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パリで咲く日本酒の花:フレンチとのマリアージュを楽しむ「Les Semaines du Saké」

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
フランスの魚介料理と日本酒のペアリングを楽しむイベント。(写真/JFOODO)

2月、フランスでは「Les Semaines du Saké」(酒週間) というイベントがありました。これはJFOODOが2022年から行なっているもので、今年で3年目になります。

プロジェクトの目的は、日本の伝統的な飲み物である日本酒とフランス料理、特に魚介類を主役にした料理とのマリアージュを通して、新しい味覚体験を創造すること。フランス国内20軒のレストランやバーがこのプロジェクトに参加しました。

フランスには複数の日本酒卸業者があり、さまざまなタイプの日本酒が市場に出回っています。「Les Semaines du Saké」では、普段、日本酒を扱っていないレストランも含め、各店のシェフやソムリエたちがテイスティングをした上で今回のイベントのための日本酒をセレクトしました。そして2月中に、2週間から4週間の期間限定で、料理とのマッチングを各店で提供しました。

筆者は、このうちの2軒を実際に訪れてみましたので、その様子をリポートします。

高級フレンチと日本酒のマリアージュ

まずは、「L39V」(ル・トロントヌフヴェ)という名前のガストロノミーレストラン。シャンゼリゼ大通りから歩いてすぐのところ、高級店が立ち並ぶゴールデントライアングルと呼ばれる界隈にあります。かつてフランス赤十字社が拠点としていた歴史的建造物のエントランスから専用エレベーターで最上階まで登ったところにレストランフロアが広がっていて、知る人ぞ知る隠れ家のような名店です。

エッフェル塔の先端を間近に望むことができるレストラン。曇り空の日でも光を十分に取り込める空間が心地よい(以下、文中の写真は全て筆者撮影)
エッフェル塔の先端を間近に望むことができるレストラン。曇り空の日でも光を十分に取り込める空間が心地よい(以下、文中の写真は全て筆者撮影)

レストランの客席。都会的で洗練されたデザイン。それでいて、安らぎを感じられる
レストランの客席。都会的で洗練されたデザイン。それでいて、安らぎを感じられる

内装や食器、どれをとっても上質でオリジナルなデザイン。現代のスマートなラグジュアリーを体現したようなお店です。私が訪れたのはウィークデーの昼でしたが、エグゼクティブなビジネスランチといった雰囲気の人たちで満席になっていました。

シェフのフレデリック・ヴァルドンさんは、フランスのガストロノミーの王道を歩いてきたような方で、アラン・デュカス氏からの信頼も篤く、日本で腕を振るったキャリアも持っています。

Frédéric Vardon(フレデリック・ヴァルドン)シェフ。客席と同じフロアにあるオープンキッチンにて
Frédéric Vardon(フレデリック・ヴァルドン)シェフ。客席と同じフロアにあるオープンキッチンにて

レストラン「L39V」では、3つの日本酒をセレクトして、コースメニューを提案していました。その構成は次の通りです。

一皿目は、ノルマンディー産のホタテ貝の料理。贅沢にスリミにしたもの、そして生の状態でホタテ貝を楽しむというもので、コック貝とシャンピニオンもふんだんに添えてあります。小さなオレンジ色の粒々はレモンキャビア。これがまったりとしたソースに爽やかさをもたらしています。

この料理に合わせた日本酒は、「恋鯉 純米吟醸」(埼玉県・麻原酒造)。

ホタテ貝の料理と、日本酒「恋鯉」のペアリング
ホタテ貝の料理と、日本酒「恋鯉」のペアリング

ワイングラスに注がれた「恋鯉」は、ふわっと白い花の香りを思わせるような清楚な爽やかさがあります。味わいもまたすっきりと、それでいて芳醇さもあり、ソース仕立てのホタテ貝料理によく合います。このマリアージュを一言で表現するなら「丸み」。優しく包み込んでくれるような味わいです。

2品目は、ターボット(ヒラメの一種)の料理。皮は香ばしくパリッと焼き上がり、身はふっくら。フランスにありがちな半生に近いような火入れではないところが、私たち日本人にとっては好ましい焼き加減です。ちなみにヴァルドンシェフは、ノルマンディー地方の出身。乳製品と魚介類の豊かな地方で育っただけに、この二つの要素の扱いを熟知していることが伝わってきます。

ターボットをスモークしたウナギのソースで味わう一品と、日本酒「御園竹」
ターボットをスモークしたウナギのソースで味わう一品と、日本酒「御園竹」

彼の料理は「持続可能性」がキーワード。それがどのように育てられ、獲られたものかを理解した上で食材を選びます。たとえばターボットは一本釣り、アミューズ・ブーシュの鮑は養殖ではなく天然ものを吟味してこの日のお皿にのせていました。

合わせた日本酒は「御園竹」(長野・武重本家)。生酛作り、アルコール度数18度、香りからすでに濃厚さを予感させる通好みのこのお酒は、日本酒にあまり馴染みのないフランス人にとってはかなりパンチが強いはずです。

けれども、これが意外なほどマッチします。というのも、スモークしたうなぎをソースに使っているのがこの料理の特徴で、そのリッチで深みのある風味を、この日本酒がドンと受け止めているようなスケールの大きさが感じられました。

着席するとすぐに運ばれてきたグジェール(チーズを練り込んだ生地のシュー)と海苔のチュイル。上質の和食もよく知るシェフならではの作
着席するとすぐに運ばれてきたグジェール(チーズを練り込んだ生地のシュー)と海苔のチュイル。上質の和食もよく知るシェフならではの作

コース料理のスタートでサービスされたアミューズ・ブーシュ。天然ものの鮑が主役で、出汁のうま味を感じるジュレ、きゅうりとわかめ、ゴマのクリームなど、日本人には親しみのある美味しさ
コース料理のスタートでサービスされたアミューズ・ブーシュ。天然ものの鮑が主役で、出汁のうま味を感じるジュレ、きゅうりとわかめ、ゴマのクリームなど、日本人には親しみのある美味しさ

締めのデザートは洋梨のパイ。見事に膨らんでパリッパリに焼き上がったパイがまず見事です。そして、素材そのものの甘みと香りを最大限に生かすべく、砂糖の甘みを感じさせないくらいに繊細に洋梨が調理されています。しかもそれらが姿形を変えて一皿の中でさまざまなバリエーションを見せているのです。

ところで、フランスの誕生パーティーでは、ケーキとシャンパーニュを一緒にということが多いですが、今回のランチではスパークリングの日本酒が締めくくりに登場しました。「七賢スパークリング 山ノ霞」 。澱の薄い濁りを山にたなびく霞と見立てたネーミングです。シャンパーニュに比べると泡立ちは細かく控えめ。酸味の代わりに優しい甘みが立つので、シャンパーニュより優しくデザートに寄り添うような感じです。

洋梨とパイのデザートと「七賢」スパークリングのペアリング
洋梨とパイのデザートと「七賢」スパークリングのペアリング

パリ一番人気のバーで味わう日本酒

サンジェルマンデプレ界隈にオープンしたとてもおしゃれなバーを昨年ご紹介しました。ますます人気が高まっているそのバー「CRAVAN」(クラヴァン)もまた、プロジェクトに参加し、4種類の日本酒をセレクトしていました。

サンジェルマンデプレ界隈に昨年オープンしたバー「CRAVAN」
サンジェルマンデプレ界隈に昨年オープンしたバー「CRAVAN」

この店は、場の雰囲気と美味しいカクテルが魅力的なだけでなく、おつまみもとても充実しています。つまむというよりもここで夕飯が完結してしまうくらいの満足度です。

過去の記事で、筆者は温泉卵とお蕎麦がこの店のメニューにあることに着目しましたが、今回のプロジェクトでは、そのようないかにも日本的なものではない料理に、セレクトした4種の日本酒を合わせていました。

4つのマリアージュは次の通りです。

○醸し人九平次《Eau du Désir》純米吟醸(愛知・萬乗醸造)×スズキのマリネ

スズキのマリネに、オリーブオイルと味噌が添えてあり、それがすっきりとした飲み口の日本酒とよく合う
スズキのマリネに、オリーブオイルと味噌が添えてあり、それがすっきりとした飲み口の日本酒とよく合う

○ASAMA NATURE KIMOTO(長野・黒澤酒造)×ホタテ貝のソテー、ブールブランソース

ホタテ貝の焼き目とバターソースのまったりとした味わいを生酛作りの芳醇な日本酒がさらに深めている
ホタテ貝の焼き目とバターソースのまったりとした味わいを生酛作りの芳醇な日本酒がさらに深めている

○風の森 露葉風 純米生原酒(奈良・油長酒造)×フォカッチャにすりおろしたカラスミ

うま味の塊のようなカラスミは日本酒と好相性。「風の森」は、シャルドネ種の白ワインを思わせるような飲み口であることから、日本酒に慣れないフランス人にも好まれやすいとのこと
うま味の塊のようなカラスミは日本酒と好相性。「風の森」は、シャルドネ種の白ワインを思わせるような飲み口であることから、日本酒に慣れないフランス人にも好まれやすいとのこと

○御園竹 生酛(長野・武重本家)×タラマ・オレガノ入りのクラッカーとともに

タラマ(魚卵をベースにしたクリーム)をオレガノ入りのクラッカーですくって食べる
タラマ(魚卵をベースにしたクリーム)をオレガノ入りのクラッカーですくって食べる

フランス人のバーテンダー氏はこの順番で2種類ずつのマリアージュをサービスしてくれました。すっきりとしたいわゆるモダンなタイプの日本酒と伝統製法の生酛作りの日本酒。そのコントラストも愛でながら楽しんでほしいというはからいです。

印象的だったのは、アルコール度数が高く、かなりの通好みと思われる「御園竹」を2軒ともがセレクトしていたことです。 このお酒には、日本酒初心者のフランス人が一瞬躊躇してしまうような香りがあります。それは、生まれて初めてチーズの匂いを嗅いだ感覚に近いかもしれません。ですが、2軒ともこれを選んで、マリアージュを考えた。まさに新しい味覚体験の創造です。

大理石のバーカウンターで『舟唄』を想う

筆者は、今パリで最高におしゃれな場所で日本酒を楽しめるような時代が来たことに、少なからず感慨を覚えました。同時に、どういうわけか八代亜紀さんの『舟唄』が頭に浮かんできてしまったというのも告白しておかなくてはならないでしょう。「御園竹」とタラマとのペアリングを味わっていた時、まさにあの魅惑的な歌声が頭の中に流れたのです。

ぬる燗の日本酒とスルメイカ。ちびりちびりと際限なく続く鉄板のペアリングと同じ感覚が、「クラヴァン」でのマリアージュと重なったのです。

「クラヴァン」2階(フランスの1階)のバーカウンターは見事な総大理石。それを前にして日本酒を味わうという特別な体験
「クラヴァン」2階(フランスの1階)のバーカウンターは見事な総大理石。それを前にして日本酒を味わうという特別な体験

今回、私は幸いにも、パリ在住の食のジャーナリストで、今年のLes Semaines du Sakéプロジェクトの成功に少なからぬ貢献をした伊藤文さんと一緒に二つのお店での体験をしました。そこでグラスを傾けつつ彼女が語ってくれた考察の一つがとても興味深いものでした。

卵料理やクリーム系の料理には、実はワインよりもむしろ日本酒の方が合う。ワインとのマッチングでは、時に食材から苦味が感じられてしまうけれども、日本酒にはそれがないというものです。

なるほど、そう言われてみると、ワインやシャンパーニュが実は何にでも合うわけではないという気がします。たとえば、チョコレート。数年前にシャンパーニュ地方のガストロミーレストランのシェフを取材した際、その本場であるにもかかわらず、シャンパーニュはチョコレートと合わせるのがとても難しい、と正直に話してくれたことが思い出されます。

「クラヴァン」オリジナルのカクテルグラスで味わう日本酒。右は「醸し人九平次」、左奥は「ASAMA NATURE」
「クラヴァン」オリジナルのカクテルグラスで味わう日本酒。右は「醸し人九平次」、左奥は「ASAMA NATURE」

では一方、日本酒はどうか?

日本酒を構成している水と米。それらがどんな食材とも相性が良いことは、私たち日本人が一番よく知っているかもしれません。塩辛いものはもちろん、餡子も、マヨネーズやバターさえも、ご飯はしっかりと受け止めます。さらに言えば、フランスには、米を牛乳と砂糖で煮た「リオレ」という伝統的なデザートがあり、ご飯の国の私たちにとって意外と思えるマリアージュでさえ、すでに確立されています。つまり、米と合わないものを探す方が難しいくらいです。

と、ワインの国にいて、今さらながら日本酒の包容力の大きさと可能性に気付かされた「日本酒週間」。同じ日本酒でも、全く異なる個性を持った多彩なsakéがあり、それぞれの味わいをフランスの食の世界の人たちはすでによく理解していることも実感しました。

今回紹介したこのイベントは、2月の期間限定のものでしたので、全く同じ体験をすることは残念ながらできません。ただし、「クラヴァン」では常時sakéがメニューにリストアップされていますので、それとフレンチおつまみとのマリアージュはいつでも楽しめます。

こちらの動画でも、2軒での体験をご紹介していますので、どうぞご覧ください。

フランスのガストロノミーレストランのソムリエの中には、ワインだけでなく日本酒にも詳しい人がいたり、感度の高いお店ほどsakéをメニューに載せていたりしますので、この傾向は逆戻りすることはないはず。筆者の近所のピザ屋さん、といっても少し小洒落た感じではありますが、その店のメニューにもsakéがあるほどなのです。

日本各地の蔵元が切磋琢磨して、より美味しく、よりバリエーションが豊かになっている日本酒は、これからますます国際的になって行くことでしょう。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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