骨を拾う 後藤健二さん最期の地を探して
内戦下のシリアを取材中にIS(イスラム国)に拘束されたジャーナリスト後藤健二さんの殺害映像がインターネット上に公開されたのは2015年1月31日(現地時間)。それからまもなく4年。後藤さんはどこで殺害され、遺体はどこに埋められたのか。これまでほとんど情報がなく、その亡骸は今も遠い異国の地で眠っている。
「後藤さんの骨を拾って祖国に帰してあげたい」
ひとりのジャーナリストが後藤さんの殺害現場や埋葬地を特定しようと取材を続けている。40年以上世界の紛争地で取材を続ける遠藤正雄(64)だ。米国の通信社を経てフリーの報道写真家となり、TIMEやNEWSWEEK、STERNなど国際報道紙を中心に作品を発表してきた。
遠藤は後藤さんと特別親しかったわけではない。テレビ番組の取材でいちど一緒に仕事をした他は、取材の現場で偶然出会い挨拶を交わすほどの仲だった。それでも自分より10歳以上若いジャーナリストの誠実な仕事ぶりに常に敬意を持っていたという。後藤さんの死後、日本国内ではその悲壮な最期を悼む声が上がる一方で、“自己責任論”が沸き起こり、故人や遺族に対する心ない言葉が浴びせられた。去年10月にISから3年4ヶ月ぶりに解放された安田純平さんが帰国後に激しいバッシングを受けたのと同じ論理だ。
遠藤は過去にも幾人ものジャーナリスト仲間を戦場で失っている。その遺体を日本に搬送するのに尽力した経験もある。同じ志を持った仲間が取材の現場で非業の死を遂げたのならば、その骨を拾い、無念をはらしてやるのもまたジャーナリストの役目ではないか。そんな思いが遠藤を行動へと駆り立てている。
遺骨を探すための唯一の手がかりは、後藤さんの殺害場所を示したとされる衛星画像だ。この画像は、殺害映像がインターネット上に公開された同じ日にTahrir Souri(シリア解放)と称するニュースサイトに投稿された。内戦下のシリアではアサド政権やISなどに隠れて取材を行い、個人で情報発信する覆面ジャーナリストが数多く活動している。このサイトもそうしたジャーナリストたちの発表の場だと考えられている。その後この画像はLeakSourceなど機密情報公開サイトに転載され、拡散されていった。遠藤はこの地図に示された場所を特定しようと、2018年4月から5月にかけてシリア国内で2週間ほど取材を行った。このショートドキュメンタリーはその過程を追ったものだ。撮影したのは、ロンドン在住のクルド人映画監督のソラン・クルバニ。遠藤とは2015年にシリアの取材現場で知り合い、以降2人は戦場でたびたび行動を共にしている。今回の取材には私は参加していないが、遠藤やソランとはイラクやシリアで何度も取材を共にしてきた。ソランは遠藤の旅の過程を60分のドキュメンタリー映画「BUSHIDO」にまとめ、英国のテレビで放送もしている。ぜひ日本の人々にも観てほしいとのソランの願いを受け、今回私が日本国内で追加撮影を行ったうえで共同監督として再編集した。
旅はシリア北東部のクルド人居住地域の拠点都市カミシュリから始まる。カミシュリにはシリア北部を事実上支配しているクルド人民主統一党(PYD)の本部があり、遠藤は長年の取材でこの政治組織に強いネットワークを築いてきた。今回の取材を始めるにあたり、まず遠藤はカミシュリでPYDの上層部に面会。IS(イスラム国)のイギリス人処刑部隊の4人組、通称「ビートルズ」の2人へのインタビューを願い出た。2人が現在捕虜としてクルド人軍事組織に拘束されていたからだ。この上層部の采配で遠藤は2人の捕虜との面会に成功。彼らは後藤さんの殺害に関わっていた可能性が高いと言われているが、自らに不利になる証言は全て拒否した。
ISが首都としたラッカは2017年10月にクルド人主体のシリア民主軍によって解放された。ここでは多くの住民も殺害されており、市の救助隊が遺体収容作業を続けていた。遠藤は救助隊員から、市の外れにあるISの軍事基地に日本人ジャーナリストが埋められたという証言を得る。しかし現地に行ってみると、埋葬されたという場所の手前には地雷原が広がっていて近づくことはできなかった。今後地雷除去が行われれば、証言の真否も含め確認することができるだろう。もしかしたら後藤さんの亡骸がここに眠っているかもしれない。
最後に遠藤は旧知のクルド軍人の協力で衛星写真に示された後藤さんの殺害場所とされる地にたどり着く。トルコ国境の町マンビジ郊外のユーフラテス川沿いの橋のそばだ。写真と現地の状況を比較した遠藤は、ここが殺害場所である可能性が極めて高いと結論づける。そして、野に咲く可憐な花を後藤さんの魂に手向け、祈りを捧げた。そばでは、後藤さんが安らかに眠られることを願うように白いチョウチョが舞っていた。
シリアでは今、クルド人勢力と共闘してきたアメリカ軍が撤退の動きを見せ始めている。もしアメリカ軍がいなくなれば、トルコ政府が敵視するクルド人勢力は孤立化し、再び情勢が不安定化することが懸念されている。後藤さんが愛した中東の地で、これ以上血が流されることがないことを祈りたい。