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米軍兵士3人が犠牲となった前哨基地への攻撃に対する2度目の報復はイラクとシリアの市街地が標的

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2024年2月7日

イスラエルとパレスチナのハマースの停戦に向けた米国、エジプト、カタルなどの取り組みが進展を見せないなか、米国、そしてイスラエルは2月7日、再びイラクとシリアへの攻撃を敢行した。

両国に対する攻撃は、4日前の2月2日深夜から3日未明にかけて、シリアとイラクの85ヵ所(米中央軍(CENTCOM)発表)に対しても行われており、これにより「イランの民兵」ら少なくとも45人が死亡していた。

2月2日深夜から3日未明にかけての米軍の攻撃は、「イランの民兵」の一つでイラク人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊、ヌジャバー運動などが主導するとされるイラク・イスラーム抵抗が、1月28日にヨルダン北東部のルクバーン地区にある米軍の前哨基地「タワー22」を無人航空機(ドローン)で攻撃、米軍兵士3人が死亡、25人が負傷したことへの報復だった。

なお、この報復攻撃に先立ち、イスラエル軍も1月31日と2月2日未明にダルアー県と首都ダマスカス一帯地域を爆撃、イラン・イスラーム革命防衛隊の軍事顧問の1人サイード・ウライダーディーを殺害することに成功していた。

イスラエルのガザ攻撃に対する報復として行われる「イランの民兵」の米軍基地への攻撃、そしてそれに対する米軍の報復は、「イランの民兵」の主たる活動地であるシリアを挟撃するかのようにイスラエル軍の攻撃と連動していた。

2月7日の米軍の攻撃もまた、イスラエル軍の攻撃を伴った。

イスラエル軍のシリア攻撃

最初に仕掛けたのはイスラエルだった。

シリア国防省はフェイスブックを通じて声明を出し、2月7日午前0時30分頃、イスラエル軍がレバノンのトリポリ県北部上空からヒムス県のヒムス市およびその近郊を狙ってミサイルを発射、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、一部を撃破したが、民間人多数が死傷、若干の物的損害が生じたと発表した。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、爆撃は、ヒムス市の国立競技場・ハムラー通り近く、技術サービス・センター近く、同市近郊のアウラース農場、ヒムス石油製油所近くの農場、クサイル市郊外などを狙ったものだった。市街地そして民間施設に対する攻撃により、女性1人とその娘1人、大学生4人を含む民間人男性5人、レバノンのヒズブッラーの関係者2人、「イランの民兵」メンバーの外国人1人の合計10人が死亡、複数人が負傷した。

SANA、2024年2月7日
SANA、2024年2月7日

SANA、2024年2月7日
SANA、2024年2月7日

この攻撃を受けて、ヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗は、テレグラムで、戦闘員2人が戦死したと発表した。だが、この2人がヒムス県に対するイスラエル軍の爆撃で死亡したかどうかは不明である。

米軍のイラク攻撃

続いて、米国が攻撃を行った。だが、標的はシリア領内ではなく、イラクだった。

米軍は2月7日夜、住宅地が広がる首都バクダードのマシュタル地区で3人が乗った車を無人航空機(ドローン)で爆撃、これを破壊した。

Roj News、2024年2月7日
Roj News、2024年2月7日

攻撃の直後、ヒズブッラー大隊はテレグラムを通じて、ウィサーム・ムハンマド・サービル司令官(アブー・バクル・サーイディー)の遺影を掲載、2月8日深夜(午前1時00分)には、訃報を発表した。

Telegram (@KHezbollah)、2024年2月7日
Telegram (@KHezbollah)、2024年2月7日

訃報において死因は明らかにされなかった。だが、CENTCOMはその直後(2月8日午前1時15分)、X(旧ツイッター)を通じて以下の通り発表したのだ。

2月7日午後9時30分(バグダード時間)、CENCTOMの部隊は、米軍兵士への攻撃に対抗してイラクで片道攻撃を行い、(中東)地域で米軍への攻撃を直接計画し、参加していたヒズブッラー大隊の司令官1人を殺害した。現時点で巻き添え被害、あるいは民間人の犠牲があった兆候はない。米国は自国民を保護するために必要な行動をとり続ける。我が軍の安全を脅かす者に責任を取らせることを躊躇しない。

この攻撃に関して、APはイランの支援を受けるイラク人民兵の2人の匿名筋の話として、サービル司令官による暗殺は米軍ドローンによるものだとしたうえで、同司令官がシリアにおけるカターイブ大隊の作戦を指揮していたとされる人物だと伝えた。サービル司令官がバグダードの市街地に対する危険なドローン攻撃で殺害されたと見て間違いないだろう。

イスラエル・ハマース衝突が始まった当初、イスラエルの占領、つまりは力による現状変更や、無辜のパレスチナ人を狙ったイスラエル軍の無差別攻撃への欧米諸国政府の対応や言動は、ロシアによるウクライナ侵攻におけるそれとは対照的で二重基準だとの批判が散見された。

こうした二重基準は今に始まったことではないが、シリアとイラクの市街地、あるいは民間人に対する米国とイスラエルの2度目の攻撃(報復)は、国際社会の不条理(あるいは「常識」)を再認識させるものである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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