す人もいるのだ。
今回のような騒動があると、このような層の反感に火がつき、「パーティー好きのプリンセス」「小さい子どもがいる母親なのに」という様々な意見が出てくる。対して「男性の政治家だったら、同じように批判をされていたか」という意見の層と対立する流れができる。
SNSでマリン首相をフォローしていた人はそこまで驚かない
マリン首相はインスタグラムのストーリーをほぼ毎日更新しており、普段から彼女の投稿を見ていると、飲み会動画はそれほどショックではない。
モデルのようにポーズをとるセルフィー写真も多いため、「注目を集めることに夢中な人」などともいわれる。特定の企業の商品をおすすめする投稿もあるので、首相として商品宣伝をする判断能力が問われることも。
普段から首相をフォローする人や、SNSで私生活の投稿が当たり前の一部の若い世代には、今回の騒動は「何が問題なの」と写る。
若い世代はむしろ好感を持つ?
今回の動画流出に限らず、今までの首相とは全くちがうマリン首相の言動やSNSの使い方に、親近感を持つのは若い世代ともいわれている。
むしろ彼女を見て、政治家を志す人が増えるのではとも言われており、今回の騒動も若い世代の間ではネガティブなものには発展しないのではとする意見もある。
フィランド国外とは異なるレベルで話題に
フィンランド語はそもそも世界的にも難しい言語とされているので、国内と同じような深さで議論やニュースが他国で共有されないのは理解できる。
だが、今回は薬物の疑いという複数の側面が薄れて、他国では注目されつつあり、論点がずれてジェンダー差別という側面で強くみられやすい。もし「薬物の疑いをゼロにできない隠喩が聞こえる動画」という理解が薄ければ、「若い女性首相だから批判されている」「年配の男性首相だったら、こうも批判されるか?」という判断にいきやすいだろう。特に女性議員が多い北欧諸国では。
現に私が住むノルウェーでも、国会議員らが「フィンランド首相はどうしてこんなに叩かれているの?政治家だって踊るし、酒を飲んで祝う!」と自分たちが踊り・酒で祝う動画をネットでシェアしている。
だが、ノルウェーの政治家がシェアする動画は政治イベントで政治家が躍る光景だったりと、「私生活の飲み会・薬物疑いがある」などの条件と重なっていないので、関係性が強いとは言い難い。
ノルウェーの記事ではマリン首相の年齢(36)も強調されており、年齢・ジェンダー差別とみる傾向も強い。報道機関の女性記者やコメンテーターなども「若い女性だから差別されている」という憤慨する感情で伝えている。ノルウェーの政界では「サンナ・マリンに自由にパーティーさせて」「何が問題なのか誰か説明して」というような意見もでている。
また、ノルウェーのタブロイド紙は「フィンランド首相はパーティーしたから批判されている」という見出しでクリック数を狙った。問題は単に首相がパーティーしたことではないのだが、それだけを見たノルウェー読者は「フィンランドは不思議」「ノルウェーでは許されている」「レベルの低い話題」「ジェンダー差別」などという方向性で受け取ってしまい、複雑性が共有されていない。
別の国からは「こんなに激しく踊る首相がいるなんて、クール!」という英語の投稿もではある。
このように情報量が減り、論点が徐々にずれて、各国で騒動は議論されていくのだろうという印象がある。
首相のプライバシーの境界線と、写真流出問題
首相がパーティーを共にした「信頼する、仲良い人たち」には残念ながら動画をSNSに掲載した人がいた。
首相は、撮影されていることは知っていたが、だれかがネットで拡散するとは思わなかったという旨の発言をしている。
「それはさすがにナイーブすぎるのでは」と私は思ったのだが、北欧諸国やそもそも国や他者に対する「信頼度」がとても高い国である。
今回は友人ネットワークを信じすぎた首相に、甘さがあると考える人もいる。首相の「まさか拡散する人がいるとは」という認識を疑問視する声もある。
反対に、勝手に動画を拡散した首相の友人の誰かと、さらに共有した人々を責める声もある。
首相の動画は今多くの国のメディアで報じられているが、「一国の首相のプライバシーは一般市民よりも低い」「何が起こっているかを報じるジャーナリズム」という観点で、動画はニュース素材となっている。
問題点が重なり、複雑な構造がうまれている
フィンランドはロシアとの緊張関係もあり、首相のリーダーシップにフィンランドならでは期待もかかる。動画がロシアのプロパガンダとして利用されると心配する声もある。
- 「首相はパーティーしてはいけないのか」
- 「女性は激しく踊って酒を飲んではいけないのか」
- 「男性だったら同じく批判されるのか」
- 「首相という職業だからこそ、休み、友人とはしゃぎ、ストレス発散する必要がある」
- 「緊急危機が起きた時、首相はすぐに対応できるのか」
- 「泥酔時の首相に危機管理能力は十分にあるのか」
- 「ここまで首相が私生活を暴露されなければいけないのか」
- 「世界で最年少の女性首相」による「これまでと全く違う首相象」
- 「違法なことを一切していないのに、友人と祝っただけでバッシングされるのか」
- 「SNS時代の社会規範」
- 「動画が拡散されないと信じた首相の判断能力」
- 「政治家のプライバシー」
- 「フィンランドでは政治家は自由に私生活をおくれないのか」
動画流出騒動には、他にも様々な要素が絡み合っている。
薬物検査の結果が公になれば、議論の展開も変わるだろう。