逆走幽霊ドライバー、ブレーキとアクセル踏み間違い ドイツではタブーテーマ?の「高齢運転者事故抑止策」
高齢ドライバーの事故は、どうしたら抑止できるのか。日本と同じくドイツでも大きな注目を集めています。
ドイツの自動車免許保有者は、約5600万人。65歳以上の高齢ドライバーは2015年で1000万人。そのうち75歳以上500万人、85歳以上は25万人。日本と同じく高齢化の進むドイツでは、これから高齢運転者が増え続けることは間違いありません。(出典・南ドイツ新聞・独連邦統計局)
特に75歳以上のドライバーは事故リスクが高まるといわれており、運転適正テスト義務化の声が上がっています。しかし政府や自動車業界、医師など専門家は対立するばかりで意見が折り合っていません。
幽霊ドライバーの2人に1人は65歳以上
先日、アウトバーン(高速道路)で死亡2人、重傷1人の大事故が発生しました。原因は、ドイツ北部に住む72歳の男性幽霊*ドライバーによる逆走でした。車の運転は稀で、高速入口と出口を見間違えたといいます。
「ドライバーの年齢が上がるにつれ、交通事故は死者や重傷者が増える大惨事を引き起こしている。幽霊ドライバーの2人に1人が65歳以上。高齢ドライバーの事故は、たまたま居合わせた人も巻き込んでしまうケースが多い」
こう語るのは、ドイツ弁護士協会の交通専門家クリスティアン・フンク氏。
- ちなみに、ドイツのアウトバーンを走行していると、カーラジオから流れる道路情報で「幽霊ドライバー走行中」という警告ニュースを耳にすることがあります。つまり逆走ドライバー出現!と注意喚起を促すお知らせですが、時速200キロで走行できるアウトバーンでこの警告を聞くと、パニックに陥ります。幽霊のように忽然と現れ、逃げ道のないアウトバーン走行中の他のドライバーにとっては恐ろしいことこの上ないため、幽霊と言うのでしょう。
「幽霊ドライバーが一刻も早く自分の間違いに気づき、高速から降りてくれるように。そして、どうか自分の走行する車線に対向車が現れないように!」と祈るのは、高速上にいるドライバーの共通した思いです。
独政府は運転適正テスト導入に反対
天候不順な秋から冬や視界の悪い夜は、高齢ドライバーによる事故が多発するようです。
アクセルとブレーキの踏み間違いで木にぶつかり、大事故を起こしてしまった83歳の男性。幸いなことに怪我は無かったものの、損害は12000ユーロに上りました。やはりアクセルとブレーキの踏み間違いで事故を起こした80代の男性は、罪もない2人の死亡者を出してしまいました。
同乗していた妻が死亡した事故も報告されています。78歳の男性ドライバーは、国道走行中にコントロールを失ってしまい、車が数度回転。男性は辛うじて自力で車から脱出したものの、助手席にいた73歳の妻が重傷を負い身動きできないまま、その場で亡くなっています。
前出のフンク氏は、「高齢者は定期的に運転に適しているかどうか医療チェックをすべき。遅くとも75歳以上は、運転免許取得時に振り返って、基本的なチェックの義務化が必要」と力説しています。
「ノルウェー、スウェーデン、オランダなどでは、70歳から医療チェックアップが義務化されている。スペインでは45歳から」と、声を高める同氏です。
自動車王国ドイツでは高齢ドライバーの事故抑止対策は、タブーテーマだと言う指摘もあります。
独交通・建設・都市開発省の見解は、高齢ドライバーの適正テスト導入に反対の姿勢を示しています。バーデン・ヴュルテンベルク州の交通大臣ウィンフリィド・ヘアマン氏(緑の党)も同じく「高齢者運転適正テストを強制する考えはない」と言明しています。
同じく、全ドイツ自動車クラブ(以下ADAC/日本のJAFに相当する)や欧州自動車クラブ・ ドイツ(ACE)も、高齢ドライバーの適正テスト導入は必要ないという考えを示しています。
反対理由は、免許返納により高齢者の行動範囲が狭くなってしまうこと。そして移動がいつも他力本願となってしまうこと。高齢者は通院や買い物など日常生活に支障をきたしてしまうと自立性が失われ、存在価値観がないと考えがちになることなどを挙げています。
高齢ドライバー9500人が免許返納
ドイツでは、2015年、9500人の高齢者が自主的に免許を返納したそうです。
運転に不安を感じて、自ら教習所へ出向く高齢者も多々います。バイエルン州在住の72歳の男性Aさんもそのひとり。運転に自信が持てなくなったことから、運転指導員に同乗してもらって運転能力テストを自主的に受講したそうです。
Aさんは、「年々ハンドルを握ることが少なくなってきたが、教習を受けて気分的にも安心しました」と感想を伝えています。
Aさんをを受け持った運転教官Hさんは、「ここ3年ほど教習に来る高齢者の指導に当たっています。高齢になればなるほど、体力が衰え注意力がなくなり、交通標識を理解する反射力も低下して事故発生率が高まります。
任意で教習所に来る高齢者は、どちらかというと事故リスクが少ないドライバー。問題なのは、自分の運転を過信してしまう高齢者。短距離だからいいだろうとか、運転歴が長いため大丈夫という思い込みが良くない」と解説します。
任意健康チェック費用は自己負担
ドイツ交通安全協会(DVR)のラーデマッハー氏は、次のように語っています。
「高齢になって他人の手を借りるのは面倒なこと。ちょっと無理をしてでも、自分で運転をと考え勝ちなのです。健康診断へ行き、運転免許返納せざるを得なくなるのでは?と不安がよぎり、運転適正テストを受けることを渋っている高齢者も多いはずです」
任意の医療健康チェック費用は、検査内容により異なりますが、平均140ユーロから(1万7000円)。医師は1年から2年おきの検査を推奨していますが、今のところ健康チェック費用は自己負担。自分のためとはいえ、「自費で健康チェック」は年金生活の高齢ドライバーにとって痛い出費です。
問題は年齢でなく、ドライバーの健康状態 でも・・・
連邦交通省報道官は 「運転できるかどうかは、年齢ではなくドライバーの健康状態による」と主張しています。
「運転に自信がなくなった場合、例えば運転教習所教官に同行してもらい、運転感覚を取り戻すなどの対策がある」と言います。
また、ADACの交通心理専門家は、「高齢者だからといって運転リスクは高いとはいえない。むしろ、運転経験の浅い18歳から24歳の方が事故発生率が多い」と分析しています。
政府や業界が運転適正テスト導入に踏み切れない本当の理由として、高齢ドライバーが減るとADACやACE加入者の減少、車購買力のある高齢運転者が減ると当然車の販売数も減ってしまうなどマイナス面が懸念されています。自動車業界にネガティブな影響がでてしまうため、一筋縄では解決できない背景が見えてきます。
「75歳以上の高齢者に全交通機関を無料で利用できるよう対策をとるべき」と提案する警察関係者ですが、政府や業界専門家の反応はありません。
高齢ドライバーによる事故抑止策はやはりタブーテーマなのでしょうか。