金正恩氏「非核化せず」、機密文書はニセモノ?
17日、米メディア『VOA(ボイス・オブ・アメリカ)』は「講習提綱」と呼ばれる北朝鮮の内部文書を入手したとし「非核化はない」と読み取れる内容の一部を公開した。だが、一晩経ってこの資料の信憑性が大きく揺らいでいる。
●4枚の資料
同社によれば、この資料を入手したのは今月16日。4枚を写真と共に公開した。資料が全体で何ページなのかは明記されていないが、公開された中に「11、12ページ」が含まれることから全体の内容はさらにあると推測される。
資料の表紙と見られる写真には下線を引かれた「講習提綱」という文字の下に、括弧でくくられた「将領および軍官」という但し書きがある。
続いて、「敬愛する金正恩同志は人民軍隊を白頭山革命強軍、世界的な核戦略国家の強軍に育てられ導いて行かれる百戦百勝の鋼鉄の霊将であられる」とのタイトルが大きく書かれている。さらに最下段には2段に分けて「朝鮮労働党出版社/チュチェ107(2018).11.」とある。
VOAはその資料の内容について、やはり写真を使いつつ詳細に紹介しているが、その核心は以下の部分となる。強調・翻訳は筆者。
こうした内容について、VOAはこの資料が作られた2か月後にあたる19年1月に、金正恩委員長が新年辞で明かした「朝鮮半島の完全な非核化が北朝鮮政府と自身の意志である」という発言を例に挙げ、「ホンネは非核化ではない」という北朝鮮事情に明るい脱北者の言葉も借りつつ問題視している。
また資料の別部分では、「ついに我々は自他が認めざるを得ない世界的な核戦力国家となった」ともしている。そして上記のような内容を「将領および軍官」に「12月2週まで1時間30分」のあいだ講習を受けさせるべきといていしている。
なお同日、同じ資料を共同通信が北京発の短信で報じている。こちらは資料内容を判読できる写真ではないが、やはりVOAが公開したのと同じ4枚となっている。
●日韓の専門家が真偽に疑問
だが、この文書の真偽について慎重さを求める声が上がっている。
韓国屈指の北朝鮮専門家の一人、鄭成長(チョン・ソンジャン)世宗研究所研究企画本部長は17日に発表した論評の中で、以下の4つの疑惑を提示し「今回の文書を本物と信頼することは難しい」と見立てた。
1:北朝鮮のあらゆる対外秘の文書(文件)には「対内に限る」、「党内に限る」などの文言が必ず入るが、VOAが公開した文献にはそれがない。
2:「将領および軍官」を対象とする対外秘の文書を「朝鮮労働党出版社」から発刊する点も信頼しがたい。軍を対象とする文書は「朝鮮人民軍出版社」や「朝鮮人民軍総政治局」で発刊するのが原則。
3:自身(鄭本部長)が所有する北朝鮮の対外秘文書では、軍を対象とする場合には「将領」よりも「軍官」が前に来ている。VOAの文書にある「将領および軍官」ではなく「軍官、将領用」と表記される。
4:過去、メディアが公開した北朝鮮文書の中には偽物が多いため、細かい部分まで本物と対照する必要がある。出版機関の下の発刊年月を表記する際に、月部分の後に「.」を表記しない。VOAの文書にある「チュチェ107(2018).11.」は「チュチェ107(2018).11」と表記されるべき。
一方、北朝鮮資料の分析経験が多い日本の専門家もやはり、VOAが報じた資料の信憑性に疑問を呈した。
18日、匿名を条件に筆者の電話インタビューに答えたこの専門家は、前述の鄭本部長の指摘1,2番に同意しつつ、▲一般的な藁半紙よりも上質に見える紙質と文書のサイズが異なる点、▲目次にあたる『講習方式』という単語選択(通常は『講習定型』が多い)、▲本文の行間と文字数が北朝鮮の文書よりも多く、段落文頭を表す記号が無い点などをその根拠に挙げた。
ただ、「冒頭で金正恩の『お言葉』を引用し、その後に解説を続ける様式は守られている」とし「現物を見ないと最終的な判断はできないが、現時点では真正な文書だと判断する根拠に乏しい」との見方を示した。
なお、南北関係を主管する韓国の統一部は17日、「当局が判断することは適切ではない」とメディア報道に干渉することを避けつつも、真偽について慎重かつ懐疑的な立場を崩していない。
●本物なら今後の朝鮮半島平和プロセスに大きな影響
今回の資料が注目を集める理由は、これが本物の場合、朝鮮半島情勢に少なくない影響を及ぼすからだ。
金正恩委員長の本音がさらなる核戦力の強化にある場合、昨年来行われている「朝鮮半島の非核化―平和協定―米朝国交正常化」を交換する「朝鮮半島平和プロセス(韓国政府の呼び方)」は大きく推進力を失うことになりかねない。
北朝鮮内部文書をめぐっては、内部情報ブローカーなどによるいわゆる「ガセネタ」も多い。特に人民軍に関わるものなどは貴重なため、高額でやり取りされることもある。筆者の下にも以前「USB一つで50万」などという話がいくつも舞い込んできたことがある。
また、前述したように一つの文書が情勢に大きな影響を与えることがあるため、文書の偽造は謀略戦の一貫としても十分に活用可能な手段でもある点は言うまでもない。そうすると出処はいくらでも考えられる。
センセーショナルな報道であるほど、その中身を慎重に見極めていく必要があるだろう。(了)