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コロナに負けるな!! 先週G1勝ちのイタリア人騎手と桜花賞とのエピソード

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2013年の桜花賞でワンツーフィニッシュを決めたデムーロ兄弟

弟が急きょの乗り替わりで桜花賞に騎乗

 横山典弘から声をかけられたミルコ・デムーロは最初「何を言っているのか分からなかった」。

 「ノリさんから『クリチャンはラッキーだね』と言われたのですが、何か分からなかったので『どうして?』って思いました」

 2013年の桜花賞。弟のクリスチャン・デムーロが急きょ騎乗出来る事になった。アユサンに騎乗を予定していた丸山元気騎手の落馬による負傷でお鉢がまわってきたのだ。

 「クリスチャンは乗り馬がいなくてがっかりしていました。だから騎乗馬が出来て良かったなって思いました」

 兄はそう語った。

ミルコ(右)とクリスチャンのデムーロ兄弟(2013年撮影)
ミルコ(右)とクリスチャンのデムーロ兄弟(2013年撮影)

 1979年1月生まれのミルコに対し、クリスチャンが生まれたのは1992年7月。ひと回り以上、離れていた。2003年に私がミルコを訪ねてイタリアへ行った時、鞭を振り回す子供と出会ったが、それが当時まだ11歳のクリスチャンだった。これだけ年齢が離れていたからクリスチャンにとってミルコは憧れの的であり、先生でもあった。初めてポニーにまたがった時からミルコが騎手の“いろは”を教えてくれたのだ。

 2人はやがて短期免許を取得して、日本で一緒に乗るようになった。12年の牝馬クラシック戦線ではクリスチャンにチャンスが回ってきたと思われた。チューリップ賞でハナズゴールに騎乗すると、2歳女王のジョワドヴィーヴルや後に牝馬三冠を達成するジェンティルドンナらを相手に楽勝。桜の女王に手をかけたかと思われた。しかし、好事魔多し。同馬は最終追い切りを終えた後、洗い場で羽目板を蹴り上げて外傷。牝馬一冠目を回避せざるを得なくなった。レース3日前のアクシデント。クリスチャンはがっくりと肩を落とし、他馬で対決するミルコもその様を目の前にして同情の念を禁じ得なかった。

 それから1年。クリスチャンはエバーブロッサムで桜花賞に乗れるという話もあったが結局同馬が回避。乗り馬がいなくなっていた。「今年こそは!!」と意気込んでいただけに繰り返された歴史に若いイタリア人騎手は唇を噛んだ。そんな時、まわってきたのがアユサンだった。もちろん初騎乗。クリスチャンはレース前の状況を後に次のように述懐した。

 「前走のチューリップ賞をビデオで見直したくらい。後はテヅカセンセイ(管理する手塚貴久調教師)にゲンキ(丸山元気騎手)からのアドヴァイスを伝え聞いただけ。正直、どれくらい勝負になるのかは分かりませんでした」

アユサンとクリスチャン・デムーロ
アユサンとクリスチャン・デムーロ

 むしろ勝ち負けになるのでは?と思ったのはミルコの方だった。

 「レース前に馬を見たら凄く良く見えました。僕のライバルになると感じました」

 ミルコが騎乗したのは2番人気のレッドオーヴァル。いざゲートが開くとアユサンは好スタートを切り、先頭からそう離されない中団につけ、レッドオーヴァルは外枠(14番)という事もあり、後方からの追走となった。

13年の桜花賞でミルコが騎乗したレッドオーヴァル
13年の桜花賞でミルコが騎乗したレッドオーヴァル

 中盤まではそれぞれの道を進んだ兄弟ジョッキーだが、直線に向くと共に馬群を蹴散らして進出。最後は3番手以下を突き放してのマッチレースとなった。馬群の中からまず先頭に躍り出たのがクリスチャンのアユサン。これを追って外から伸びて来たのがミルコのレッドオーヴァル。1度はレッドオーヴァルがアユサンをかわし先頭に立つシーンがあったが、最後はクリスチャンの鞭に応えてアユサンが差し返して兄弟による競り合いはフィニッシュした。

 「勝ったと思えただけに悔しい結果だったけど、クリスチャンが勝ったのは良かったです」

 ミルコは複雑な表情でそう語った。

今日の敗者は明日の勝者

 ちなみにその3年後、ミルコはジュエラーに騎乗し、接戦の末、ハナ差で桜花賞を制覇。雪辱を晴らした。

ミルコは16年の桜花賞をジュエラーで優勝。3年前に惜敗した雪辱を晴らした。
ミルコは16年の桜花賞をジュエラーで優勝。3年前に惜敗した雪辱を晴らした。

 また、その時、惜敗したシンハライトの手綱を取っていたのが池添謙一で、彼はその翌年、レーヌミノルで桜花賞を優勝する。そして、その2年で、いずれも1番人気に乗っていたのがクリストフ・ルメールだった。前年はメジャーエンブレムで4着、後年はソウルスターリングで3着といずれも苦杯を喫するのだが、その翌年はアーモンドアイで優勝。更に翌年にあたる昨年もグランアレグリアで連覇を達成。桜花賞に於ける「今日の敗者は明日の勝者」という歴史を踏襲してみせた。

18年の桜花賞馬アーモンドアイはその後、牝馬三冠を制したばかりかジャパンCも優勝。最強牝馬と呼ばれるまで成長していった。
18年の桜花賞馬アーモンドアイはその後、牝馬三冠を制したばかりかジャパンCも優勝。最強牝馬と呼ばれるまで成長していった。

 さて、新型コロナウイルスの騒動に揺れる世の中だが、競馬の世界もそれは同じ。JRAの努力や各関係者やファンの協力もあって現時点では何とか開催を継続出来ている。今週末の桜花賞もこのままなら開催出来そうだ。群雄割拠と言われる今年は、果たして誰が勝者となるだろう。ちなみにミルコ・デムーロはクラヴァシュドールの手綱を取る予定だ。前哨戦のチューリップ賞2着からの臨戦過程はジュエラーと全く同じである。世界中が大変な事になっている現在だが、ミルコの故郷であるイタリアも惨状ばかりが伝播されている。彼の心情を思うと「先週の大阪杯に続き今週も!!」と応援せずにはいられない。

ラッキーライラック(黄色帽)に騎乗し、先週の大阪杯(G1)を制したミルコ(撮影;高橋由二)
ラッキーライラック(黄色帽)に騎乗し、先週の大阪杯(G1)を制したミルコ(撮影;高橋由二)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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