<イラク・シリア>IS戦闘員にされたヤズディ少年「死体を見るのは慣れた」(写真13枚)
ISにイラクで拉致されたヤズディ教徒の少年。軍事訓練を受け、シリアの前線で戦わされた。戦闘で左足を失い、また心にも深い傷を負った。母親と再会した彼をイラク北部で取材した。(玉本英子・アジアプレス)
◆拉致され、戦闘員に
スマホでゲームに熱中する17歳のフアッド。4か月前まで、過激派組織イスラム国(IS)の戦闘員だった。
イラク北部クルド自治区の彼の元を訪ねたのは昨年秋。ISは6年前、少数宗教のヤズディ教徒が暮らすシンジャル一帯の町や村を次々と襲撃した。イスラム教への改宗を迫り、抵抗や逃亡しようとした住人は殺害、また、女性や子どもは拉致された。改宗を受け入れた住民は「奴隷」として別の町に移送された。
当時12歳のフアッドは家族と引き離され、隣国シリアの戦闘員養成所へ入れられる。軍事訓練では機関銃やロケット砲の扱いのほか、人の殺し方を徹底的に教え込まれた。さらにISが独自解釈したイスラム教義の学習も課された。ヤズディ教徒から改宗した彼は、仲間の戦闘員から同胞として扱われた。
◆「戦死すれば殉教者として天国へ」
「神のために死ねば殉教者として天国へ行ける」
教官から繰り返し聞かされた言葉だ。ISの大人たちに認められたいとの思いから、自分でその言葉を信じようとしたと、フアッドは言う。
その後、彼は戦闘員として20回以上にわたって前線で戦った。
「最初は銃弾が飛び交う戦場がとても怖く、震えた。でも出撃を重ねると、戦いが日常の一部になった。目や耳がえぐれた死体を見てもなんとも思わなくなった。そんなものはもう慣れた」
ともに戦った仲間は次々と死んでいった。
クルド主導勢力と米軍・有志連合の合同作戦で、ISはシリア南東部へと追い詰められる。フアッドは爆撃で左足を失った。そして最後の地、バグーズでクルド部隊に拘束された。取り調べで、彼が拉致されたヤズディ教徒であることが分かり、去年7月、イラク北部で避難生活を送る母親のもとに帰還できた。
◆心の傷、深く
戻ってまもない頃、「イスラムを信じぬお前を殺す」と母親にナイフを向けたという。母は変わり果てた姿に動揺するばかりだった。
「息子はようやく落ち着きを取り戻したようです。でも、いつまた心に潜む別の姿が現れるか……」
フアッドの父は、いまも行方がわからない。幼い妹2人はシリアのIS関係者に拉致されたままで、高額の身代金を要求されている。一家には支払うお金などない。
クルド自治区には、ヤズディ教徒の子どものための学校がある。IS支配地域から逃れてきた多くが心に深い傷を負っていた。心のケアにあたる教員、シャール・クデラ・スレイマン氏(25)は説明する。
「ISは『異教徒は殺せ』と幼い心に刷り込んだ。マインドコントロールから脱するには1年以上はかかるだろう」
子どもを戦争に駆り立てるのは、ISに限ったことではない。いくつもの国や組織が、「大義」のもとに少年を動員してきた。ナチスドイツは戦況悪化で少年兵を投入、日本でも沖縄戦で1500人以上の旧制中学生らが鉄血勤皇隊に動員され、半数が戦死している。
左足を失ったフアッドはいま、車イスの生活だ。
「医者や先生になりたい。でも、もう一度戦えるなら、前線に戻りたいな。その夢のほうが自分には近いかもしれない」
そう言って、彼は窓の外の景色を見つめた。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年5月26日付記事に加筆したものです)