誰も知らない?わが国初の子どもの貧困実態調査の「本当の意義」、小林盾教授を壁ドン教授と言う勿れ
わが国初の子どもの貧困実態調査が注目されています。
しかしその「本当の意義」は全く知られていません。
実は自治体に「共通調査項目案」を示し、子どもの状況を多元的にとらえる優れた調査設計がされているのです。
5月6日の東京新聞報道では、わが国初の子どもの貧困実態調査の座長を務められた小林盾成蹊大学教授がその結果についてコメントを述べられました(東京新聞2022年5月6日記事)。
しかし、これもまた壁ドン教授が「親ガチャ」を語る、というような浅薄な理解でしかとらえられていないことに残念な思いです。
この記事では、わが国の初の子どもの貧困実態調査の「本当の意義」について述べていきます。
本文に先立って、意義のある調査設計・実施スキームを構築いただいた内閣府・子供の貧困実態調査に関する検討会(小林盾座長)はじめ、内閣府・委託事業者・関係者のみなさまのご尽力に感謝申し上げます。
1.実は国の「おためし調査」(試行調査)にすぎなかった
わが国初のこどもの貧困実態調査ですが、実は「おためし調査」(試行調査)にすぎません。
正式名称は次のとおりです。
内閣府「令和3年 子供の生活状況調査の分析 報告書」(報告書はこちら)
報告書「はじめに」には以下の説明が行われています。
本調査では、「令和元年度 子供の貧困実態調査に関する研究」において策定された、自治体が子供の貧困実態調査を実施する際に参考となる「共通調査項目案」を用いて、全国実態調査を試行的に実施するとともに、その結果の分析を行っています。
試行的に実施、すなわち「おためし調査」です。
しかしただの調査ではありません。
わが国の子どもの貧困対策の第一人者である阿部彩東京都立大学教授をはじめとする子どもの貧困問題の研究者たちが、長年その必要性を主張してきた「ウェルビーイング指標」にもとづく子どもの貧困の実態解明をどの自治体でも実施するための「共通調査項目」なのです。
その意味ではきわめて重要な「おためし調査」です。
2022年12月の公表以来、結果ばかりがやたらと報道されていますが、わが国の報道機関のレベルの低さにはがっかりしています。
実は自治体調査から得られている実態と矛盾する結果はなく、子どもの貧困対策の研究者・支援団体にとっては「それ知ってる」案件にすぎないのです。
だったら国の調査には意義などないのではないか?
そんなことはありません。
なぜなら私自身が、内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議で、どの自治体でも使える「共通調査項目」がないと、子どもの貧困対策にかける税金が無駄遣いになるという主張をしてきた張本人だからです。
2.本当の目的は、どの自治体でも使える「共通調査項目」を示すこと
わが国初の子どもの貧困実態調査の、本当の目的は、どの自治体でも使える「共通調査項目」を示すこと、です。
なぜ必要なのか?
理由は2つあります。
(1)自治体の子どもの貧困実態調査の設計能力が低すぎた、厳しい財政事情で調査実施できない自治体もある
(2)自治体バラバラの子どもの貧困実態調査では、自治体同士をくらべられない
まず1つめの理由について。
自治体の子どもの貧困実態調査の設計能力は一般的に低く、コンサルに高額の税金が投入される傾向にあります。
研究者が監修する場合もあるのですが、不登校の子どもに「あなたは不登校ですか」と質問している、傷口に塩を塗り込むような人権侵害の調査項目もあって絶句するケースすらあります。
(そのほかに過去の調査を再分析しようとしたら回答データを捨てていたおそろしい無駄遣いをしている自治体もありますが)
たとえばコンサルに500万円払って子どもの貧困実態調査をするなら、そのお金を困窮子育て世帯の支援に充てた方が子ども自身の最善の利益は達成されますよね?。
なお研究者に依頼される場合には不当に安い依頼料とされる場合もあり、おことわりせざるを得ないケースもありました。
また小規模自治体は財政力が低いので、コンサルに頼むお金もなく、子どもの貧困調査をしたくてもできないという悩みがありました。
こうした実態をふまえると、どの自治体で使える「共通調査項目」があると安く効果的効率的に子どもの実態を把握し、対策を考え、コンサルに使っていたお金を子どもたちにしっかり使えるようになりますね。
2つめの理由について。
自治体バラバラの子どもの貧困実態調査では、自治体同士をくらべられないという問題があります。
以下のスライドは、2019年5月の内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議において私自身がその問題を指摘したスライドになります。
政令市のA市とB市では同じようなことを質問しているのに質問項目がバラバラであるために、政令市同士の比較はできません。
たとえばある県内で、同じ年に子どもの貧困実態調査をX市とY市が実施しても「共通調査項目」がなければ比較できませんね。
逆に「共通調査項目」があれば、近隣のあるいは類似条件の自治体の結果と比較することができ”わが市の子どもたちの状況の特徴”も把握しやすくなり、より適切な対策につなげることもできます。
だからこそ内閣府は2019年度以降、子どもの貧困実態調査の「共通調査項目」の開発に取り組んできたのです。
実際に内閣府調査では自治体同士の調査結果比較の事例を示しています。
「共通調査項目」については中学生(とその保護者)向け質問紙をここからご確認いただけます。
自治体のみなさんはこれを中学生向けとともに小学生向け・高校生向けにアレンジするだけで、コストをかけずに効果的な調査実施ができます。
なお分析や調査立案に際しては、後述しますが「福祉分野における子どもの貧困対策の専門家」をリーダーとする複数の専門家に依頼されることをおすすめします。
コンサルに丸投げするより安価なコストで済みます。
(くりかえし言いますが、浮いたコストは子どものために使いましょう!)
3.本当の意義は、「子どもの幸せ(ウェルビーイング)が損なわれた状態=子どもの貧困」という発想を基盤とした調査であること
-子どもの貧困問題は低所得層だけの問題ではない
さて「共通調査項目」はどのような項目で成り立っているのでしょうか?
私が広島県議会未来を支える人づくり・少子化対策特別小委員会で、報告させていだいたときの説明資料は以下のようになっています。
子どもの調査項目で主観的幸福度があることが目をひきますね。
信頼できる大人・友人、逆境経験なども聞いています。
これらはすべて、子どもが幸せな状態にあるかどうかを検証するための「子どものウェルビーイング指標」と呼ばれています。
「子どものウェルビーイングが損なわれた状態=子どもの貧困」という発想を基盤とした子どもへの調査は、実は先進国では当然のように行われています。
子供の貧困は低所得だけでなく、「子どもの幸せ(ウェルビーイング)が損なわれている」状況は低所得でなくても、子どもが困難な状態(貧困状態)にあり支援やケアが必要だと位置づけ、アプローチすることが、先進国のあたりまえなのです。
だからこそ国の開発した「共通調査項目」も、子ども自身が生活に満足しているか(主観的幸福度)、友人や大人と信頼できる人間関係が構築できているか、大人からの暴言暴力やネグレクトなどつらいめにあっていないか(逆境経験)を聞いているのです。
逆境経験については、所得中央値以上(統計上貧困状態ではない)子どもたちも15.2%が1項目以上の逆境経験があります。
低所得に該当しなくても、つらいめにあっている子どもたちが一定数いるときに、低所得ではないからなにもしないことで良いでしょうか?
そんなことはない、なんとかしなくてはならないからこそ、「子どものウェルビーイングが損なわれた状態=子どもの貧困」という発想を基盤とした子どもへの調査を実施し、実態を把握する必要があるのです。
4.アンケートには親にも子どもにも相談先リストを同封しよう
―自由記述欄で「子どもの声」を聴く、支援者調査も大事
なお、わが国初の子どもの貧困実態調査の報告書には以下のような提案が行われています。
本調査には、逆境体験など繊細な質問を含んでおり、子供が回答の際にトラウマ体験をフラッシュバックする可能性も想定される。本調査において使用した共通調査項目には、辛い状況にある子供が助けを求めるための相談先として、チャイルドラインの電話番号を掲載したところであるが、各地方公共団体において実施する場合は、地域の子供が相談できる窓口のリスト(対面・電話・SNS等を含む)の一覧を添付するなどの方策を検討すべきである(p.134)
デリケートなことも聞くからこそ、子どもに対して相談先リストを同封すべきであるとの提案が行われていますが、とても大切なことです。
親(保護者)にも相談先リストを添付することも大切です。
私自身はかかわる自治体の子どもの貧困実態調査では、親子ともに相談先リストを同封して相談につながる可能性を少しでも高くすることをお願いしています。
また今回の調査に先立って行われた調査手法に関する報告書では、親子へのアンケート調査だけでなく、支援者調査も重要という調査手法に関する分析があります。
私自身は、自治体調査では親子ともに自由記述欄を設けて、自治体に取り組んでほしいこと、自分や友達の悩みなどを率直に書いてもらうようにしています。
子どもも住民です、自由記述によって「子どもの声」を聴いてみると、自治体がやってるつもりの施策が届いてないことに気づいたり、街づくりや子育て支援に有益な示唆も大きいのです。
こども基本法、こども家庭庁も国会成立が視野にはいってきたいま、「子どもの声」を聴くことを、あたりまえにする日本でありたいですね。
おわりに
ー壁ドン騒動、親ガチャ再炎上にひとりの専門家として思うこと
ここまででお分かりになられたと思いますが、わが国初の子どもの貧困実態調査は、「子どもの幸せ(ウェルビーイング)」を大切にし、「共通調査項目」を開発した意義のあるものなのです。
調査項目や調査手法についてわが国のほこる専門家と実績ある支援団体とが、丁寧な分析や意見交換、子どもの支援の現場の視察などを重ねて丁寧に作り上げられてきました。
しかしながら残念なことに、壁ドン教授が親ガチャをネタにしているというような浅はかなSNS炎上によって、調査自体の信頼性が揺らいでいます。
私はそのことに胸を痛めているからこそ、この記事を書いています。
小林盾教授は、わが国初の子どもの貧困実態調査に対し、数理社会学や社会調査手法の専門家として参画されました。
ただし子どもの貧困対策の専門家ではありません、だからこそ私はこの記事の中で「福祉分野の子どもの貧困対策の専門家」をリーダーとすることの必要性を指摘しました。
リテラシーの低い自治体の担当者なら小林教授に依頼して事足れりとするリスクを憂慮しています。
データを見て政策につなげる福祉分野の専門家がリーダーでないと調査が意味をなさないからです。
小林教授の貢献は素晴らしいものです。座長としての精力的なご活躍もあり、どの自治体でも効果的効率的に調査実施でき、子どもの幸せ(ウェルビーイング)に着眼した意義のある調査とその手法が発信されることになったのです。
いっぽうで、親ガチャ記事へのコメントもそうですが、いささかご自身の専門分野に謙虚ではない傾向が懸念されます。
壁ドン騒動に象徴される男女共同参画分野での発信は、専門家として注意すべきデータの解釈やそこから得られるインプリケーション(政策的示唆)としては、過剰なものであったと私は判断しています。
研究者は自分自身の研究に謙虚であれ、まともなアカデミックトレーニングを受けたきた者なら公知のルールです。
小林教授の場合、子どもの貧困対策や男女共同参画の専門家ではありません。
私が小林教授の立場でしたら、報道関係者やウェブメディアから取材依頼があったときに、子どもの貧困の「調査手法」「調査項目」など専門分野の発信を中心とすると思います。
子どもの貧困問題も、男女共同参画もほかに実績のある研究者は多くいる、そのことを理解していれば、ほかの専門家を紹介することもあるでしょう。
そのような謙虚さを、小林教授が習得されることを願っています。
同時に、研究者は学び続け挑戦し続ける存在でもあります。
私も教育政策の研究者ですが、多くの分野の研究者・研究成果、支援者や自治体から学び、挑戦を続け、子どもの貧困対策への専門性を高めてきました。
このように研究成果に学び、多くの分野の研究者と連携し、子どものための重要な調査を設計された実績もあるのです。
男女共同参画分野は、子どもの貧困対策と並んで、あるいはそれ以上に高い倫理観、女性差別への深い識見が問われる分野です。
すでに小林教授はそのことに気づかれているはずです。
学び続け挑戦し続けたかどうかは、ご本人の発信や研究成果によって、国民から厳しく判断されることになります。
私自身は、期待を持って見守りたいと思います。